08.色々と詰んでる
聖女ハルマ。アタシはその名前に聞き覚えがあった。
三人目の聖女になった早苗多の友達で、一年生の軽音部員。早苗多が召喚されたあの時、器材室で最後まで彼女と一緒にいた、あの子だ。ハルちゃんと呼ばれていたあの子の名前が確か、遥舞だったはず。
聖女ハルマの召喚時第一声が「わたし、召喚されちゃったんですか?」で、その次に言ったのが「サナちゃんもこっちに来てるんですか?」だった。その反応からしても、おそらく同一人物と見て間違いないと思う。
ただ、ハルマを召喚した公国は他国の聖女の名前を把握していなかった。神聖国が聖女を召喚した事実と、その聖女の名が「アスカ」であることは各国に周知されていたものの、それ以外の国で聖女召喚を実行したことを公言していたのは帝国と独裁国だけだった。
合衆国と共和国は聖女召喚そのものを秘匿していたし、公言した帝国と独裁国も名前までは明かしていなかった。だから公国の人たちもハルマの質問には答えられなかった。
ただまあ、神聖国には召喚の事実はバレてるんだろう。前回に出された神聖国から各国への非難声明に合衆国も含まれていたから。だからきっと、公国の聖女召喚も神聖国にはバレるんだろうと思った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
アタシは放課後、軽音部の部室に寄ってみた。同級生の部員を捕まえて、それとなく早苗多の話を振ってみる。
「あれから、サナの手がかりとか見つかった?」
「いやもうぜーんぜん。ってかそれどこじゃなくってさ」
「え、なんかあったん?」
「…………あ、いや、なんもないけどね?」
何もないにしてはあからさまに慌てふためく同級生。
やっぱり聖女ハルマは軽音部の一年生で間違いなさそうだ。そう思って、ちょっとカマをかけてみた。
「もしかしてさあ、また誰かいなくなった?」
同級生は一瞬、しまったという顔になった。だけどすぐに顔色を変え、アタシの袖を引っ張って部室を出ると、校舎の隅の階段下に連れ込んだ。
「なに、ナイショの話?」
「……あんた、どこまで知ってんの?」
「サナだけじゃなくて、ハルマちゃんもいなくなったんじゃない?」
あまりとぼけても怪しまれるだけだと思って、そう素直に切り出した。彼女はそれを聞いて、大仰にため息をついた。
「もー、誰だよ漏らしたのはさあ。いくら礼愛がサナの件を知ってるからって」
どうやら部内で箝口令が敷かれていたっぽい。
「あー、部員の誰かから聞いたとかじゃないんだ」
見ず知らずの誰かに冤罪をかけるわけにもいかないので、アタシはスマホで例の小説を開いて読ませてあげた。
「え、これ、マジなん?」
「アタシもまだ信じきれてないとこあんだけどね。でも、見ての通り聖女サナタと聖女ハルマが召喚されてるし、彼女たちの言動はまんまサナとハルマちゃんなわけ」
早苗多が召喚される前に極度に嫌がっていたこと、聖女サナタが召喚された直後からギャン泣きして嫌がっていること。遥舞ちゃんが早苗多の失踪に責任を感じていたこと、聖女ハルマが召喚後すぐにサナタのことを気にする発言をしたこと。
「……確かに、サナとハルちゃんっぽいわ……」
「でしょ」
「でもこれ何がどうしてこうなるわけ?これ単なる作り話でしょ?」
「そこはアタシも分かんないけどさ」
最初の聖女アスカから始まり、今まで召喚された聖女たちは全員が「ニホンのジョシコーセー」で、うちの学校に実際にその名を持つ生徒たちが在籍していたこと、そして、その全員が失踪あるいはそれに準ずる行方不明者であること。
そのあたりも付け加えて教えてあげた。
「……マジで?」
「マジで」
今頃、先生たちはパニックになってるんじゃないかなあ。それとも、学校は一切関知せずに各家庭の問題だとして知らんぷりを決め込んでいるのだろうか。
