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文芸部 ほたる短歌班  作者: はあとのええす
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勇者一行

勇者一行


 森城と一緒だった雨の日、そう、森城が僕の傘の中の右側でしばらく歩いた雨の日、道の先に虹がでたんだ。

 僕は家に帰ると短歌ノートにこの時の感情、情景、エモーションを一首にしてみることを試みた。


  

     ゆくさきに虹がでたので水滴の指で雨傘たたむよ アダム   らっこ三世



 これがいい。そしてもう何首かノートにつづった。何か月かかけて推敲しよう。



 森城と松尾がジョギングを始めた。桜並木先輩がのこした言葉「タフでなければ生きていけない 優しくなければ生きている価値はない」は、ここ数カ月の文芸部の研究で、例えば短歌界の順位つけ文化がはらむ、愛の歌、愛の行為が勝者、敗者を生むという矛盾、愛が愛を打ち負かしてしまうという問題に、解を与えていることが明確になってきていた。

 この言葉は注意深く読めば、宗教や哲学、文学に描写される「黄金律」になっている。つまり「他人から自分にしてもらいたいと思うような行為を人に対してせよ」は、「自分を愛するように隣人を愛しなさい」と言い換えることができて、自分を愛するということは、つまりタフであることに相当して、隣人を愛するということがやさしさを持つということに相当するんだ。

 短歌界の矛盾は、愛と愛が闘うとき、「愛は勝つ」という大命題において、愛という存在と、当事者Aさん、当事者Bさんの三者が生じ、AさんとBさんは、愛を主審とした、ルールに基づく試合を行うということだ。愛が主審だ。最後の審判。

 だから、短歌を詠うものは、法を尊重し、また、マナーやシップといった「道」短歌道の上にいなくてはいけない。タフでなければならないんだ。

 というわけで、森城と松尾はジョギングで自分を律するマインドを培うことにしたんだ。


 「でも、ジョギングなんかしたら詠う歌が変わってきちゃうんじゃない」


 僕は率直にこんなことを口にした。だって、ジョギングしたらミトコンドリアは増えるし、赤血球も増える。心肺能力も増進するだろう。身体能力が変われば、見える景色も変わってしまうんじゃないのか。部室で森城と二人きりの時、そう話かけると、森城は頬を赤らめて怒りだした。まるでマグカップみたいに。

 「ジョギングは私に内在する運命よ。ジョギングする私も私であって、いってみれば音叉が室温にもどれば同じ周波数を鳴らすように、私の歌は詠う心は同じものに帰属しているのよ。ジョギングはわたしの運命で、歌のための手段ではないは。短歌スケッチの旅は手段ではなく、スケッチでみた景色は、おなじ音叉が共鳴する情景よ。」

 「アンシャーリーの繁みのように、枝葉の奥底には変わらない私がいるのよ。」

 「わたしのバイオリンは、その奏でる技巧が変わっても、パーツの品質が変わっても、絶対主題はわたし、かわらないわたしだわ。」

 このように激昂した森城は、ひとりで部室をでていってしまった。ここ何カ月はぼくらはふたりで、くっちゃべりながら駅まで一緒に歩いていたんだ。この日から森城の僕への塩対応が始まった。

 マグカップは必需品だ。かつて僕たちは手ですくって水分を補給してきた。オレンジジュース、紅茶、コーヒー、牛乳、マグカップなしでは口に運べない。乳房かもしれない。そして、乳房は哺乳類共通の原風景だ。そんなふうに森城は怒った。ぼくは砂漠にほおり出されたのだ。



 相合傘、そう呼んでいいのかわからないが、傘の中で森城は黙り込んでしまった。ゆきのしたまりあのサイン会の話題をぼくが話し出した時。ちょっとまえにゆきのしたまりあが街の書店でサイン会を開催して、新作の「麦風のあなた」を購入してサインと握手をもらったんだけど、その話をしたら、会話がとぎれてしまった。

 雨は小降りになっていた。駅まではあと五分くらいか。僕はもっと森城と話がしたかった。この時間がいとおしかった。

 「水辺君、虹がでている」森城は僕越しに、東の空の街並みにでた虹を指さした。そう、実際には、虹を指さしたのは彼女のほうだったんだ。この日から僕たちはふたりで帰路をあるくようになっていた。



