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冒険姫リーベ ~英雄の娘は絶望の中に希望を灯す~  作者: 丘引みみず
第2章 絶望に沈む街

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021 地獄の遣い 後編

 戦いが始まった。


ヴァールとフロイデは剣を抜き放つと散開し、ヘルゲートの両側に回る。すると大顎は体の大きなヴァールへ向けられた。その一方で大きな尻がフロイデに向けられる。


 魔物と戦う時の鉄則。それは討伐を急がず、手脚を削いで安全確実に仕留めることだ。


 それに従い、フロイデは尻ではなく、体側部にせり出した一際大きな脚を狙う。


 ヴァールが時計回りに動き、注意を引いてくれているため、彼はそれに合わせてぐるりと回り込み、左脚を射程に捕らえる。


「っ!」


 剣を振り上げ、左足から右足へ重心を移行するのに合せて剣を振るう。踏み込む力・筋力・剣の重さ・遠心力。これらが一体となった斬撃はヘルゲートの脚関節を半ばまで切断した。


 淡黄色の血液が噴き出すと同時に、巨体が痛みに跳ね上がる。そうした反応は魔物にダメージを与えられたのを知る手がかりになる。そして魔物はダメージを負った直後に暴れる傾向にあるため、追撃を加えることなく距離を取る。


 指導と経験で仕入れた情報は確かなもので、ヘルゲートは陸に揚げられた魚のように暴れた。その際、巨体が地面を叩き、立っているのに苦労する程度の震動を起こした。


「くっ……!」


 フロイデが歯噛みする中、フェアが叫ぶ。


「離れてください!」


 それを聞きつけると、不確かな足場を踏みしめ、無理して後ろに跳ぶ。


 直後、ヘルゲートは地面に潜行した。すると地面には再び蟻地獄が展開され、その縁がフロイデを呑み込もうと迫ってくる。


「ちっ!」


 全力で5メートルほど距離を取ると、フェアが呪文を叫ぶ。


「ガイアッ!」


 土柱によってまたもヘルゲートが打ち上げられると、今度は背中から落ちた。しかも自分で作った蟻地獄にすっぽりとハマり、無様に宙を蹴り続けている。


「今だ!」


 ヴァールの指示で飛び出す。


 フロイデの目前には先程斬り付けた左脚がある。次の一撃でこれを斬り落とすと、例によって距離を取った。


 その間、チラリとヴァールの方を見ると、彼はなんと、たったの一撃で脚を切り落としていたのだ。


 彼の武器は大剣であり、その長大さと重量、それに仕手(して)の恵まれた肉体から発揮される膂力(りょりょく)も加われば、一刀の元に切断できても当然のように思える。


 しかし、ヴァールの得物は鞘に収まらない都合で刃を落としているのだ。刃のない剣で堅牢な脚部を切断するのに、一体どんな妙技を用いているのか……フロイデには想像も付かなかった。


 日頃の行いのせいで軽視しがちだが、剣士として、冒険者として、ヴァールは間違いなく尊敬できる人物であった。


 脚の2本を失ったヘルゲートは藻掻き苦しんだ。その結果として本来の姿勢に戻れたが、前後の小さな脚をバタつかせるだけで、その場から動くことはなかった。


 その様子をフロイデは不思議に思ったが、程なくして答えに突き当たる。


 ヘルゲートは3対の脚を持っているが、体重の殆どは真ん中の一番大きな脚が担っていたのだ。それを失ったとあれば、もはや立ち上がれまい。


「よし……!」


(動けないなら今、ここで仕留める……!)