まあ少なくとも、二年の各担任は表向きは平静を装っている。だけどうちのクラス担任は夏葉がいなくなって以降は、寄り道せずに家に帰れ、用もなく外出するなと口酸っぱく言うようになったから、内心では気が気でないはずだ。
「実はさ、顧問ちゃんがめっちゃメンタルやられててさ……」
軽音部の顧問は教員になって3年目の、若い女の先生だ。一年生の、遥舞ちゃんのクラスの副担任をやっているそうで、早苗多だけでなく今回彼女まで失踪したことで相当責任を感じているらしい。
「だからさ、この小説」
「いや〜見せない方がいいと思うよ……」
そんなメンタルで、こんな現実離れした理不尽なナニカが起きているせいで大事な部員がふたりも失踪したなんて知ったら、箝口令とか吹っ飛ばして大騒ぎしそうだ。
「あー、わかる」
「っしょ?それにホントに召喚されたとして、連れ戻す手段とかもなんも分かんないしさ」
そう、現状で手の打ちようがないんだよね。アタシたち生徒がどうにもできないだけでなく、こんな話、大人たちだって対応できるわけがない。
もちろん軽音部の顧問の先生だってそう。それどころか学校や警察、自衛隊にだってどうにかできると思えない。
だから、仮に本当にこの小説の世界に彼女たちが召喚されちゃったのなら、現状アタシたちにはなす術がない。魔術が使えるとかならワンチャンあるかもだけど、アタシは魔術師とかじゃないしそんな知り合いもいないし。
「でもこれ、マジどうすんの?ってかどうにもできないじゃん」
「うーん、作者なら何か知ってるとは思うんだよねえ」
「あっ、そっか。——でもさあ、フツーに聞いたところで『フィクションです』としか答えないんじゃね?」
「そうなんだよね」
普通に考えて、正直に白状するはずがない。答えるつもりがあるんなら、最初に送ったメッセに返信来てるはずだしね。
「てか1回メッセしてみたんだけどさ、無言でブロックされちゃったんだよね」
「じゃあダメじゃん」
それどころか、これ以上問い詰めても逆に目をつけられてアタシたちまで向こうに送られかねない。そうなったら、マジで終わりなんだよね。
警察とかに入ってもらおうにも、こんな非現実的な話をまともに取り合ってもらえるとも思えないし。
「うーん、やっぱダメかぁ」
やっぱり手の打ちようがない。
詰んでるわ、マジで。
その日は結局、いい案なんて浮かばないままアタシはすごすごと軽音部の部室から退散した。同級生部員の彼女には、むやみに人に話さないよう釘を刺すしかなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
小説は定期的に更新され続けている。アタシは何もできないまま、それを読み進めるしかない。
聖女ナツハはイケメンたちに翻弄されつつも、聖女の修行を頑張り始めている。そんなキャラじゃなかったのに、どうも雰囲気に流されてるっぽい。聖女ハルマも公国の偉い人たちに言われるまま、聖女の修行を始めた。
聖女サナタは相変わらず修行を拒んで、帰りたい帰らせてくれと泣いている。小説の中の合衆国の首脳部も、次第に彼女のことを持て余してきていて。
ある時の更新で、聖女サナタは合衆国大統領直々に呼び出されてお叱りを受けた。その時の彼女は泣いてはいなかったけれど、自分の意思を無視して勝手に召喚したのは誘拐で犯罪だ、それなのに頭ごなしに言うことを聞け、光栄に思えなんて言われても従えないと、ハッキリ言い切った。
合衆国大統領はうんざりした様子で「もういい、連れて行け」と部下に命じて、サナタは退場していった。乱暴に腕を取られた彼女は何かを察した様子で、泣いて暴れて謝罪の言葉を口にしつつ抵抗したけど、屈強な兵士たちに勝てるはずもなくて、引きずられるようにして部屋を連れ出された。
そしてそれっきり、聖女サナタは作中に登場しなくなってしまった。




