カナツ高校 文芸部
放課後になると、新しいクラスメートとのお近づきもそこそこに文芸部の部室へ向かった。カナツ高校の校舎は建て替えられて三年目ということで新しいいたずら書きがそこかしこで目立っていた。なんか気の利いた歌ができたら、僕も一筆献上しよう。
「文芸部」の看板のある部屋の前に立った。廊下には、吹奏楽部の管楽器の音が軽やかに響いていた。ノックして部屋をのぞくと、小柄な女生徒が一人立っていた。
「こんにちは、入部希望者です。水辺果実といいます。」
小柄な女子が言葉を発した。
「私も入部希望者です。一年の、松尾響子といいます」
部屋の中には他に誰もいなくて、もちろん先輩もいないみたいで気まずかったけれど、僕は準備していた自己紹介を一通りやることにした。「はじめまして、短歌作りがしたくて文芸部を希望しました。読む方はSFのラノベと、中学の授業では、ヘミングウェイの「老人と海」、魯迅の「阿Q正伝」なんかをやりました」「短歌の大会、「全国高校生短歌大会」の参加を活動の主軸にしたいと思っています」
同じ一年生に、親友部員に、準備してきた、はったり交じりの自己紹介をしちゃうほど僕は舞い上がっていたんだ。松尾響子は聡明そうないでたちで、小柄だけど文学系の圧をおもいきり発していた。それに負けじと、はったりの自己紹介をいきなりぶつけてしまった。
「私も短歌には興味があります。中学では歌集本も何冊か読みました。文芸部ではエッセイや短編が書けたらとおもっています」
松尾響子もおかたい自己紹介をぶつけてきた。でも短歌をやるっていってた。僕は、先輩から要求されたときのために、短歌ノートから、ハードでドライな一首を用意していた。
嗚呼 風が森のへさきを右回り左回りに吹いていた朝
でも、場違いな気がして、これをぶつけるのは止めといた。春先の風が部室の窓でビュービューと鳴った。
結局、この日先輩たちは現れなかった。