5話
どのくらい寝たころだろうか。
多分、2時間も寝ていなかった気がする。
俺は不思議な違和感を感じて目を覚ました。
なんだ? と思いつつ薄眼を開けると、事務所内がぼんやり明るくなっていた。
「えっ?」
飛び起きて薄明るい壁を見た。
ホワイトボードはモニター画面に変化していた。俺が操作しなくても、勝手に電源が入るようだ。
「あの女の子たち…」
ぼんやりとした明るさの保安灯のみを残したエリア内には赤外線カメラもあったらしい。
見覚えのある女の子2人組が水汲み場にいる。
「戻ってきたのか」
俺らが戻ってくること自体は俺の予想通りだ。それが夜中になるか朝になってからになるかは半々だと思っていた。
見学をした後、ここから無事に出られるかどうかを彼らは心配していたように感じた。だから、立ち去ったことも想定内だった。俺にとっては恐れる場所ではなく、むしろ安全な場所なのだが…彼らとは立場が違う。
そして安全が確認されたら、戻ってくるだろうと思っていた。ここには便利なものも不思議なものもある。しかも今は深夜だ。光のない草原にいるより、夜間灯で周囲の確認ができるSA内で夜を明かした方が安全に決まっている。
「ん? と、いうことは…」
ステータスを確認すればSAスキルがレベル2に上がっていた。
「やった!」
エリア内のどこかに、男性たち3人もいるはず。
「お、いたいた」
映像が映るモニターは複数あった。
「動くものに反応するタイプか…人の動きに反応するのか…」
広場にテントが2組あった。そのそばにリーダーが周囲を警戒するように立っている。
「あ、悪い。木桶を戻しておくの忘れてた」
2つあった木桶のうちの片方は俺が使ってそのまま事務所内に置きっぱなしにしている。
女の子たちはひとつの桶しか見つからないことにがっかりした様子をしてから、水を入れてそれを自分たちのテントに運んで行った。
きっとテントの中で身体を拭いたり顔を洗ったりするのだろう。
「さぁて、と…」
俺はいそいそとレベルが上がったことによる変化を確認することにした。
レベル2から3へレベルupする条件は…利用者のべ50人以上で売上500メレ以上か…。
一気に50人以上ときたか。つまり5倍。
「…ん? しかもこれ、両方クリアしないと駄目なやつじゃん」
1から2の時は10人以上または売上100メレ。
2から3にレベルアップするには、のべ50人以上で売上500メレ以上。
【または】と【で】の違いを読み落とさなかったぞ。
「んー。この他はどこも変化なしか…」
設定画面が新たにいじれるようになった個所はなかった。
と、なると後は…朝6時以降にSAを一度撤収して、再配置する必要がある。これによって新商品の追加が行われる可能性が高い。
「頼みますよ…レベルアップボーナス。何か食べ物がありますように……神様、女神様」
ちらりと見たモニター画面では、男グループに木桶が渡されていた。女子の御身拭いは終わったらしい。
「レベルアップしたから一度出ていってくれ、とは言えないしな…」
空腹を抱えて、再び寝ることにした。
*
朝だ。朝が来た。
なかなか寝付けなかったが、それでもいつのまにか寝ていたらしい。
携帯端末で時間を確認すれば午前5時すぎ。窓の外がうっすら明るくなっていた。
そういやこの窓、カーテンがないな。隠しモードにしているから、外から見られる心配はないんだ。必要ないか。
トイレに行こうかと思ったが、モニターを見れば先客ありだ。彼らの後でもいいだろう。
歯ブラシも歯磨き粉もないため、軽く口を漱ぐだけで我慢。制服に着替え、手櫛で髪形を整えつつ様子を見ていると、30分ほどで彼らはサービスエリアを出ていった。
「朝食は食べないのか…」
管理人事務所から出てトイレを済ませ、軽くエリア内を確認したが特に気になる汚れなどはなかった。彼らはキレイに、しかも変に騒ぐこともなくSAを利用してくれたようだ。
6時になるのを待って一度ゲートの外へ出る。
「SA撤収!」
この号令で本当に、SAが一瞬で消えてしまうのだから不思議だ。ありえねぇと自分でも思う。
【SAが設置できます。設置しますか?】
そんなアナウンスが聞こえ、俺はすぐにSAを再設置した。
一瞬で消えて、一瞬で出る。どんなに有名な手品師だってこんな芸当はできまい。
パッと見た眼は変わらないようでも、俺は感覚で以前より広くなったことを感じていた。
「そんなことより…」
急いで自販機コーナーへ向かう。
心臓が歓喜に沸いた。遠目からでもそれが変化しているのが分かった。
「おぉ…なんという…!」
ハッキリとそれを目にしたとき、俺は身震いした。
飛びつく勢いでそのボタンを押す。
カチャ。パタン。(ささっ)パタン。
カチャ。パタン。(ささっ)パタン。
カチャ。パタン。(ささっ)パタン。
カチャ。パタン。(ささっ)パタン。
「もういっちょ」
カチャ。パタン。(ささっ)パタン。
カチャ。パタン。(ささっ)パタン。
カチャ。パタン。(ささっ)パタン。
カチャ。パタン。(ささっ)パタン。
「まだまだ…」
カチャ。パタン。(ささっ)パタン。
カチャ。パタン。(ささっ)パタン。
カチャ。パタン。(ささっ)パタン。
カチャ。パタン。(ささっ)パタン。
「はははははは!」
大量大量! 笑いが止まらないぜ。
俺は抱えきれないほどの戦利品に感動していた。
今回追加されたのはコンビニ定番の軽食。 白パンと黒パンと…なんとおにぎりの鮭! おにぎりの焼き肉もだっ! 嬉しすぎる!
