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①ある狩人の作家デビュー


 むかしむかし。

 とある王国の城下町に、有名な若き狩人がいました。


 狩人は剣と弓に秀でていて、森で魔物を狩って暮らしていました。

 狂暴な魔物でも軽々と倒してしまうので、町のみんなから頼られています。

 明るく社交的で、仕事にも常に責任感を持っていたので、信頼されていました。


 ですが一部の人間にとっては、少しばかり困った面も持ち合わせていたのです。




 例えば、あるときのこと。


 町の商人が結婚することになり、知人たちを集めてささやかなパーティを開くことになりました。

 準備のために集まった人々のなかに、とある一人の音楽家がいました。


 狩人はその音楽家を捕まえて尋ねます。


 「やあ。きみはパーティでなにを担当するんだい?」

 「ぼくは会場でずっとピアノを弾くつもりだよ」


 その音楽家は王宮に呼ばれるほどの腕前で、彼の演奏を聞けるというのはそれだけでとても素晴らしいことなのです。

 ですが、狩人は言いました。


 「なんだかそれだけじゃつまらないな。よし、こうしよう。おれたちの親愛なる友人の結婚を祝して、きみがオリジナルの曲を作ってくれよ」

 「急にそんなことを言われても、式の日に間に合わないよ。それに、楽曲なんてそんなに簡単に作れるものじゃないんだ」


 音楽家は反対しましたが、狩人は聞く耳を持ちません。


 「薄情だな。友達のめでたい結婚だというのに、やる前から諦めるなんて」

 「そ、そこまで言うならやってみるけど、作曲の報酬は?」

 「なんて呆れたやつだ。友達の頼みだというのにお金を取るっていうのか? 曲を作るのも、演奏するのも、材料が必要なわけじゃないのに、なんでお金がかかるっていうんだ?」


 あまりの剣幕で怒られたので、音楽家はなんだか自分が悪人であるかのように感じ、恥じ入ってしまいました。

 そして結局は、狩人の言うとおりにすることにしたのです。


 こうして、結婚パーティ当日には、その門出を祝うオリジナルのピアノ独奏曲が披露され、会場中が大盛り上がり。


 音楽家は徹夜続きで作曲に勤しんでいたため、ぐったりしていました。

 ですが新郎新婦が感激の涙を流し喜んでいたので、頑張ってみて良かったなと思うことにしたのでした。



◇◇


 またある日のこと。


 書店の主人と町中で出会った狩人は、本が最近あまり売れなくなってきたという相談を受けていました。

 そのとき、たまたま通りかかった青年に狩人が声をかけます。

 その青年は絵を描くことが趣味だということを、狩人は知っていました。


 「なあ、きみ。書店の売上が落ちているらしいんだ。ご主人のために、宣伝ポスターになるような絵を描いてやってみてくれないか? お客さんの目を引いて、本を買いたくなるような素晴らしい絵をさ」

 「ええ? たしかにご主人にはいつもお世話になっているけど、ぼくだって勉強とか忙しいんだ……」


 青年は困った顔で嫌がりましたが、狩人も譲りません。


 「なにが忙しいって? 絵くらい、ちゃっちゃと描けばいいじゃないか」

 「いやいや。なにを描くのかとか構図とかを決めたりって、けっこう大変なんですよ。そういうのは本職の絵描きさんにお願いした方が……」

 「そんなことしたらお金がかかるだろ。素人の絵でいいんだよ。そのほうが温かみみたいな味があるってものだ」

 「え? まさか、タダ働きさせるつもりなんですかぁ?」

 「当たり前だろ。素人が趣味の絵を描くだけなのになんの金がかかるってのかい? せいぜい絵具と紙くらいのものだろう。ただの遊びの延長じゃないか。それに君だってご主人のお店でいつも本を買っているんだから、客とはいえたまには感謝のお礼みたいなのがあってもバチはあたらないじゃないか」


