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文芸部 ほたる短歌班  作者: はあとのええす
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ふぞろいのウンパルンパたち

ふぞろいのウンパルンパたち



 浜辺に魔王なんていなかった。そして、それでも、愛と愛の戦いのなかにちらつく魔王。

 卒業してもなお、リーダーである米利先輩を勇者と位置付ける僕たちのパーティのそれぞれの活動。

 テレビには悲しいニュース。朝からそんなのもううんざりだ。三月下旬。部室への階段を上ると、誰かが開けだ窓からの風が気持ちいい。

 海からの帰路、電車の中では、ジョギングの短歌への功罪の議論がおこっていた。






   産めば歌も変わるよと言いしひとびとをわれはゆるさず陶器のごとく


               大森静佳 「ヘクタール」






 「あら、ジョギングしたり筋トレしたりしても、心象風景の解像度があがったり、筋肉のミトコンドリアの能力マージンが向上するだけよ。つまり、果実の言葉を借りれば、ブルースハープを水の中や焚火の中におっことしても、しばらくそっとしておけば、元通りの響きでメロディを奏でるってことよ。」


 文学で生きていくって言っても、お花畑に行くわけじゃない。想いを届けるには、つまり種芋を運んでいくには市場の競争という泥船を上手くこぎ続けなければならない。僕たちの地図は『深紅の国』じゃない。ヘミングウェイが例えたように、フランス修道院そだちの男がアルジャー全集をかかえてウォール街を走り抜けることはできない。

 オリンピックの大会みたいに、区切られた美しいレーンを走るわけじゃない。オリンピックの百メートル選手だって、その、心と体のワザを競えるのは、十秒そこそこという短い時間だ。


 実社会でも、銀河の道、希望のわだちを走るには、チャリオット オブ ファイヤー、炎の馬になるしかない。




 「きっと、ゆきのしたまりあも腹筋パキパキよ。」

 部室の扉には、新人勧誘二月号が早春の風にゆれ、部屋の中では、森城と松尾が床に寝転がって腹筋をしていた。

 筋トレを僕に見られて、松尾が言い訳がましく、『新しい歌人』のスタイルを論じだした。

 ゆきのしたまりあの腹筋はパキパキ。そうだろうか。森城と松尾は正しい方向に向かっているのだろうか。

 銀河の、希望の、「わだち」。それは米利先輩たちとの会話で露わになった。しかし、米利先輩から手渡された、この「道」あるいは「バトン」を、その手ごたえを、どうやって運んでいけばいいのか。誰にわたせばよいのか。

 そして、眼に映るのは、新緑のサツマイモ畑。



 「それなら、わたしのお父さんのおさがりのユニフォームを着て走ればいいじゃん。」「わたしのお父さんは、若かったころ、「チヨコレイトコーポレーション」の実業団ランナーだったのよ。」

 

 僕は、日曜のハーフマラソン大会に、無資格の無ゼッケンで出場、、、というかもぐりこむことになった。姉妹部長代行の「実験」のサンプルのひとりとなるのだ。姉妹部長代行の新しい研究テーマ「十二時間の昼と十二時間の夜、ビコウズ ザ ナイト」は、彼女の大テーマ「エッセイ:幸せの探究者たち」の氷山の一角をなす題材だ。

 「『昼』は、夜明け、つまり、白日、明白、法、シップ、文明、知識、、、よ。」「『夜』は、安息、静止、忘却、語らい、アダムとイブ、、、よ。」

 「『昼』は、カレーまん構文という朝顔が開く時間、『夜』は、朝顔が成長する時間だわ。」

 「それによって、かけがえの無い『日常』が形作られるのよ。」

 「マラソンの競技中が『昼』、ゴールした後が『夜』よ。」

 「だから、短歌班の三人で、マラソン大会に参加してもらって、その直後と、二十四時間後に一首づつ短歌を詠ってもらうわ。」

 「『昼』の歌、『夜』の歌、をサンプリングさせてもらうわ。」「心の器が破られるマラソン競技のさなかと、器の修復の後の歌」「すごい興味があるわ。」


 「でも僕、みつかったら怒られちゃいますよ。」ゼッケンも付けずにいたら、参加料はらってないのがばればれだ。

 「あら、一般道を走る権利は誰にだってあるわ。果実君は、大会に参加するんじゃなくて、たまたま、そこを走っていた、一般の人ってことよ。」

 「でも、そうね、悪目立ちしちゃうから、真逆に、本格的なランナーの恰好すればいいのよ。」

 「『チヨコレイトコーポレーション』の実業団ランナー、きみの設定はこれよ。」


 「それから、給水サービスは受けられないから、私の趣味のトレイルランニングで使ってるハイドレーションパックを背負いなさい。」

 