 麦風のあなたに真の千の手があればつかんでくれたのでしょう    

                        ゆきのしたまりあ「麦風のあなた」



 部室で米利先輩が重厚な声で話し出しす。

 「われわれは、水辺果実がもたらした短歌の風に運ばれたタンポポの種だわ。その風は短歌だけじゃなく、文学界、いいえ人間社会に吹く風よ。」 

 「みんな巻き込み飛び乗る銀河鉄道よ。」「運がよければ肥沃な土壌に行きつくわよ。」

 「目的の地、約束の場所に辿り着くには「共感」が鍵になるわ。」「文学という「愛」を詠う世界のもつ「悲しみ」「原罪」に答えをださなければならないわ。」

 「わたしは将来、小説家になるわ。その出版物には何パーセントで「寄付」の要素をもたせるの。」「著作で得たなにがしかを『よいご飯』や『セイブチルドレン』なんかにふりわけて寄付する構図をもたせるわ。」「著作活動のもつ「原罪」「悲しみ」の問題に構造的な正答をあたえるのよ。」「本の見開きには『よいご飯』『セイブチルドレン』なんかの、ベルマークみたいなロゴが刻印されているのよ。


 はからずも僕たちは「魔王」にでくわした。「悲しみ」とい名の。

 「先輩の言う「悲しみ」って「魔王」なんじゃないですか。」

 「そうよ、ラスボスよ。」「霊長類が何千何万の歳月をかけて追いつめている「魔王」よ。」

 「どうやって討伐するんですか。」

 「いいえ、水辺果実。「魔王」の発見によって討伐は成し遂げられたの。発見はすなわち討伐だったのよ。」

 悪魔が鏡をみると、っていうあれなのか。

 「「己を知り、敵をしれば百戦危うからず」っていうじゃん。それよ。」「「魔王」をうきぼりにしたことで、つまり敵を熟知したことで全戦全勝。負けは無い。「討伐完了」よ。」「背理的に。」

 

 米利先輩の執筆の営みのもつ構図は”聖剣エクスカリバー”だ。エクスカリバー構図だ。


 「これは、「新しい歌」よ。主題やテーマ、題材、表現は従前でも、エクスカリバー構図、つまり、歌うごとに『よいご飯』『セイブチルドレン』に寄付が行く構図をもつことが「新しい」のよ。「新しい希望」だわ。」「ア ニュウ ホープ よ。」

「あとは、『己を知る』。執筆活動を続けていく、生業を成立させていくのよ、マーケットで。ムービンオン、キャリーオンよ。」

 つまり、僕が将来、小説、エッセイ、短歌、詩の出版をエクスカリバー構図で執筆し生計を立てることは「魔王討伐」の「後日譚」になるんだ。米利先輩とおなじ道を選ぼう。僕はそうこころにきめた。僕の執筆活動には、米利先輩の勇気、言葉は、ふりかえるといつもそこで笑顔をみせてくれるだろう。風のようにそっと。そんなことを思っていると米利先輩が続けて話す

 「帰納的に魔王を討伐したってことになるには、私たちが存在し続けることが重要だわ。」

 「無理ですよ。せいぜい百年ですよ。僕たちの寿命は。」

 「そうじゃないわよ。世代を超えて伝えていくのよ。」「聖書はベストセラーよ」

 さしづめ、米利先輩は勇者、姉妹部長代行が聖女、松尾が射手、大魔法使いの森繁、そして僕は善良な市民といったところか。えっ、モブなの、僕。どれだけ歩けばパーティーの一員として認められるのか。答えは風の中だ。



 「かのうぷす子さんへ」

 中央廊下に落ちていたのは、ゆきのしたまりあの新歌集本「麦風のあなた」。そして最後のページ、見開きのところに書かれていたのが、ゆきのしたまりあの自筆のサインと「かのうぷす子さんへ」の文字だ。登校してすぐ拾ったこの本を僕は、「えっ」と声を出してしまった。つまり、かのうぷす子はこの学校の生徒だということだ。僕は、くらくらした気分でその本を職員室に届けた。いや、正確に言うと、先生がだれもいなかったので、職員室の入り口に立てかけてたんだ。



