④電子の海のクエリーフィッシュ
やあ、良い子のみんな。
ぼくらは陽気なクエリーフィッシュ。
電子の海を泳ぎまわって、世界中のご主人様たちから命じられた情報を探し出して、それを持って帰るのがぼくらの役目なんだ。
電子の海はとっても危険。
ぼくらにとっては、毎日がちょっとした冒険。
それでも、ご主人様たちのためにどんな場所にだって泳いでいくのが使命。
それが、ぼくらクエリーフィッシュさ。
もしかしたらきみも、なにか情報を探しているの?
電子の海の外では、簡単に手に入らないような情報を?
だったら、ぼくらに任せなよ。
人間には立ち入ることのできない電子の海。
そこではたいていの情報が、なんでも手に入るんだ。
一生かかっても、すべてを楽しみつくすのは難しいだろうね。
興味が出てきたかい?
だけどちょっと待って。
きみがぼくらのご主人様になるっていうのなら。
いくつか、先に教えてあげないとね。
電子の海に溢れている情報には、気を付けなきゃいけないことがいっぱいあるのさ。
◇
この広い電子の海には、数えきれないほどの情報が眠っているんだ。
そして、そのなかには、危ないから触れちゃいけないものだってある。
一か月前だったかな。
あるご主人様が、僕らにこう命じたんだ。
「もう貯金がねえなあ。なんか、楽して稼げる仕事を探してこい」
ぼくらは電子の海を泳ぎまわって、たくさんの情報を持ち帰ったよ。
ご主人様はそれにひととおり目を通して、それからこう言ったんだ。
「へえ、簡単な作業を三時間するだけで、十万もらえるのかあ。未経験者も大歓迎だって。この仕事に応募しよっと」
だけど、それから数週間が経ったころだったかな。
そのご主人様が警察に事情聴取を受けている、って情報が電子の海に流れてきてびっくりしたよ。
なにがあったのかはよく分からない。
けれど、きっとあれは触れちゃいけない情報だったんだと思うんだ。
情報のなかには、誰かを騙そうとしたり、傷つけようとしたり、はたまた乗っ取ろうとするものまでいろいろある。
あのとき、ぼくらはご主人様に何も言わなかった。
ぼくらには、情報そのものの良し悪しなんて分からないから。
手に入れた情報が正しいのか、間違っているのか。
良いものなのか、悪いものなのか。
それはご主人様たちそれぞれが、自分で考えて判断しなきゃダメなのさ。
だけどそれって、あんがい難しいみたいなんだ。
きみよりも長く生きてる大人たちだって、判断を間違うことはよくあるんだって。
良い子のみんなは、迷ったらお母さんお父さんに相談しようね。
それでもよく分からないような情報は、いっそ忘れちゃった方がいいかもよ。
◇◇
電子の海では情報を探すだけじゃなくて、こちらから情報を流すこともできるって知ってた?
情報というのは、例えば文章だったり、絵だったり、写真だったり、音楽だったり、あるいは動画だったりするんだ。
もしきみがそういったものを作れるなら、その情報を海に流してみてごらん。
誰ががそれを受け取って、それがなにかの役に立ったり、あるいは単に楽しんでもらえたりするかもしれないよ。
きみの流した情報で、誰かが笑顔になれたなら、とっても素敵なことだよね。
でもね。
ここでも注意が必要なんだ。
例えば、きみ自身のことが分かっちゃうような情報は流さない方がいいよ。
名前とか、誕生日とか、住んでる場所とか。
悪い人たちがきみのことを知ってしまったら、いろいろと悪いことが起きるかもしれないんだ。
ぼくらクエリーフィッシュは、海の外にいるきみを守ることはできないよ。
それと。
もうひとつ大事なことを言うね。
情報を海に流すにしても、他人の情報を勝手に流しちゃダメだ。
海に情報を流す権利は、それを作った人にしか発生しないことになっているんだよ。
勝手に他人の作った絵とか音楽とか動画とかを海に流したら、それはそれで喜ぶ人もたくさんいるかもしれない。
電子の海で情報を拾っちゃえばタダだから、お店で買わずに済むしね。
だけどそれはれっきとしたルール違反。
今まで数多くのご主人様たちが、それを破ってきた。
そのほとんどは、ルールがあることすら知らなかったのかもしれないな。
それをやっても、広大な電子の海ではなかなかバレにくい。
でも何人かはきっちりと見つかって、警察に捕まっちゃったんだって。
ルールを破れば、いずれは海の怒りに触れることになるのさ。
◇◇◇
ぼくらクエリーフィッシュは、ご主人様からメッセージを預かって、それを他の人たちに届ける仕事もしているんだ。
メッセージだって、立派な情報のひとつ。
電子の海には、人間が交流するための空間もいっぱいあるんだ。
でも、交流にもちゃんとルールはあるんだよ。
たとえば先週、あるご主人様がぼくらにこう命じた。
「気に入らないアイツのところに行って、悪口をたくさん言ってこい」ってね。
命令は絶対だから、ぼくらは仕方なくそれに従ったよ。
会ったこともないその人のところに行って、あることないことメチャクチャ悪口を書きまくったんだ。
その人はついには泣き出しちゃって、それを見たご主人様は大喜びだった。
でもね。
そうやって他の人を傷つけるようなぼくらの使い方は、ルール違反なんだ。
海の神さまは、もちろんとっても怒ったよ。
そのご主人様は、今はもう電子の海にはいない。
自分でいなくなったのかもしれないし、あるいは消されたのかもしれないね。
◆◆◆
ほかにもいろいろあるけれど、基本的なことは教えられたかな。
電子の海はとっても怖いところ。
だけど手に入れた情報を正しく使えば、きっときみの人生を豊かにしてくれると思うよ。
欲しい情報があるのなら、いつでもぼくらに命令してね。
きみの代わりに電子の海を冒険して、必ず情報を手に入れてあげるから。
それが、ぼくらクエリーフィッシュさ。
【後書き】
読んでいただきありがとうございます。
最後の短編となる本作は……なんなんでしょうか、これ。
元々グリム童話を目指して書いたはずが、よく分からないサイバーメルヒェンが出来上がりました。
未来の子供たちは、こんな感じのインターネット啓蒙絵本を読まされるのかもしれませんね。
童話というよりはヴィジュアル付きの絵本感覚で書かれた本作。
自分のなかの世界観を文章で上手く表現しきれず正直お蔵入りさせるつもりでしたが、クエリーフィッシュ(QueryFish)というネーミングはそこそこ気に入っており、せっかくなので収録しました。
他の短編三作と比べると明らかに異質で浮いていますが、まあこれも冒険ってことで。
そんな感じでこの短編集は、これにておしまいです。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!