三幕 ~朽木の章~ 中編
……放課後、私は教室に一人残っていた。
家に帰りたくなかった……。家に帰るとあの人形が、私のベッドの上に戻っているからだ。
……違う部屋で寝てみたが、やはりあの悪夢にうなされた。
だから私はあれ以降、一睡もしていない。
二日間……。
……つまり、今日があの人形の言う三日目なのである。あの人形の言う事が現実になるのなら、私の命は今日の深夜十二時までになってしまう。
家に帰りたくない、死にたくもない……。
……気が付くと私は大粒の涙をポロポロと溢していた。
「……うう、ぐすっ。」
「……どうしたの?何故泣いているの?」
振り向くと、そこには一人の女生徒が立っていた……。同じクラスの女子生徒だ。
私は涙をすぐに拭い。
「何でもない、ちょっと目にゴミが入っただけだから……。」
「……ああ、そう。……それなら良いのだけれど。」
そう言うとその女子生徒は、教室を出て去って行った。
あの夢の中に出てきた、流れる長髪の少女を思い出させる女子生徒……。
──!?
そういえば彼女は、オカルトにかなり詳しい筈……。多少中二病も患っていそうなのだが……。
私は藁にもすがる思いで、彼女の元へと走り出した。
「あっ、あの……。ちょっと待って!」
……彼女はゆっくりと微笑みながら振り向く。
「何?……やっぱり困り事があるのかしら?……私なら何時でも貴方の力になれるわ……。クスクス。」
……私は今迄の経緯を細かに説明した。
「……そう、なるほどね。……喋る呪いの人形、面白いわね、実に興味深いわ。フフフフフ……。」
面白がられても、困るのだけれど……。
「……何か、その……助かる方法。……ある?」
彼女は不敵に笑いながら、懐から一枚の御札を取り出した。
「貴方、私の所に来て正解だったわね……。この御札があれば、なんとか助かるわ。」
──!
「本当?助かるの!?」
喜ぶ私に彼女はそっと、指を立てた。
「二万円でいいわよ?」
えっ!?二万円……。私のお小遣いはそんなに無かった。
「そんな大金……。急には用意出来ないよ。」
「仕方無いわね……。同じクラスメイトだし、半額の一万円でもいいわよ?」
それ位なら、なんとか……。
「わかった、明日必ず持って来るからその御札下さい……。」
……私はその御札を受け取った。
「いい?寝るときも、お風呂に入る時も必ず肌身離さず身に付けておくのよ?……いい?絶対によ?もし手離す様な事があれば……命の保障は出来ないわよ?」
私は彼女にお礼を言い、御札を持って家へと走って行った……。
その御札を、私は全て信用した訳では無かった。しかし、今の私にはそれが何よりも拠り所だった……。それと同時に私の体も限界だった。
私はすぐにベッドに潜り込んだ。……そして、その後後悔をした。
……やはり、私はあの"洋館"に戻されていた。
部屋の真ん中には、当然の様にあの人形があった。私は急いで部屋を出て、彼女が居た廊下へと向かった……。
……しかし、彼女は居なかった。
以前彼女が居た、この長い長い廊下……。私は何故か"ここ"が一番安全な気がしたのだ。私はそこに座り込み、ただ時間が過ぎるのを待った。
胸元を確認する。……勿論あの御札は肌身離さず持っている……。
「大丈夫……大丈夫、御札があるから……大丈夫……よね?」
私は祈る気持ちで、その御札を握りしめた……。
あれからどれ位、時間が立ったのだろう……。また微かに人の声が聞こえた様な気がした。
……!?
もしかして……。
私は走った。声がするその場所を、必死になり探し走り続けた……。
扉を開けた、その先に……。"彼女"は居た。
「六道さんっ!」
「大丈夫?御札は言った通り、肌身離さず持ってるの?」
……私は胸元の御札を、六道さんに見せた。
「いい?時間が無いからよく聞くのよ?……絶対に、何があってもその御札を手放しては駄目よ?……絶対に。」
──!?
六道さんは何かに気が付き、後ろを振り返った。その先には、特に何も無いのだが……。六道さんは"その"何も無い空間を睨み付けた。
「邪魔が入ったわね……。いい?必ず助けに来るから、その御札は絶対に手放しては駄目よ?……いいわね?」
そう言い残し……六道さんは、すうっと消えていった……。
「絶対に……絶対に手放さないから……。」
私は涙を流しながら、そう呟いた……。
この状況で、彼女の……六道さんの存在は本当に大きかった。
彼女の存在は、涙を流す程有り難かった……。
私は少し安心し、その場に座り込み眠ってしまった。
「……んっ。」
──少し時間が立ち、目を覚ます。
そこはベッドの上だった。私の部屋ではなく、洋館の一室の……人形の部屋だった。
人形はカタカタと震え、喋り出した。
「残リ、後一時間。十二時ニ、オ前死ヌ!!」
「嫌ァ!」
私は急いで走り出し、部屋を出た。先ほど六道さんが居た部屋に入り込んだ。……六道さんは居ない。一応念の為、長い廊下の場所にも行ってみる……。しかし、やはり居ない。私は先ほどの部屋に戻ろうと振り向くと、後ろから人の気配を感じた……。
…………誰かいるの?もしかして六道さん?風に靡く白いカーテンの向こうに、その少女は居た。
「六道さんっ。」
私は急いで彼女の元に、駆け寄った……。
「えっ……誰?」
彼女は……六道さんでは無かった。六道さんは赤みが掛かった茶色い髪だ。……彼女は六道さんよりも、真っ直ぐで流れる様な長い黒髪だった。
「だっ誰なの!?」
私は思わず後退りをした……。
「いい?よく聞きなさい……。貴方はこのままでは十二時になったら死んでしまうわ……。助かる方法はただ一つ、十二時迄にここを出てその人形を供養するのよ……。その方法は─────。」
……え?
「それで……本当に助かるの?」
「もちろんよ、時間内に間に合いさえすればね……脱出の方法を教えるわ。……あれ?貴方、人形以外にも何か呪いがかかった物を持ってるわね?」
……え?呪いがかかった物?私には心当たりが何も無かった。
「……それね、その御札だわ。呪われてるから私が預かるわ。」
……!?
「こっ、これは駄目!」
その御札は六道さんと約束した御札なのだから……。何があっても絶対に手放さないと。
「六道さんと、そう約束したから……。」
そう言うと、彼女は少し悲しそうな顔をした。
「よく思い出して見て?本当に六道さんは同じクラスの生徒なの?」
……え?それは一体どういう意味なのだろう?
「よく思い出して、貴方のクラスに六道って名前の生徒なんて本当に存在するの?……そんな名前の生徒なんて最初から居ないのよ。……貴方は最初から全て……夢の中に居たのだから。」
……そんな、六道さんは。……本当に。
分からない……私には何が本当で、何が嘘なのか……私には判断がもう付かなかった。だがそれでも、この御札を手放すのは嫌な予感がした。
「ごめんなさい……この御札だけは、手放せないの……。」
彼女は、また寂しそうな瞳で私を見た……。
「そう……。仕方がないわね。流石の私でも。生きる意志の無い人間までは、助ける事は出来ないわ……。」
彼女はそう言い残し、霧のように消えていった……。
私の判断は正しかったのだろうか……。私は御札を握りしめ、祈るしかなかった。