第5話 空白の一行
その日は、何も特別なことがなかった。
朝の記録。
授業。
移動。
昼食。
すべて、いつも通り。
委員会の作業も問題なく終わり、
放課後は寄り道もせず帰宅した。
端末を机に置いたまま、夕食を取る。
少し疲れていた。
食後、画面を見ると通知が一件。
【自己申告 未送信】
送るつもりだった。
いつも通り、同じ文面を入力するだけ。
「後でやろう」
そう思って、端末を伏せた。
夜。
入浴。
就寝。
翌朝、目覚ましより先に端末が震えた。
【自己申告 遅延:1日】
画面には、淡い色で警告が表示されている。
まだ例外ではない。
私は、慌てて入力画面を開く。
文章は、すぐに打てた。
──特に問題なし。
送信。
履歴に反映される。
遅延:解消。
それだけのはずだった。
登校して、委員会室に入ると、
委員長が私を見る。
「昨日、遅れてたね」
責める口調ではない。
確認だ。
「すみません。忘れてました」
それで終わる話。
委員長は、画面を一瞬だけ見て頷いた。
「今回は大丈夫」
規定通り。
それでも、私は席に着いてから、
自分の記録を何度も確認してしまう。
空白は埋まっている。
例外記録も付いていない。
問題はない。
なのに、昨日見た、
あの未申告者の画面が重なる。
たった一日の違い。
たった一行の遅れ。
あの人には付いたものが、
私には付いていない。
公平だ。
完全に。
違いがあるとすれば、
それは「タイミング」だけ。
昼休み、委員会室に新しい通知が入る。
別の生徒の、自己申告遅延。
今日で三日目。
委員長が言う。
「明日だね」
私は、何も言わなかった。
自分の端末を見る。
今日の申告欄は、まだ空白。
いつもなら、もう送っている時間。
私は、画面を閉じた。
理由はない。
反抗でもない。
ただ、
一行が空いている状態を、
少しだけ見ていたかった。
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