姉妹もくじゅの憂鬱
姉妹もくじゅの憂鬱
「ロックなんか聴かなああいっ」と、松尾響子が、あいみょんの「君はロックを聴かない」の一節を、ややがなりながら、きっと、僕がいつも佐野元春なんかをくちずさみながら部室のドアを開けるのに対抗心を燃やして、部室のドアを開けて入ってきたとき、森城いずみは、部室の本棚の下の方に収まっていたウンベルト・エーコの「フーコーの振り子」の上巻を読み始めていたし、僕は、日本将棋連盟の「今日の詰将棋」の十一手詰め問題を、部の備品の将棋セットで解いていたし、窓の外には首をつきだして探せるような虹の気配はなかった。それと同時に、つまり松尾響子が、「ロックなんか」と歌唱するのとほぼ同時に、長机の一番奥に座っていた姉妹もくじゅ部長代行が「うっぷふううー」と、大きなため息をついたのはほとんど同時だった。
姉妹部長代行が、大きなため息をつきつつ読んでいたのは、ヘミングウェイの「日はまた昇る」で、その最初のページには、
「みんな失われた世代ね、あなたたちは」
という、ガートルートスタインの言葉が引かれていた。
そして、もう一つの引用は「伝道の書」からだ。
「世は去り世は来る 地は永久に長存なり
日は出で日は入り
またその出し処に喘ぎゆくなり
風は南に行き又転りて北にむかひ
施転に施りて行き 風復施転る処にかえる
河はみな海に流れ入る 海はみつること無し
河はその出きたれる処に復還りゆくなり」
「考えてもみてよ」
「太古、わたしたちがマンモスを狩っていたころ、狩猟の場を守るために、他の部族を追い払わなけれ
ばならなかったのよ。当然、追い払われた人たちは、自分たちの命のために、また他の部族との争いが
まっているのよ。」
「そして、大きな枠組みで、つまり部族間で協調が成立して、マンモスを共同で飼育する方法を編み出
して、マンモス牧場を営むことができるようになっても」
「晩御飯で、骨付きの肉のお皿をとるか、皮の方のお皿をとるかで、兄と妹の争いがまっているわ」
「辿り着いたら、いつも、そこでも争い,、奪い合い。そんなことの繰り返しだわ。でんぐり返しの日々よ。」
「人類が、何万年たったって、あれから私たちは何を信じてこれたのかしら。仏陀やイエスが隣人愛を
説いたのに。あのころの未来に私たちは立っているのに。」「エンドレスレインだわ」
三越のライオン見つけられなくて悲しいだった 悲しいだった
平岡直子「みじかい髪も長い髪も炎」
部室には、東にむいてる窓から、下の階の吹奏楽部が練習している、ガーシュインの「ラプソディ・イン・ブルー」が、その金管の音色が入り込んできている。
森城が読んでいる、「フーコーの振り子」は、入部したころ手に取ってパラパラ文字を追ってみたことがあるけど、その冒頭は、主人公の「永遠に不動の『ピリオド』」に関する独白だ。「万物流転、パンタレイの苦しみから自分を解き放ってくれる唯一の存在」「宇宙の中の唯一の定地」という言葉が並ぶ。
「米利先輩は、『カレーまん構文』から、エクスカリバー構図を選んで汽車に乗り込んでいったわ」
姉妹部長代行が続ける。
「聖剣エクスカリバーを腰に携えたひとたちは、いっぱいいるはずよ。」
「カレーまん構文は、闘いの出場「切符」、「ティケット トゥー ライド」だわ」「冷たい水の中をふるえながらのぼっていくのよ」「はじめて詠ったリズム アンド ブルース よ」
「でも、テレビでは私たちの国の将来をおえらいさん達が深刻な顔をしてはなしてるけど、新聞をみれ