 部室のドアには、新人勧誘二月号。米利先輩の、卒業の短歌が載っているやつだ。終わったからといって、米利先輩の声は、いつかまた僕のところまで届くだろう。『ホッタ イモ イジルナッテ』。馬鹿みたいに空がきれいだ。ミリオン オブ サインズ。この世はメリーゴーランド。いつか見られなくなるのか。でも、森城や松尾に負けっぱなしじゃ終われない。スペンサー先生の言葉がよぎる。「グッドラック」。





      毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである 



                         枡野浩一「枡野浩一全短歌集」





 「おい。少年、少女よ。」


 姉妹部長代行が叫んだ。

 「歌ってもらうテーマはこれよ。」そう言って,ホワイトボードに引っかけていたカーテンを「じゃじゃーん」といいながら引っ張った。


 『 テーマ

   「隣のあいつは、成績も同じくらい。受験勉強が本格化してきた。僕は、夏期講習の予約がいっぱいにならないうちに〇〇塾の、集中コースを受けるつもりだ。このまま黙っていれば、あいつが気づく頃には予約はいっぱいになるだろう。だが、あいつとは、交友関係にいたいし、どうしよう。夏がくる。」

                                        』


 「よく読んで、大会の直後に一首ずつ、三首。翌日の月曜の放課後に三人で三首。計六首のサンプリングよ。」





 「あやまちを恐れずにすすむ君を黙ってみてるよ」

 大会当日。無ゼッケンで、じゃかんだぶだぶなランニングシャツ、ランニングパンツで会場に現れた僕を、いつのまに作ったのか、黒に蛍のキャラクターが描かれたTシャツすがたでお揃いの森城と松尾が、口をそろえて迎えてくれた。

 岩手空港からカナツ空港をつなぐ便が、マラソン会場に影を投影しながら、その銀色の機体を着陸へと向かわせていた。雲の影が大半を占める。「一度走れば、きっとわかるよ。」と森城は言っていたが、ロシア語を三時間そこそこで習得しろと言っているようなものだ。

 

 シリアスランナーゾーンとホビーランナーゾーンの二段階に分けられたスタートラインの、ホビーランナーの方に僕はならんだ。まだ、三月だ。みんな色とりどりの長袖のTシャツ姿。ランシャツ、ランパンの本格的なスタイルをしているのは僕一人だ。

 森城と松尾は、なにを血迷ったのかシリアスランナーゾーンの中にいる。この大会を、順位を競うレースととらえている、ランシャツ、ランパンの人たちのゾーンだ。

 見るからに本格ランナーの恰好の僕に、みんなは、疑いを微塵ももっていないらしい。無ゼッケンに誰も気づかない。背中のハイドレーションパックのチューブを口にくわえて、水が飲めることを確認する。

 天気予報は曇りのち晴れ。やがてスタートの号砲が鳴った。でも僕のまわりはまだ密集状態で誰も動きだせない。森城と松尾達はもう走りだしているだろう。

 やがて、前方のひとたちのばらけが、僕のところまできて、僕は初めてのマラソン大会をジョグで走り始めた。




 「負けないで」。「走り抜けて」。


 三キロほどジョグって、気持ちが落ち着いてくると、沿道からの明らかに僕に向けられた声援に気づいた。知り合いには出場のことは秘密にしてたから、見知らぬ人たちが僕に向けて声をかけてくれているんだ。


 「レッツ ラン」。 「おなじ風の中」。


 僕は状況を理解した。シリアスランナーの恰好をした僕が、こんな位置でジョグってるのをみた人たちが、僕がけがしたか、足でもつったか、体調不良なのかと勘違いして、心配の声援をかけてくれているんだ。


 「ショウ ミー ユア ウェイ」

 こんな声援が、僕のいく道で飛び交っていた。

 「すいません。」「無資格の一般ジョガーです。」僕は心の中で申し訳なく感じていた。


 「風に吹かれバランスとりながら」。

 「走る走る俺たち」。


 それでも続く沿道からの声援に、僕は次第に熱くなっていった。


 僕は徐々にペースを上げ始めた。スタートしたときからずっと、ブルース スプリングスティーンの「プロミスト ランド」の出だしのブルースハープのとこを頭の中でリフレインさせていたんだけど、沿道のスターボックスの看板の女神が微笑んで見えた。ピッチをあげた。

 あきれるほどの僕へのメロディー。その気になればいい。僕は突っ走った。

 『起承転結』じゃなくてもいい。『転転転結』だっていい。このマラソンを完結させたくなった。もしこのままジョグってたら、もし、途中で歩き出してしまったら。ジョグじゃなくて、でも、燃え尽きるんじゃなくて。もし途中であきらめてしまったら、このマラソンを思い出すことをしないだろう。それじゃだめだ。ひとつの物語り、ナラティブにするんだ。失敗のストーリーだっていい。完結させるんだ。それが経験だ。

 大会には救済ステーションがあるし、救済バスも走ってる。そして、救済をうける資格をもった人たち。でも大会要項を手にしていないもぐりの僕にはそんなことわからなくて、途中で脱水みたいになっている人に、水を分けてやるべきかなんて思い悩んだりした。でも、次第に僕は「無」になっていった。見えていたのは、三つの事だけ。


