表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
文芸部 ほたる短歌班  作者: はあとのええす
9/13

ラブ・ファントム

 短歌とは三十一音と短い。一目で見渡せる景色だ。



 ゆれる髪さみどりの風 リボンさえ揺らして 独り ときどき独り   らっこ三世



 アニメのワンシーンで女の子の髪がゆれる場面は印象的だ。まるでひとかたまりの風がみえるようだ。風が女の子をとりまいて、そして去っていく。髪の毛の一本一本の描写がされている。僕なんか「おおっ」と思ってしまう。共感。そしてストーリーを理解していく。ブルースハープを両手で握る質感、そして奏でられるフレーズ。

 僕は、アニメのワンシーンでインスピレーションを得て、一首、作ってみた。「ゆれる」と「揺らして」が一目で入ってくる。そして二つの「独り」。「独り」ってどういうことだろう。自由ではあるだろう。でも絶海の孤島でも街の中でも、一人だとなにかと不便、不自由だ。友達や社会的協力が得られないのは不自由だ。


 といったことと一首を、短歌ノートにつづった。「らっこ三世」はその「一首」への共感によって理解されるだろうか。


 「全国高校生短歌フェスティバル」への申し込みをした四日後には、大会側から要綱が送られてきた。その中には、今大会の予選会に用いられるお題が記されていた。金曜の放課後だ。

 「フェスティバル」予選会の題詠は「気」だった。

 一字「気」をつかって、大会参加の三名がつくった三首を大会側に送る。大会側には全国の高校数十校から歌がおくられてくる。この歌を大会審査員が選考し、予選通過の八校が決定する。

 ほたる短歌班は、提出締め切り日の六月二十日までに題詠しなければならない。


 「文芸部でミニ大会をひらいたらいいんじゃない」「ほら、お題に沿って歌をつくってミニ大会をするの。大会ルールにそって。」姉妹先輩が大会要項を読みながら提案した。

 米利部長代行がそれをうけて話し出す。

 「いいわね。」「ナイスアイデアよ。姉妹、水辺君、松尾ちゃん、森城部長の四人でトーナメントをやりなよ。」「いずみちゃんは、大会にはでないけど、短歌班だし参加してよ。」「『ほたる』名義で。」


 結局、四人が、土曜、日曜の二日で、二首づつ作ってきて四人によるトーナメントと三位決定戦を月曜の放課後に開催することになった。提出締め切り日の一日前だ。僕は、休みの二日間は「気」の題詠で自分の部屋にカンヅメだった。机と鉛筆がちかくにないと落ち着かなかった。



「短歌会の、優劣を競うトーナメント。覚悟はいいわね。水辺君」

 米利部長代行が、ふたたび蒸し返してきた。楽器づくりなら優劣がある。高値の楽器、値の付かない楽器、僕は自分をはげました。歌がトーナメントに負けたって詠った心には勝ち負けは無い。同じ心でまた、その主題を詠いなおす、ブルースハープの調整をやればいい。「結果」という「裏切り」があっても、心がなにか不足してるわけじゃない。楽器づくりという芸を競うことを選んだのは僕だ。覚悟ができた、気がした。


 四人によるトーナメント、ミニ大会の会場は米利部長代行が借用した音楽室になった。審査員は米利部長代行と、桜並木先輩、米利部長代行がつれてきた女友達の女生徒三人の計五人だ。


 「それじゃ、第一回カナツ高校短歌フェスティバルを開催します」米利部長代行が宣言した。

 「愛を詠う短歌と、愛を詠う短歌が勝敗を決するトーナメントよ。」

 愛に勝敗はつくのか。

 共感は理解のドアだ。僕を短歌で打ち負かした相手を理解することができるか。僕が負けた短歌なら、僕の視界から見れば、それは素晴らしい、共感に足る短歌だろう。共感というドアを探そう。

 桜並木先輩の操作で、プロジェクターで一首が映し出された音楽室はカーテンが閉められている。一回戦の第一試合は僕と、森城の対戦だ。僕の先攻、僕の一首だ。



 わが友の世界をなじるその呼気よ大気を成して燃やせ流星      水辺果実



 「じゃあ、一分間のディベートを始めて、水辺君」米利部長代行が司会進行だ。

 「『流星』というのは、夜空にみつける『流星』です。暗黒の時代に、つかの間の閃光で世界を照らす人たち、ジーザス・クライスト・ザ・スーパースターとかルパン三世のことです。」

 桜並木先輩がニヤリとするのが見えた。

 「仏陀かもしれません。それに、地上の星、友達もそのはしくれです。その友の吐いた息、言葉が、いってみれば大気圏を構成して、そういった光、星々の在りかを『つくれ』。流星よ、再燃しろ。という一首です」

 「ありがとうございました。それでは、この一首に対する「批評」をおこなってください。」

 「はい」森城が立ち上がる。

 「「呼気」と「大気」、呼吸の気体のかたまりが大気を形成する、それが、世界への詰問が、流星を光らせる。光るのは仲間たちの闘志といったもの、と詠みました。水辺君の解説とあわせて、とても良い一首だとおもいます。」