ば、悲しいニュースが毎日届けられるわ」「いっこうに、最後のニュースはとどかないわ」「ハードな毎日。重くブルーな気分よ。」「でも、ニュースになるような出来事は、地球上のいちパーセントで、のこりの九十九パーセントのひとびとは、普通の日常を送ってるらしいから、世界はそんな悪くないよ。人生捨てたもんじゃないよね」「あっと驚く軌跡があるわよ」
と言って、姉妹先輩は、大机の真ん中に置かれた袋からひとつクッキーをとってかじった。
三叉路の案内図から読み取れる雨の数です風の数です
ゆきのしたまりあ 「タコ公園時代」
「辿り着くと、つまりちっちゃいころ夢見てたことが成立しないって気づく頃、また私たちは旅にで
るわ」
「子供の頃、チュッパチャッピーにするか、ペリティにするかで、姉弟で喧嘩したし、駆け引きもし
たわ」「でも、『がんばれ みんななかよく』の小松先生の言葉はかろうじて成立していた」「おさな
いころみた夢は成立していたわ」「でも、『人の不幸の上に自分の幸福を築いてはならない』という、
トルストイの言葉は、新聞をひらけば、テレビをつければ、世界中に普遍的には成立してないってことは一目瞭然だわ」
「わたしは、天使たちが詠いやめても、最後のロケットがわたしを残して地球を去っても、わたしは詠
いつづけるわ。愛すべきもの全てに、カレーまん構文をリレーしていくわ」「カレーまん構文は、ヤス
パースの『超越者』よ」
「話し合うことで、チュッパチャッピーにするか、ペリティの問題は解決できたわ。「じゃあ、あしたは、わたしがペリティね」って」
「そして、同じように、世界だって、みんな仲良くなれるって夢見たわ」
「あのころの夢を思い出してみようよ」
つまり、姉妹もくじゅ部長代行は、「エクスカリバー構図」では、まだ不満のようだ。まだ、ブルーな悲しみを十分、無限遠の彼方へ繰り込みできていないと感じているのだ。
曇りなきまなこで観ると青臭く言ったあなたがやり遂げたこと
四宮むうん 「タイマーみかん」
パンドラの箱の底に残った「希望」。それが「カレーまん構文」だ。永遠の嘘をつきつつ、ランナウェイするか、そう、吉野弘の「雪の日に」の描写された様に、誠実の真っ白な雪を、それをさらに覆い隠すために、また誠実を、誠実の白い雪を降らせ続けるか、それとも、「タフでなけらば生きていけない 優しくなければ生きていく価値はない」という泥くさい、自己の保存と他者の保存を両立させるという「矛盾の荒野」を走るか。つまり、なんでもない日常は、エクスカリバーを腰にさしたとたん、荒れ地になる。希望のわだちを行く者は、談合社会で置いてきぼりをくってしまう可能性が高くなる。赤い鼻緒がぷつりと切れたって、すげてくれる人なんかいない。うまくやらなければならない。ユダの抱いた疑問をはらさなければいけないんだ。ユダは言った。「どうしてお前は物事をこんなに手に負えなくしちまったんだ。もっと上手にやれたはずなのに。きちんと計画してたなら。何でお前 こんな昔の こんな異郷の地を選んだ」
「もしお前が今日来てくれてりゃ伝道できたんだぜ。世界中に。紀元前4年のイスラエルにゃあ。マスコミなんてない。誤解しないでくれ 俺はただ知りたいだけだ。」と。ギリシャの神話の時代に混乱を世にはなった、開かれた箱の底の「カレーまん構文」を、みんなで拾い上げるんだ。丘の上の愛なんかじゃなくて。
ジーザス・クライスト ジーザス・クライスト
あなたは誰? 何を犠牲にしたの?
ジーザス・クライスト スーパースター
あなたは思ってるの 人々が言ってるような自分だと?
