22
「カルマが最初にここに来たのは、確か二十歳の頃と言っていた。」
アイニスはテーブル越しに老人と向かい合い、手前に置いてあるガラスを見つめた。
「何をしに?」
「仕事だ。カルマの警察になって二回目の派遣場所が正にここだ。」
「警察……?」
アイニスはピンとこなかった。あのカルマが警察だなんて俄かに信じられない。頭の中にカルマを思い浮かべ、警察の服を着せてみらがやっぱりピンとこなかった。
「考えられないのも無理はない。性格も、今とではだいぶ違った。」
「どんな風に?」
「まぁ……実直というか、真っ直ぐな性格をしていた。寡黙だが正義感に溢れ、誰からも信頼されるような青年だった。」
「まっすぐで……寡黙……ですか……」
「ははは、まぁそうだったとだけ分かっていてくれさえすればいいさ」
アイニスは腕を組み、何もない天井を見つめた。
どう想像しても今のカルマとどうも合致しない。その面影が記憶の中のカルマに存在しない。
「何が…彼を変えたんですか」
正直アイニスも触れていいのか分からなかった。
暗い洞窟の中に入るような気分だ。必要もないのに。外はこれでもかと晴れているのに、そのぽっかりと空いた穴に入ろうとしているのだ。
「あの日は………いや、やめとこう」
「え?」
「カルマの口から聞きなさい。きっといつか彼が君たちを信用して、心を開くときがくる。その時、彼はこの話を君たちにするだろう」
アイニスは少し戸惑った。自分たちが信用されてない?まだ日は浅いが、信用すらされていないという事に。みたところ、弟にすら話していない話なのだろう。弟すら信用していないということなのか。
「えっ……じゃあ」
「ん?」
咄嗟に口から余計な言葉が漏れてしまった。別にもう聞きたいことはない。というか、思考がうまくまとまらない。だが今更何でもないというのも今のアイニスには気が引けた。
「えっと……魔教……カルマが使ってる魔教って、何なんですか」
「ああー……カルマ使っちゃってる?」
「あ、はい」
「………フーー……まぁしょうがないよな、流石に素手だけじゃな……。いいよ、話してあげよう。でも絶対他言しないでくれ。少なくとも君たち以外に話が広がると危険だ。」
「はい、」
(そりゃそうですよね。魔教使いは重罪。見つけられたり、疑われてしまったら即処刑。よくても島流。言ったら私達の身も危険よね)
「アレはね私が彼に教えたんだ。」
「自分から……ですか?」
「そうさ、私も止めたんだ。魔教なんかに君みたいな若人が触れるべきじゃないってね。でも…聞かないだこれが。それから八年間彼は鍛えた。修行をし、技を身につけた。」
「八年ですか」
「彼はこの魔教の才はそれほどではなかったが、努力でその分を補っていた。見ていても恐ろしかったよ。あの時の彼は正気の沙汰じゃなかったと今でも思うよ」
アイニスはコップの中に残った数滴の滴をぐいっと飲み込んだ。
「それで、今の彼が完成したってわけだ。お終〜い!。では……おやすみ」
そう言って老人は腰を上げ、スタスタと部屋へと行こうとした。
「え……あっ……ちよ、ちょっと」
「なんだい」
アイニスは一つちゃんと聞きたいことを思いついた。
「あの、彼の中にもう1人誰かいません?」
その質問の途端、老人の顔つきが一変した。
「何でそれを?!」
「大会で彼が二度変わったようなきがして。別人に。」
「肌や髪、眼球の色が変色して、口調も変わって?」
「は………はい。でも、何でそれを?」
老人はアイニスの言葉を聞かず、舌打ちをし、頭を掻き、俯いた。
「それで、何人死んだ?」
「え?…いや……誰も死んでませんけど」
その言葉に老人はとても驚いたようで、俯いた顔をすぐ上げた。
「本当に?」
「はい。一応」
老人は風船の空気が抜けるように息を吐いた。
そしてもう一度椅子に座り直し、アイニスに向かい合った。
「アレはな………
丘の側面を朝日が照らし、窓から入った光が、シグマの目を覚まさせた。シグマは上半身だけを起こし、足に乗っかるノヴァそっとどけた。
リビングに行くと、老人がコーヒーを飲んでいた。
「おー、おはよう。よく寝れたかな?」
「はい。久しぶりにちゃんとしたベットだったんでぐっすりでした。」
「はっは、それはよかった」
老人が手に持つカップを、口元に運んだその時、ドアが開いた。
「ファ〜〜〜」
あああくびして入ってきたカルマは、寝癖なのか、髪の毛が爆発し、大量に草や木の枝が刺さっていた。服も所々汚れていて、酷い事になっていた。
「どういう状況?」
「ん?これか?ちょっと外で寝てたから」
「外で?」
「そ。ファ〜〜〜。もっかい寝てくるは」
カルマはまた大きなあくびをし、どこかへ行ってしまった。その数秒後、子供の悲鳴と女のうめき声が聞こえたような気がしたが、多分気のせいなので無視した。
「ありがとうございました。こんないっぱい泊めていただいて。」
「いいんだよ、またいつでも来な。」
「そうだよ、いつでもいいからな」
「お前は誰だ」
みんな荷物をまとめ、また旅路に戻ろうとした時、カルマが何かを思いついたようにあっ!と声を上げた。
「なに……どうしたの」
カルマは石碑の正面で屈んで何かをしたが、カルマの背でよく見えなかった。
そしてカルマがよしっ!と言い、戻ってきた。
「何したの?」
「瞬間移動」
カルマ派すっとぼけた声で答えた。
「は?」
「だから、瞬間移動だって。勲章の能力の一つ」
「え……まさか」
そう言って三人は石碑に視線を向けた。石碑の表面に紋章が刻み込まれていた。
「あの家につけさせてもらった方がいいんじゃない?」
「木と石じゃ石の方が丈夫だろ?」
「どっちでもいいけど……とにかく、いきましょう。ここから長いんだから。」
「…………ん?あっ!ごめんごめん。よしレッツゴー!」
一瞬カルマが石碑を見たまま止まった。その時の目はまるで友人や親の墓石を見ているように、懐かしみと後悔に満ち溢れていた。