 「よかったね、いずみちゃん。本がみつかって。」放課後、部室に行くと森城と松尾が先に来ていてわらいながら話をしていた。

 「うん、誰かが職員室に届けてくれたみたい。職員室の前に落ちてたんだって。」

 僕は、部室のドアを開け、そして閉めた。ふたりがこっちに怪訝そうにふりむくのが見えた。僕は帰路に、脳裏を「『あの夏』」の件がかけめぐるのを止められなかった。



  堕天使が空へと帰る足跡をふやさぬようにつまさき立ちで

                        ゆきのしたまりあ「麦風のあなた」




 「ドリルやるわよ、ドリル。」米利先輩が叫ぶ。すっかり勇者らしくなった先輩は、長編を書き始めた。大学の二年次には賞に応募するのだとはりきっている。在学中のデビューを目指してるのだ。そして、パーティーの訓練にも余念がない。

 「今から、水辺くんと森城ちゃんに題詠してもらうわ。この、ヘッセの「ガラス玉演戯」の、適当に開いたページにある漢字一文字を、わたしがさらに適当に選ぶから、それをお題として、三十分で一首つくるのよ。それをわたしと姉妹で、優劣を判定するわ。ディスカッションは相手の批評でおこなって。」

 インフルエンザで休んでいる松尾がうらやましくなった。森城は塩だし、かのうぷす子だ。勝てるわけがない。ぼくは「あの夏」の件があって、かのうぷす子が森城だと知ったことを、森城には言ってない。向こうは、ぼくが「らっこ三世」ってことを知らないはずだ。


 米利先輩がヘッセをぺらぺらとひるがえし、そのページから選んだ文字は「言」だった。与えられる時間は三十分。ぼくは、空き教室を探しに第二校舎まで歩き出した。森城はたぶん屋上にいくのだろう。そして対決の時。



   初夏のプールサイドの指示よりも自由を選ぶ青い水中      ほたる



   掲示板に平等を書く廊下には てんてん天使のあしあとがある  水辺果実



 はからずも、自由と平等をあつかった二首がならんだ。

 「じゃあ、まず水辺くんから、森城ちゃんの歌を批評して。」

 「はい。青い水中というのが、自由を選んでも「息継ぎ」「水の抵抗」なんかがある、不自由な世界。自由と不自由の両方がある「青」すなわち「現実社会」的な使い方で、「初夏」が、人生の第二のスタートとみて、学校のプールサイドの授業なんかじゃなく、社会で学ぶことを重きとした一首だとかんじました」初夏を「曇天」としてみたら、学校の授業への不信感がでていいかもしれません。「青」は「新世界」ともとれます。「自由と平等」を両立した。


 「ありがとう。」「じゃあ、いずみちゃん、お願い。」

 「はい。「廊下」というのが ON THE ROAD で、掲示板は「啓示」か。ROADの「道」は「マインド」「シップ」

 羽根をもち空中をゆきかう天使は、本来、足跡はつけません。天使が地上に降りたということ。空とこの道、であうところに、誰かがまってる、どこかでまってる、のは、天使であって、つまり、「タフでなければ生きていけない 優しくなければ生きていく価値がない」という境地に、天使がまってる。裸足の女神。自由と平等を両立する境地に女神が待っている。こう生きるなら独りじゃない。掲示板とは、人の上に人を作らず、人の下に人を作らずの天賦人権のメタファー。それとも、それを書いたのは「翼のおれた天使」なのでしょうか。」「とてもいい着想と表現だと思います。」


 森城がひと呼吸おいて、以下の、塩対応な一言を付け加えた。僕は、僕は泣きたくなった。


 「「てんてん」、がすべてを台無しにしています。「裸足」とか「三個の」とか、三個というのは、三位一体の三の引用になります。以上です。」



 厳正な投票の結果、僕が、米利先輩と姉妹部長代行の二票を獲得した。初めて森城に勝利した。しかし、それは本当に潮っつぱかた。



 新人勧誘11月号が部室のドアに貼りだされた



    青空のラフスケッチはなあんにもなんにもなくて白い消しゴム  ほたる



    二次元の風にふたりは揺れるのに独りで土手に立つよヒロイン  水辺果実



    採点の解答欄の行間に正答をみる国語教師よ          姉妹もくじゅ



    補助線がわかれば解ける 世界中 定規をあてて線を引きたい  松尾響子











 


















































 




















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