ライス 「スーパースター (ジーザス・クライスト・スーパースター)」
うまくやらなければいけないんだ。
いつまでまっても、神様は手をかしてはくれない。神様は、ただ、道を指し示してくれるだけだ。ソドムとゴモラを滅ぼした天の火なんてないんじゃないかな。たぶんないと思う。。まあちょっと覚悟はしておくけど。神様なんて、あてにしちゃいないぜ。目の前に横たわる、深緑のサツマイモ畑、「世界恒久平和」という、たった一つの夢をもう見ないのかい。「もうみれないさ」なんて心がわりはしない。パンドラの「希望」だけがたちのぼる。自分を愛するように他者を愛せ。文学で生業を成す者たちの愛と愛の戦い。ヤスパースの闘争から生まれる<『法』『律』>は「愛」に近づく。ヤスパースの闘争の極限では、それがもたらした税制では、印税すら「愛」だ。そして、マナー、シップ、「道」。
結び目を直すコースの脇の風 見上げれば皆 前だけ見てる
四宮むうん「タイマーみかん」
「弟もよく、将棋を解いてるわ」「弟みたいね十五のあなた」「だけどとてもしっかりしてるわ」「将棋のルール、いつか教えてよ」
姉妹部長代行が、茶化すように言った。僕は先日、十六になったのだが。
カレーまん構文は、第一項「わたしはわたしを自己保存する」第二項「わたし以外のすべての人は自分
自身を自己保存する」という、多様にしてひとつという、ふたつの項目の同時成立を公理とする。哲学的でもあるし、数理物理的でもあり、人文的でもある。まるでファンタジーロールプレイングゲームに出てくる「世界樹」だ。
不来方のお城の草に寝ころびて空に吸はれし十五の心
石川啄木
啄木も、エクスカリバーを手に取ったんだ。この街は戦場だ。人々は皆、傷をおった愛戦士、哀戦士なんだ。エクスカリバー、「聖母の子守歌」。啄木も、カレーまん構文の社会実装を試みた人だ。可能性はそんなに小さくない。愛する友の言葉を僕は忘れない。
生きる犬は死んだライオンに勝つらしい わたし長生きのライオンになる
上坂あゆ美 「老人ホームで死ぬほどモテたい」
「じゃあ、わたしそろそろ帰りまあす」
そう言って、「フーコーの振り子」を、椅子にすわったまま本棚にかえしながら、姉妹部長代行と、松尾響子に挨拶して、森城いずみが立ちあがった。僕には見下すような視線をむけつつ。
「新人勧誘集会の準備、お願いね」と、姉妹部長代行が挨拶を返した。「はあい」と言いつつ
扉に手をかけながら、森城も何かくちずさんでいた。「大人になったら宿題はああん」と、それは松任谷由実の「ようこそ輝く時間へ」っだった。僕は、森城の後ろ姿にむかって、心の中で「おい、おまえ、「かのうぷす子」ってしってるか」と話しかけるシミュレーションをしてみたが、シミュレーションの森城いずみは「わかってなーい」と言っていた。
数字しかわからなくなった恋人に好きだよと囁いたなら 4
青松輝「4」
風の交差点すれ違う時心臓に全治二秒の手傷を負えり
穂村弘 『ラインマーカーズ』
夏草や 兵どもが 夢の跡 松尾芭蕉
待合にパンクヘアーの人がいて心療内科によく似合ってる
四宮むうん「タイマーみかん」
森城が扉を締めきらないうちに、姉妹部長代行が、話を続けた。
「将来、わたしがBL小説をとおして愛を伝道するとして、そうして食べていくなら売れ続けなきゃなら
ないわ。そして、他の小説家と市場を争うのよ」
「『争う』っていうのは違うわ。『争う』のは、『法律を犯し、マナー、シップ、「道」をもたない心
で小説を売るってことよ」「争う、の「そう」じゃなくて「走る」の競走だわ」
「争いという文字は、カレーまん構文の世代の極限で、辞書から消え去る可能性があるわ」
「文筆家の間では、つまり、愛と愛の戦いでは、そんなことにはならなくて、エクスカリバー構図に
どうしてもなっちゃうのよ」「戦いの手段が『愛』なんだから」「文芸のすそのが広がれば良いのよ」
BL小説で、毎日の食事、衣食住、白いスニーカーを買い替えていかなきゃなんないのよ」
「スニーカーは、汚さないように裸足で雨の中、わたしたちは歩いてゆくのよ。ちょっとぐらい汚れた
っていいわ。古いまんま、履きつぶすわ」
水田を歩む クリアファイルから散った真冬の譜面を追って
笹井宏之『ひとさらい』
僕たちは、しょせん人間なんだから、詠っているうちに、スニーカーを買い替えるためなのか、深緑のサツマイモ畑をみるためなのかわからない旅の日々、日々の暮らしがやってくるだろう。イッツ ハード トウビーアセインツ イン ザ シティ。でも、転がり続ける執筆活動は、きっと、ゲームチェインジを起こしてくれるだろう。僕と、そして勇者一行のパーティーのメンバー達によって。