さらにさらに…リンゴ果汁、みかん果汁、レモン水の紙パック商品が追加になっていた。
「飲み物は後にしよ」
俺の両腕はふさがっている。
急いで管理人事務所に運び込み、パンとおにぎりをソファの上へ……置こうと思ったが、思わず動きが止まった。
なんと。
管理人事務所内にも新たな変化があった。
「専用の洗面台がある!」
洗面台にはコップ、歯ブラシ、櫛、髭剃りそして石鹸までもが用意されていた。
「姿見?」
ロッカーの横には全身を映せる姿見もあった。自分自身の全身をはっきり見たのはこれが初めてだ。
「足、長くないか? それとも、これが普通か?」
「そんなことより…ドア?」
洗面台の横にドアが出現していた。そう。そんなところにドアなど、なかった。
ソファにパンやおにぎりをドサッと置いて、新たに出現したドアを開けてみる。
「トイレ!」
なんと、俺専用のトイレスペースができていた。
「これは嬉しい!」
ちゃんと手拭き用のタオルもある。もちろんトイレットペーパーも完備だ。
「ありがとう!」
天に向かって感謝したところで、新たなドリンクを買いに急いで戻る。
「今の俺は遠慮しないぜ」
紙パックドリンクを全種類ふたつずつ買って、おにぎりもさらに3つずつ買いだめした。万が一、売り切れでもしたら俺の食べるものがなくなってしまう。
ホクホク顔で事務所に戻り、早速朝ご飯にする。
「いただきまーっす」
パンは紙袋入り。白パンは白い袋で黒パンは茶封筒でよく目にするあの色をしていた。
おにぎりの方は透明の袋。ちゃんと切れ込みがあり、上だけカットすれば手を汚さずに食べられるようになっていた。なんという親切設計。
「うまい!」
白パンはミルクの風味豊かなふわふわパンで、黒パンは黒糖のほんのりとした甘みが絶妙だった。おにぎりの美味しさときたら…日本人でよかったと感涙するほどだ。
リンゴジュースだけパンと一緒に飲んだが、控えめに言っても紙パックのレベルじゃない。ご当地ドリンクとして高級品扱いされててもおかしくはないクオリティだ。
「あ…やっぱり…消えるか」
パンが入っていた紙袋も、おにぎりが入っていた透明の袋も…食べ終わってしばらくしたら消えていた。飲み終えた紙パックも、じっと見つめていれば一瞬で消えていった。ゴミを処理する必要がないなんて…ありがたや。ありがたや。
「あれ?」
ソファ横の小さな台の上に見慣れぬ小さな箱があった。
「傷薬?」
チューブタイプの、以前よくお世話になっていた傷薬だった。
「………なんで…?」
俺は残っているパンからおにぎり、そして傷薬を黙って眺めた。どれもこれも非常に見おぼえがある。気が付いたが、おにぎりの中では鮭が一番好きで、その次が焼肉だった。
「これも…俺の経験や好みってことか?」
俺の経験や嗜好によってチョイスされているのだとしたら、今後も期待が持てる。
「次のレベルアップが待ち遠しいな。次はなんだろう」
「わぁ! なにこれっ!」
そんな声を皮切りに突然賑やかな声が聞こえてきた。
壁のモニターを見ると、昨夜来た冒険者5人組だ。
「また来たのか」
出ていって、もう帰ったのかと思っていたが、どうやら違ったらしい。
美味しそうなパンがある! と騒ぐ一方で、隣のおにぎりが何なのか分からないでいるらしい。
俺は意識を管理人モードに切り替えると、事務所を出た。
「おはようございます」
両手にパンを持っている彼らの姿を見て、思わず笑ってしまう。少し前の俺もあんな風に浮かれていたのだろう。
「あ! おはようございます!」
ずいぶんこちらへの警戒心が薄らいだのか、それとも全くなくなったのか彼らはにこやかに挨拶を返してくれた。