 十五キロ地点で松尾を抜いたこと。ニ十キロ地点、ゴール一キロ手前で森城を抜いたこと。ゴールが見えてきて、そして、空が青かったこと。




 「お疲れ様」「じゃあ、さっそく詠ってもらおうかな。」

 ゴール地点でひとかたまりのなっていた短歌班に、姉妹部長代行が近づいてきて、そういい放った。


 「無理です。頭の中は空っぽでした。」

 「心は、「破れた」まんまでした。」「っていうか、無心ってやつです。」

 「走ることで精いっぱいでした。」

 「時間をください」


 ああーっ、もう分かった。それ以上何も言うなという感じで、僕らの発言を手のひらで制すると、うなだれた様子を見せた姉妹部長代行が、おもむろに背負っていた何かを僕たちに向けた。ホワイトボードだった。そしてそこには文字が書かれていた。

  

    

         止まったら見えなくなるの真実は勝者の声がとどくこの場所


                            姉妹もくじゅ



 「おー前が詠うんかい」「おー前が詠うんかい」「おー前が詠うんかい」

 僕らは一斉にツッコんだ。






 二年生になった最初の日。つまり、カナツ市ハーフマラソン大会翌日の月曜。その放課後、部室に行くと姉妹部長代行がまちかまえていた。

 「さあ、二十四時間経ったわ。」「三人それぞれの歌をホワイトボードに書いてちょうだい。」



      雨降りに傘をさしたら手をつなぐ遊びができず空をみる みんな

 

                         ほたる


      あめんぼう羽根のサイズはこの次の雨まで飛んでいける大きさ


                         松尾響子


      消失点 いけるはずだよ僕、僕に、僕のためだけ してよ声援


                         水辺果実




 「三人の被験者が詠う短歌。大会直後はゼロ。二十四時間後は三首。」

 

 「これで、「心の丘」の存在が証明されたわ。」「そして、心と体のコントロールでそれを越えたところに、再び歌がもどってくることも証明されたわ。」「『昼』と『夜』の存在証明よ。」


 心の丘に魔王城がある。心の荒野を駆け抜けて、ひとまわり成長した僕たちがいた。

 姉妹部長代行が、三人に二枚ずつプリントを配った。



 学生諸君に向けて、新しい進路へのヒントないしアドバイスを書けという編集部からの依頼であるが、じつはとりたてて何もないのである。しばらく生きてみればわかるが、個々人の人生はそれぞれ特殊であり、他人のヒントやアドバイスは何の役にも立たない。とくにこういうところに書き連ねている人生の諸先輩の「きれいごと」は、おみくじほどの役にも立たない。

振り返ってみるに、小学校の卒業式以来、厭というほど「はなむけの言葉」を聞いてきたが、すべて忘れてしまった。いましみじみ思うのは、そのすべてが自分にとって何の価値もなかったということ、なぜか?言葉を発する者が無難で定型的な(たぶん当人も信じていない)ことばを羅列しているだけだからである。そういう言葉は聞く者の身体に突き刺さってこない。

だとすると、せめていくぶんでもほんとうのことを書かねばならないわけであるが、私は人生の先輩としてのアドバイスを何ももち合わせおらず、ただ私のようなになってもらいたくないだけであるから、こんなことはみんなよくわかっているので、あえて言うまでもない。これで終わりにしてもいいのだけれど、すべての若い人々に一つだけ(アドバイスではなくて)心からの「お願い」。どんな愚かな人生でも、乏しい人生でも、醜い人生でもいい、死なないでもらいたい。生きてもらいたい。

                     

     中島義道「卒業生へのはなむけの言葉」“私の嫌いな10の人びと”から

                                             』










「かけっこ」


いっとうの あじが バナナなら

びりの あじは にんじんか

ところで ぼくは にんじん だいすき

なまで ぼりぼり かじっちゃう


いっとうの きもちが はれならば

びりの きもちは くもりぞら

ところで ぼくは くもりが だいすき

まぶしいと みえない ものが よく みえる



谷川俊太郎「ぼくは ぼく」


                        』




     傘をもつ反対の手をつないだら二人二人ふたりづつです


                    ゆきのしたまりあ 「タコ公園時代」


   

     降り出した街路の雨にひとりだけ折り畳み傘をだす罪悪感


                    四宮むうん 「タイマーみかん」




 家に帰って「短歌たんかタンカ」を閲覧すると、かのうぷす子の一首が眼に入った。




     雨降りに走ったきみの足跡が虹の根元になりますように


                          かのうぷす子













         




      水鳥のはばたきのごといっせいに少女らが傘ふるう玄関



                    入谷いずみ 「海の人形」










      ほんとうにあたしでいいの?ずぼらだし、傘もこんなにたくさんあるし



                    岡本真帆 「水上バス浅草行き」




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