 森城は、技術的批判をするでもなく、歌をほめてくれた。

 「いいでしょう。それじゃあ水辺君のターンは終了ね。いずみちゃん準備して。」



 どうしても話しかけたい一言よ大気を浴びて光る流星      ほたる



「うわーっ」という女子生徒三名の間のささやきが、薄暗い音楽室に漂う。森城が話し始めた。

「ふたりの男女間の感情を詠っています。男子生徒と女子生徒でもかまいません。女子があこがれの男子に、でもあこがれすぎて近づいたら熱がでちゃいそう。でも、伝えたい『言葉』がある。それは、流星のように短いけど、まぶしく光ってみえる『言葉』。男子に話しかけようとして、彼の『気』を浴びて女子自身が光っちゃうっていう詠みもあります。それほどの女の子の覚悟の心情を詠いました。地球に近づきすぎて燃え尽きちゃう星としての『一言』の重さを、です」

 僕も、森城の一首を讃えターンを終えた。


 「それじゃあ、評決をとるわよ。」「水辺果実の一首に投票する人は挙手してください。」

 プロジェクターを操作しながらの桜並木先輩の手があった。

 「それじゃあ、ほたる部長の一首に投票するひとは手を挙げてください。」

 女子の先輩たち三名の手と米利部長代行の手があがった。

 一対四。愛と愛の戦いに決着がついた。

 一首の評価にアーティスティック インプレッションとか、採点項目がつぶらに用意されていればよいことなのか。五人の審査員の挙手で決することを受け入れている時点で覚悟を決めたといわなくてはならない。森城の一首はいいし、僕の一首もいい。ただ、決着がついただけだ。日はまた昇る。そのうち「歌人シップ」みたいなものが僕にもできるんだろう。それはそうと、森城とは「流星」かぶりだったな。



 第一回戦第二試合は、姉妹先輩と松尾の戦いだ。



 明け方の大気をけって高層の風を選んだ熱気球たち      松尾響子



 天気図に載らない母の低気圧 私のさした傘の高さよ     姉妹もくじゅ



 結果は、姉妹先輩の三ポイント、松尾の二ポイントで姉妹の決勝進出となった。休みもなく、僕と松尾の三位決定戦が行われた。



 文明に包囲されている吾が命コップの中の塩素の気泡     水辺果実



 失望でひらく背中のパラシュート見えぬ大気よ受け止めて今  松尾響子


 

 僕は三位決定戦も敗退した。最下位決定。僕は松尾の一首に共感し、松尾の一首を理解しなければならない。歌人シップ、歌人マインドだ。背中のパラシュートは、例えば天使の羽だ。失望の打撃をうけた無垢がせめてもっている羽。そして大気は天国、楽園の暗喩。天使の天界からの落下にもたとえられる、女子の失望感。そのおおごとさをよく表してる一首だ。

 そして、僕の一首はコンパクトな日常での気づきを詠った一首だ。どこをみても文明が僕の命をまもっている一方、その過剰かもしれない包囲。納得の一首だ。でもスケール感では松尾が優る。誰がために鐘は鳴る。


 決勝戦は、ほたる四ポイント、姉妹先輩一ポイントでほたるが第一回カナツ高校短歌大会の勝者となった。ミニ大会が終了すると同時にO市の十八時の時報の「エーデルワイス」が音楽室内に響きわたった。



 涙せんの水とおそらく塩分が気化してできる初夏の雲        ほたる



 凧みたい 紐でくくられ操られ 気流にのれば飛んでいくのに    姉妹もくじゅ



 お互いの理解という祝福をかろうじて得たことで、最下位という結果を受け入れることができた。もっと芸と術を磨こう。ゆきのしたまりあの一首が脳裏をかすめた。



 羽なんか無くてもいいよ街灯はみな下を向き地上を照らす   ゆきのしたまりあ



 「フェスティバル」予選用に、姉妹の「天気図」、松尾の「失望」、僕の「わが友」の三首が選ばれ、大会側へ提出された。それが六月十七日。そして大会「落選」の通知がきたのが六月二十七日だった。米利部長代行の「部員倍増計画」は終わった。「フェスティバル」に参加した実績を引っ提げ、文芸部の新入部員勧誘活動が繰り広げられるはずだった。

 新入部員勧誘七月号がひっそりと発行された。



 青空に届かずここで待っている風かあなたを落ち葉のように         ほたる



 夕焼けを見ていたきみとそのほかの多くの人が混じる改札       水辺果実



 心拍で開くドアなら知られてもかまいはしない感知せよサア!        松尾響子



 校則よ もはや語るな髪型について短いとか夏なのに            姉妹もくじゅ



 八月の中旬、MHK短歌の放送で、かのうぷす子の一首が入選、放送された。



 頂をめざす呼吸で新緑が一段深くなる樹林帯         かのうぷす子

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