「カレーまん構文は、悲しみを露わにして、希望を立ち昇らせたわ。本が売れたら、そのお金で「街角本棚基金を創設するわ。街角に本棚を設置するのよ。背負子に、いろんな本を積み込んで、二宮金次郎みたいに、全国の里山で本を売るわ。文芸のすそ野がひろがればいいんでしょ」
日本の新聞やテレビプログラムは、欧米に比べて文芸のとりあつかう比率が著しく低いそうだ。プロ野球の試合の解説、選手の話題のように、短歌の本が取り上げられ、歌人がテレビ画面をにぎわす。そんな日がくればいい。
「そうだわ。コンビニで、鼻緒をすげるサービスも展開させるわ」
姉妹部長代行の語気が、一段、強くなった。
文芸は、何度も同じはなしを繰り返してきた縁側のお母さんだ。愛の情報統合思念体だ。僕なりに生きていきます。お母さんの背中で聞いた詩を道連れに。
「マンモスの狩場の争いは、近代には、地下資源や地政学的に価値のある場所の奪い合いに姿を変えたわ。見誤ってはいけないわ。本質は変わらないわ。カレーまん構文が、エクスカリバー構図が、恒久平和に導くわ。」「その過程では、地球温暖化問題や、なんかも解決されるわ。エクスカリバーの構図の転写は、「核融合炉」の誕生を促すわ。きっと。」「かけがえのない海と大地を愛していきたいわ。この小さな命の限り」
「そうですね。AIがサツマイモ畑を耕し、AIがパエリアを食卓にならべる」僕は夢想を口に出した。
「でも、人間は変わらないですよ」「小さな、チュッパチャッピーにするか、ペリティするかの悲しみ
は無くならないですよ」「やっぱり、タフでなければ生きていけないし、優しくなければいきていけな
いんですよ」
「そうね」と姉妹部長代行がかえしてくる。
「文芸部は、地球の片隅のカナツ市に生まれた「地球連邦」よ」「このマインドが、ソーダ水の泡みたいなこのマインドが、「クラムポン」が次代につたわるわよ」
「未来のことは、言わないで」
学校の宿題を机の真ん中でやっていた松尾が口を開いた。もうすっかり部屋は翳りの時間だったが、誰かがいつのまにか、照明のスイッチを入れていた。たぶん、とっくに宿題を終えていた森城が部屋を出ていくとき入れたんだろう。
詰将棋の答えは、二五と一八に、それぞれ金と銀が配されていて、七筋香車のたらし、いち筋への馬なり角捨ての一三歩、一二歩金成り、三さん飛竜捨て、の桂打ちだった。
「それはそうと、米利先輩から文芸部あてに手紙が届いてるから、みんなで回し読みして」
それは、「腐海が午後の胞子を飛ばし始めています。」で始まる長い手紙だった。
腐海が午後の胞子を飛ばし始めています。みなさん、いかがおすごしですか。
わたしは、四月から<禁則事項>の<禁則事項>で<禁則事項>をはじめます。
中略
けぶる<禁則事項> <禁則事項>ふと気付きます 春風の<禁則事項>
揺れる<禁則事項>とわずかな時間 近くに<禁則事項> それでも
同じ視点で見ている<禁則事項>が<禁則事項>
こういう<禁則事項>ならもう一度<禁則事項> 春が来るたび<禁則事項>
<禁則事項>を<禁則事項> <禁則事項>から思い出します
同じ<禁則事項>を見てたあなたたち <禁則事項> それから
もっと大切なコト「私…歌が好き…」
こういう<禁則事項>なら<禁則事項> 春が来るたび<禁則事項>
いっぱい話した<禁則事項> いつでも<禁則事項>
こういう<禁則事項>だし もう一度<禁則事項> いつか……
それじゃあ、またね
スラバヤ通りにて
米利門子
春が来て、米利先輩はきれいになったのか。五千年前より奇麗になったのか。
ドラえもん あなたがいるということが未来があるということだから
枡野浩一 「小学館文庫ドラえもん短歌のオビ」
「あかるいね、性格」「まあね(本当は自分をちぎって燃しているだけ)」
柴田葵 「母の愛、僕のラブ」
重力がちがえば靴も異なって、おはようニューバランスのあかるさ
初谷むい
「笑っちゃうほど遠くって、光っちゃうほど近かった」
カナツ高校文芸部新人勧誘新年度号が部室の前に貼りだされた。
台風の季節になると思い出す汽水に生きる魚たちのこと
姉妹もくじゅ
四角いし丸いし長いし冷たいし きみしかふれて柔らかいのだ
ほたる
関係者以外立ち入り禁止だと書いた部屋から漏れるささやき
松尾響子
タップした手のひらで知るやわらかい赤ちゃんマンのお尻のおしめ
水辺果実




