月夜洞太郎の失踪
しいな ここみ様主催、いろはに企画参加作品です。
わたしがいろはうたにはじめに魅せられたのは、小学校の習字の時だった。7文字ずつに区切られた手本を何気に横に読んだときに、一番下に現れる「とかなかくてしす=咎なくて死す」の言葉に不思議な興奮を覚えた。
その後に何か別の読み方が隠されているのではないかと色々考えているうちに、とうとう大学で研究するほどになってしまったが後悔はしていない。この47文字の文章はそれほどのものなのだ。
だがある日わたしは素晴らしいひらめきを得た。これは本当の意味を巧妙に隠した暗号だったのだ。これは征夷大将軍であった坂上田村麿が黄泉比良坂という異界からの侵略者を封じた霊門の場所を示すものだ。
西洋魔術で金星の魔方陣とも呼ばれる7✕7の49マスにいろは歌に「ん」と◯を加え法則性に従って並べ直す。さらに◯を中心のマスに移動させれば、時計回りに3文字の単語が8つ浮かび上がってくる。そしてこの単語はヘブライ語に置き換えることで本来の意味を成す。
この真理にたどりつくまでには様々な妨害や脅しにあった。深夜の無言電話、出前への毒物混入、理不尽な訴訟や不当な督促状、命の危険を感じたことも片手に余る。だがそれももう無意味な挑発だ。大学を辞めさせられたことももうどうでもいい。私はたどり着いたのだから。ざまあみろという他はない!
……これが失踪した伝奇作家、月夜洞太郎の最後に書き残した『作品』である。ウィキペディアには「トンデモ文豪」「何にでも誰にでも噛みつく狂犬」「精神病院を抜け出し夜ごと酒場に通った男」などの逸話が並ぶ。彼の死没日はまだ記載されていない。
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