「やるぞフロイデ!」

「うん!」


 2人は大きな腹部に飛びつくと、それぞれ渾身の一撃を叩き込む。


「ドリャア!」

「にゃッ!」


 2人の斬撃は大小の切り傷を作った。とりわけヴァールの一撃は強烈で、魔物の内臓に深刻な傷を負わせた。

 それからも2人の猛攻は続き、フロイデが4度目の斬撃を繰り出した時、ヘルゲートは一際大きく痙攣し、沈黙した。


 斬撃を浴びせ続けた腹部からは、淡黄色の体液が止めどなく溢れ、地面を浸していく。


「…………」


 命を奪った罪を思い知るこの瞬間、フロイデは心が傷まないではいられなかった。しかし、相手は魔物だ。畏怖する事はあれど、憐憫を抱く事などありはしない。そのように自分に言い聞かせると剣に付着した体液を拭い、鞘に収めた。






 ヘルゲートの死骸をギルドに預けたが、これで一件落着とはいかない。魔物が一体だけとは限らないからだ。だから一行はそのままセロン村へと向かった。


 道中に異常はなく、無事、セロン村に到着した。


「ほっ……よかった…………」


 フロイデの口からは自然と安堵の言葉が口に上る。それは誰に向けたものでもなかったが、フェアに「そうですね」と同意されると恥ずかしくなった。


「しっかし、街道を塞がれるなんて、この村の連中も災難だな」


 ヴァールが言うと、(しゃが)れた声が割り込んでくる。


「全くだ」


実感の籠もった言葉と共にやって来たのは線の細い老人で、その風格からして村長であるのは想像に難くない。彼はシワだらけの手を杖の頭に置いて一息つくと、安堵を浮かべて尋ねる。


「その様子から察するに、あの魔物はもういないんだろう?」

「もちろんだ。もう通って大丈夫だぞ」


 報告を耳にした途端、村長は深い溜め息をついた。


「……それは良かった。ワシらもいい加減、肉は飽きたもんでな」


 テルドルと行き来できなかった間、彼らは主に狩りで獲った獣の肉を食べて凌いでいたのだ。


「そんなら俺らが貰ってやっても良いぜ?」

「うんうん……!」


(リーベちゃんちで食べたみたいな、美味しいお肉が食べたい!)


「干し肉なら好きなだけ喰わせてやってもいいぞ?」


 その言葉を聞いて2人はがっくしと肩を落とした。


 堅いビスケットと並び、冒険者が食べたくない物ランキングの1位に君臨する食品。それが干し肉だ。


「どうも失礼致しました」


 大小2人を他所にフェアが詫びると、村長はケタケタと笑った。


「はは! こいつが食い意地を張ってるのはいつものことだろう」


 その気さくさから、フロイデはヴァールとフェアが村長と面識があることに気付いた。


「ところで、その坊やは?」

「坊やじゃない……!」


 フロイデが頬を膨らまして反論すると、またケタケタと笑う。


(まったく……会う人会う人がぼくを子供扱いするんだから困る)


「こちらは最近弟子にとったのですが――」


 会話の最中、フロイデは村の北西に断崖を見つけた。


 全体として灰色の岩壁であったが、一部分だけ丸く土色になっている。それを不自然に思っていると、直後、それはパラパラと崩れ落ち、横穴が現れる。


 そしてそこからは大きなカラスが飛び立った。


「あ、あれ!」


 短い指で指し示すと3人が振り返る。


「ん? なんかあったかの?」


 村長が不思議そうな声を発する一方、冒険者2人は察した。


 ヘラクレーエという魔物は抱卵期(ほうらんき)に入ると、断崖に穴を掘り、そこにメスを閉じ込める習性があり、その際泥で蓋をするのだ。その情報から類推するにあの横穴は間違いなくヘラクレーエの巣で、テルドルからの距離を考えれば、リーベを襲った個体のつがいである可能性が高い。


 フロイデがそう分析する中、村長が不思議そうに首を傾げる。


「おい、一体どうしたというんだ?」

「ん? ああ、何でもねえよ」


 ヴァールは適当に誤魔化すと「余計な事は言うな」と弟子の耳の上で囁いた。


 ヘラクレーエは基本的に人を襲わない魔物だが、この前テルドルで人を襲ったばかりだ。それに加え、抱卵期を終えて凶暴化している可能性が考えられる……が、そういった理屈の問題ではない。


 魔物が近くにいると知っては安心できるはずがない。彼らに余計な心配を掛けさせないためにも、そういった情報は伏せておくものなのだ。


 冒険者は人々の心情に寄り添わなければならない。


 フロイデはまたひとつ、勉強したのだった。




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