「ここって、高級パンも売っていたんですね!」
「ホントにこの値段でいいんですか?」
「安すぎますよ!」
「うまい! そして柔らかい!」
男たちはもぐもぐと立ち食いしているし、どうやら女の子たちも食べ終わった後みたいに見えた。
「お気に召していただけたならよかったです」
「ところで、これなんですか?」
興味津々という表情で女の子がおにぎりを指さす。
この世界にはコメはないのか? そう思ったところでスキルさんが働いた。
…なるほど。隣の国の一部では食べられているのか。
「この周辺で珍しいかもしれませんね。隣の国の料理で、パンと同じく主食ですよ」
俺は試しに、と焼き肉の方のおにぎりを買ってから半分に割って中を見せた。
「甘辛い味をつけた肉が真ん中に入っています。美味しいですよ。食べてみますか?」
「…いいのか?」
俺の手で割ったものに忌避感がないかと心配したが、この世界の人間は潔癖症とは程遠いらしい。5つに割ったかけらを差し出すようにすると、彼らは躊躇することなく口にした。
「うまい!」
「スゲー美味い」
「…好きな味だ」
「「なにこれ、美味しい!」」
女の子たち、相変わらず息ぴったりだな。
「俺、これも買うぞ!」
「「私も!」」
全員が焼き肉のおにぎりを追加お買い上げ。鮭の方も興味津々な目を向けるため、ひとつを購入して試食させてやった。
そして再びの全員買い。
うんうん、みんなのその気持ち。痛いほどよく分かるよ。旨いよね、鮭。
「こっちの四角いのはなんですか?」
ペットボトル入り飲料と違い、紙パック入りだと中身がイメージしにくかったらしい。
この世界にリンゴはある? …そう、似たものがあるのか。でも甘みは弱いと。
みかんは? …なるほど。こっちはほぼ同じものがあるのか。
レモンは? ライムはあるが、レモンがあるのは遠い国か…そうなんだ。
あ、ところで…ジュースはあるよね? そう、その場で絞るのはあるのか。果物屋とかレストランなら販売しているんだね。了解。
スキルさんで確認している間に、俺はこれもサンプルとして一つずつ購入する。
「これらはどれもフルーツを絞ったジュースになります」
「フルーツジュース!」
「この中に?」
「「飲んでも大丈夫なの?」」
「箱の後ろに日付が書いてあります。この日までなら安心して飲めますよ」
「「噓でしょ!」」
「そんなの、聞いたことないぜ」
「ああ、しばりたてじゃないとだんだん美味しくなくなるよな。もって半日ぐらいじゃないか?」
「品質を保つ秘密はこの入れ物にあるんです。でもこれも開封したら、先ほどおっしゃられたように数時間が限界と思ったらいいと思います」
このサイズで半日も放置するわけがないと思いつつ、ちびちび飲まれて明日まで残しておくと言われたら困ると思い、勝手に期限を数時間と決めた。
「開封したら数時間なのか…なるほど」
「それでも、開封しないと半年以上持つんだなんて。すごいな」
「こちらは甘いリンゴジュース、こちらは甘酸っぱいみかんジュース、そしてこれが爽やかな酸っぱさの、ライムに似た味のレモンジュースです。試飲してみますか?」
彼らは期待に目をキラキラさせて頷いた。
「コップはお持ちですか?」
さすがに、使い捨ての紙コップはここにはない。かといって、付属のストローで回し飲みというのもお勧めしたくない。
「あります! みんな持ってる」
「あるぞ! すぐとってくる!」
「あ、俺のも頼む!」
なぜかリーダーが使い走りをしている。
彼が戻ってくるのを待つ間、なんとなく自己紹介が始まった。
「私、チャチャムといいます。弓使いです」
そう言ったのはツインポニテの女の子。髪の色は水色だ。瞳は青。中学生くらいか?