 青年はなおも嫌がりましたが、しまいには狩人が怒り出したので、殴られたら大変だと思ってしぶしぶ引き受けることにしました。


 そうして青年が半月ほど悩み、試行錯誤の上でようやく完成させた絵は、書店の入り口に飾られて町中の評判になりました。

 書店の売上も少しずつ上がり、ご主人にも感謝されたので、終わってみれば青年としてもまあ悪い気はしなかったのです。


 とまあこのような感じで、狩人は町の人々と揉めることがしばしばありました。

 ただ、町に危険な魔物がやってきたときにそれをやっつけてくれるのは狩人でしたから、みんな彼に対しては強く注意できません。


 そんな狩人の評判は、町の真ん中に建つ王宮にも届いています。

 国王さまは、自分の寵愛する音楽家から狩人の話を聞きました。

 さまざまな創作ごとを愛する国王さまは、なんとも残念な気持ちになったようでした。


 そしてふと、あることを思いついたのです。



◇◇◇


 ある日のこと。

 狩人は、国王さまの呼び出しを受けて王宮にやってきました。


 「よく来た、狩人よ。いつも魔物から町を守ってくれて感謝しておるぞ」

 「とんでもございません。狩りは私のやりがいですから」

 「うむ。今日はそなたに頼みがあって呼んだのだ。実は最近になって東の山脈にドラゴンが住み着いておるらしい。たまに周辺の町や村を襲って多大な被害を出しておる」

 「ま、まさか、頼みとおっしゃいますのは……」

 「さよう。そなたには、ドラゴン討伐を頼みたい」


 それを聞いて狩人はたいそう驚きました。

 狩りに自信があるといっても、さすがに限度があります。

 空を飛び炎を吐くドラゴンは、ちっぽけな人間が敵う相手ではありません。


 「い、いくら王さまの頼みでも、それは無理でございます! 死んでしまいます! 強大なドラゴン相手に、私一人でいったい何ができましょうか!」

 「それはそなたが知恵を絞って考えればよいではないか。国の危機だというのに、やる前から諦めてどうするのだ」

 「そ、そもそも東の山脈は果てしなく遠いではありませんか!? 辿り着くだけで半年はかかってしまいます!」

 「何年かかっても構わぬ。冒険に出かけよ」


 国王さまは何度も頼みましたが、狩人は断固として拒否の姿勢をみせました。

 そこで国王さまは、こう切り出しました。


 「もうよい。ドラゴン討伐は軍の者たちに向かわせるとしよう。そのかわりと言ってはなんだが、そなたには別のことを頼みたい」

 「な、なんでしょうか?」

 「わしの息子が来月で五歳になるのだが、なにか記念となる贈りものを探しておったのだ。そこでそなたよ。我が子のために、童話を書いてくれぬか?」

 「ど、童話ですか……?」


 国王さまの言葉を聞いて、狩人は目を丸くしました。

 童話を書け、ということは、物語を生み出せということ。

 狩人は生まれてこのかた、そのような経験をしたことがありません。


 「か、狩人の私に物書きの真似事などあまりにも専門外でございます。少なくとも来月には間にあわないかと……」

 「いくらでも待ってやろう。我が子の誕生日は来年も再来年もあるのだからな」

 「し、しかし、上手くお話を書ける自信が……」

 「だったら地道に作劇の勉強をすればよかろう。いいか、これは国王命令だ。わしの認める童話を書き上げてくるまで、狩りの仕事は一切してはならぬぞ」


 ぴしゃりと言い渡され、狩人は困り顔で王宮を後にしました。

 ドラゴン討伐よりははるかにマシなので、引き受けざるを得ません。


 まあお話を考えて、それを紙に書くだけのこと。

 時間をかければ誰にでもできると、自分に言い聞かせました。


 それに、こういう経験もいつかは役に立つかもしれません。

 人生は冒険です。


 そうして狩人は家に戻り、しぶしぶながら童話作りの構想を練り始めるのでした。

 