「私も弓をやってますが、短剣もできます。レアニです」
ワンポニテの女の子の髪の色は茶色で、瞳の色は琥珀っぽい色。チャチャムと同い歳か一つぐらい上かも。
「俺はチャウチ。チャチャムの兄で剣士だ」
なるほど、この2人は兄妹だったのか。確かに、髪の色が同じだ。二十歳ぐらいか?
「僕はワウンです。…斥候、です」
一番大人しそうな、少年が斥候をしているのか。彼は黒髪で瞳の色は緑だ。
「そして、今戻ってきたのがわれらがリーダーのコルサ」
「ん? 自己紹介しているのか?」
どうもというように彼は俺に手を差し出してきた。握手かなと手を伸ばしてみると正解だった。
「『白星の矢』のリーダー、コルサ。いろいろお世話になってます」
こっちの世界にも握手という社交上の儀礼があってよかった。ただ、軽く握って素早く手をほどくというのがマナーのようだ。
コルサは白っぽい金髪で瞳の色は茶。一番体格がよく、背も高い。歳は俺と同じくらいかな。
「どうも。こちらこそご利用ありがとうございます。俺はこのサービスエリアの管理人、ケンゴです」
にこっと微笑みかけて続けて聞く。
「どうしますか? 全部試飲してみますか? それとも、どれか一つだけ?」
「…その…もしよかったら、全部で…」と言ったのはチャウチだが、全員の顔に全種類飲んでみたいと書いてある。リーダーのコルサもメンバーたちにささっとコップを手渡している。
「では、リンゴジュースからどうぞ」
ストローをさしてから紙バックを押して、ちゅーっちゅーっちゅーっと中身を少しずつ5人全員のコップに入れていく。
「ストローで飲むようになっているのか」
「なるほど…」
紙パックの容量は200ミリリットルぐらいだからひとり40ぐらいか。少ないが無料の味見だからいいよな。
「さ、どうぞ。飲んでみてください」
「甘いっ!」
「なんだこれ!」
「「おいしぃーー」」
「確かに、美味しい」
彼らの目はキラキラ輝いている。眩しいくらいにキラっキラだ。
「一度コップを洗うといいのでしょうが…水場が遠いのでこのまま分けますね」
誰からも文句は来なかった。
「次はみかんジュースです」
ちゅーっちゅーっちゅーっ。ちゅーっちゅーっちゅーっ。ちゅーっちゅーっちゅーっ。以下略
「甘いっ!」
「なんだこれ!」
「「おいしぃーー」」
「これも、美味しいな」
「最後にレモンジュースです」
ちゅーっちゅーっちゅーっちゅーっちゅーっちゅーっ。以下略
「爽やか!」
「なんだこれ!」
「「おいしぃーー」」
「たしかに酸味は一番強いが、後味がさっぱりとしていて飲みやすい」
「うわぁ、どうしょう。チャチャム」
「どうしよう、どうしょう。迷うね、レアニ」
迷った挙句、女の子たちとワウンはリンゴとみかんをふたつずつお買い上げ。チャウチはリンゴとみかん、コルサはりんごととレモンをそれぞれひとつずつ買っていた。
「ケンゴさん」
「はい」
「やっぱり、どうしても気になるので…聞きたいんですが…」
なんだろうか。
「ここはいったい、なんなんです?」
「サービスエリアです。…という返事が聞きたいわけではなさそうですね」
リーダーらしく、まじめな顔をされるとちょっと緊張する。
「どう考えても、この場所はおかしい。見たことのないものばかりが並んでいるし、昨日まで何もなかった場所に突然現れるというのも不思議だ。ここはいったい…いや、あんたは何者なんです?」
どう説明したものか。いや、本当のことを話したとしても理解してくれるかどうか。
「あんたが悪い人じゃないってことは、昨日から見てて分かります。そちらに悪意があれば、俺たちは昨夜ここから出ることもできなかっただろうし、いちいち俺たちに付き合ってあれこれ説明してくれたり試食させたりしてくれるはずがない。…と思う」
「大賢者様なの?」
チャウチが大真面目に聞いてきた。
「え?」
「やっぱり、大賢者様なの?」
「…違いますよ」
俺は急いで否定した。マジだよ、この子。というか…この子たち。
「信じてもらえるかどうか分かりませんが…」
シリアスな空気にいたたまれなくなって、静かに深呼吸してみる。
「ただの管理人なんです」
「管理人というのは、ここの持ち主とは違うってことか?」
みんな…信じてないな。その通りなんだけどさ。
出来れば、このとんでもないスキルのことは内緒にしておきたい。こんな便利なものを生み出せる力…スキルがあるとバレたら、狙われそうじゃないか。