◇◇◇


 それから数ヵ月が経ち。


 狩人は必死に童話作りに勤しんでいました。

 狩りの仕事を禁止されてしまったので、それ以外にやることがなかったのです。


 書店でありったけの童話を買いあさってみたり。

 実際に自分で書き始めてみたり。

 なにを書いていいか分からなくなって、物語作りの教本を買ってみたり。

 それからまた書き始めて、やっぱり途中で上手くいかなくなって、諦めて原稿を破り捨ててみたり。


 初心にかえってもう一度、手元の童話を読み直してみたり。

 町の友人たちから、アドバイスをもらってみたり。


 お話を考えるのに悩んで。

 文章を練るのに苦労して。

 それでも全然進まなくて。


 これなら、ドラゴン退治の冒険に出かけたほうがまだ楽だったかもしれません。

 旅に出て、そのまま遠くに逃げだせばよいのですから。

 そんな考えすら浮かんでくるしまつ。


 それでも。

 ほんの少しずつですが、彼の書き始めた童話は形を成していきました。

 それから何度も何度も、国王さまに原稿を持ち込んで。

 何度も何度も、書きなおしを命じられて。


 そうやって迎えた、一年後の冬の日。


 「ふむ。これならば我が子に読ませても喜んでもらえるだろう。時間はかかったが、よくぞやりとげたな」

 「こ、光栄でございます」


 狩人はようやく、国王さまの納得いく作品を書きあげることができました。

 一安心といったところです。


 「不慣れな仕事だったろうが、ご苦労だった。褒美を取らそう」


 そういって国王さまが家臣に持ってこさせたのは、五年ほど狩りの仕事をしてようやく稼げるほどの大金。

 思いもよらぬ報酬と達成感で、狩人の胸はいっぱいになりました。


 「さて、そなたよ。それだけの金があればしばらくは遊んで暮らせよう。あるいは好きなものをいくらでも買えるだろう。いかにして使うつもりかな?」


 国王さまが探るような問いを投げかけると、狩人は間をおかずに答えました。


 「……実は、今回の童話作りを通して、私は自分の過ちに気付きました」

 「ほう? 申してみよ」

 「物語を考え、紙に書きだすこと。ただそれだけのことがこんなにも難しいことだとは知らなかったのです。かつての私は、物書きなど誰にでもできると思っておりました。ですが実際にやってみれば、それは苦難と失敗の連続でした」

 「ふむ、それはよい学びであったな」


 どこか満足げに国王さまが言うと、狩人はさらに言葉を続けます。


 「同時にそれらは、他の創作においても同じであると今回気付いたのです。音楽や絵画などを作る労力というものを、私はこれまでひどく軽んじておりました。あんなものは作り慣れた人間なら簡単にできるお遊びなのだと見下していたのです。そしてそのために、私はこれまで随分と友人たちに失礼な振る舞いをしてしまいました」


 それは自分も創作に触れてみて、はじめてわかることでした。

 これまで軽い気持ちで、たくさんの友人たちに、音楽や絵などの制作を半ば無理やり強いてしまったことへの、反省と後悔。


 彼らが一つの創作を完成させられるようになるまでには、長い時間をかけて培ってきた知識や技術の積み重ねがあるはずです。

 それに敬意を払わず、無償で成果物を搾取してきた過去の自分を思い返すと、なんだか己が恥ずかしくなってくるのでした。


 「して、いかにするつもりだ?」

 「……国王さまからいただいたお金は、友人たちへのこれまでの謝罪と埋め合わせに使おうと考えております」

 「ふむ、それは良い心がけだ。感心だな」


 国王さまは満足そうに頷きました。

 自分の試みが成功したことを知ったからです。



◆◇◆


 実は昨年、ドラゴンが東の山脈に住み着き始めたというのは、真っ赤な嘘。


 国王さまは、創作の類を軽んじる狩人の噂を聞いて、少し懲らしめようと企んでいたのです。

 そこで狩人が童話作りをしなければならないように誘導して、創作の難しさに触れさせようとしたのでした。


 もし狩人に反省の気付きがないようであれば、報酬は取り上げる予定でした。

 ですが実際には予想以上に反省したようなので、国王さまとしてはこれ以上ない幕引きとなったのです。


 ただ、唯一誤算があるとしたならば。

 狩人が書き上げた童話が、まだまだ文章こそ拙いものの、思いのほかうまく出来ていたことでしょうか。

 これを我が子だけで楽しむのは、あまりにもったいないほどに。


 そういうわけで。

 国王さまのはからいで、その童話は王立劇団が手掛ける演戯の題材に採用されることになりました。


 あの音楽家が劇伴楽曲を担当し、あの青年が舞台背景を担当したその演劇は、公演後たちまち大好評。

 以降、毎年冬になるとかならず上演されるほどの人気作に。


 そして上演の時期になるたびに、狩人は昔の過ちを思い出して赤面してしまうのでした。

 そういえば、もうそんな季節ですね。


 めでたし、めでたし。







【後書き】

 読んでいただきありがとうございます。


 短編ひとつめは、教訓話を盛り込んだジェネリック・イソップ童話です。

 それらしく登場人物をみんな動物にしたかったのですが、そこまで構成が上手くまとまりませんでした。


 物語途中で冒険に出かけそうな雰囲気になりましたが、結局出かけませんでしたね。

 だけれど人生で新しいなにかに挑戦することもまた、冒険なのかもしれません。

 本作の狩人も、きっとそんな冒険のはてに成長したのだと思います。


 それでは、次のお話でお会いしましょう。

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