「俺が自販機から商品を買う際にお金を払っていなかったのは見ていますよね?」
「うん。不思議だってずっと思ってた」
「管理人なので、無料で自販機の商品を購入できるのですが…それだけなんです。俺には皆さんが支払ってくれたお金を手に入れることはできないんです」
「……?」
「えっ!」
「それ、どういうことなんだ?」
「えーと、つまり…商品を手に入れることはできても、それだけということで…ここの商品だけが俺の給料と言った方がいいかもしれません」
ポカンという顔をしてから、彼らにも理解ができたのだろう。
「えぇーっ!」
「それって…」
「可哀そう……」
そう呟いたレアニにコルサが尋ね返した。
「可哀そう?」
「だってそうじゃない。ここには不思議なものがいっぱいで羨ましいと思ってたけど…実際には、どんなに頑張って働いてもお金がもらえないんだよ! 困るじゃない!」
「あー。そういうことか」
「そういうことか…」
「なんだってそんなことになっているんだ? 飲み物や食べ物しか与えられないなんて、食べていくだけで終わりじゃないか」
あらら。なんだが可哀そうな奴隷を見ているような感じになってきたぞ。
「みなさん落ち着いてください。とりあえず、抜け道がありまして…」
俺は自分で購入したパンやおにぎりなどを物々交換や直接販売で、他のものと交換してもらったり現金に変えたりできることを説明した。
「もっと早くに言ってくれたら…」
「そうだぜ。俺たち、協力したのに」
「ありがとうございます」
「いっぱい買っちゃって…町まで戻らないともうお金、ないわ」
「俺も使い切ったな」
町か…そうだよ、町だ。
「みなさんが住んでおられる町まではどのぐらい離れているんですか?」
「ここからだと、歩いて6時間くらいだ」
「昼過ぎには帰れるだろうな」
ということは25キロから30キロくらいか? 女の子がいるとはいえ、彼らは冒険者だ。きっと徒歩での移動にも慣れているし、体力もあるのだろう。
「だから、ここでパンや飲み物を買うことができてとても助かったの。携帯食料も少なくなっているし…何より、比べ物にならないぐらいみんな美味しいんだもの」
「町でもここの商品は売れるでしょうか?」
「「売れるわ!」」
「売れるに決まっている。町じゃ食べたことがないほど美味いし、しかも安い。パンもジュースもここの2倍くらいの値段でも売れるはずだ」
「貴族や金持ちを相手にするなら5倍でも売れるかもな」
パンもおにぎりもひとつ2メレルだ。つまり日本円だと200円。一般的な市民でも倍近くても売れるだろうと彼らは言う。貴族相手の商売だとパンやおにぎりが千円か。本当に売れたら嬉しいが…貴族を相手にするのは進んでやりたいとは思えない。
権力を持っている人間がみんな悪い人だとは思いたくないが…生まれながらに人はみな平等という教育を受けてきた過去を忘れていない俺には、特権階級の貴族なんて出来るだけ近寄りたくない人たちだ。
「貴族ですか…ちなみに、街にいるその貴族の方はいい人たちですか?」
彼らの帰る町には行ってみたいが、強欲や傲慢な貴族がいるようなら他の町を目指そう。
「マレルレの町の代官は男爵様。マチェル家は俺たち庶民にも良くしてくださっているいい人だ。噂でしか知らないけど、本家のキルコーナ子爵様は庶民のための学校も作ってくださっているらしいから、一族みんないい人なんじゃないかな」
「いい貴族もいれば嫌な貴族もいるわよ。でもそれは商人も大商人もみんな同じ。どのみち、私たち庶民にはあまり関係ない」
「なるほど…」
庶民には関係ない話であるならば、彼らの住む町に行こう。
SAに客が来て買い物をしていってくれないとレベルはアップしないが…このスキルだけに頼っていると偶然や幸運頼みの受動的な生き方になってしまう。
たまたま俺の欲しい商品を持っている行商人が訪れた。偶然にも冒険者の団体が立ち寄ってくれた。ラッキーなことに大キャラバンが訪れた。そんなたまたまや偶然ばかりが続くなんて話、あるわけがない。
誰も来ず、ずっと街道沿いを歩いて彷徨う日々が続く。そんな日だってあるに違いないのだ。商売にリスクはつきもの。いかに損失を少なくするか。経費を減らし無駄をなくすか。そんなことを考えない商売人はいない。
いや、あれこれ言ったが本音では、この世界のことをもっと知りたい! この世界を楽しみたい! という思いが強いのだ。だから、行きたい! 彼らと、彼らが住む町へ!




