過去のため息が聞こえますか
入道雲は少し寂しそうな横顔をしている
部屋の中の暗がりに
辛かった想い出が寝転がっている
夏が過ぎ去るときに
置き去りざりした麦藁帽子が風に揺れている
押し入れの中にはまくらがえしが
寝過ごして妖怪の國に帰れなかったからと
辻道のお地蔵様の所迄送っていった
彼岸花の揺れる森にはお寺がある
過去のため息が聞こえますか
秋の落し物は小さな木枯らし
古き町は旅人のコートの中の
置いてけぼりの夏が好物だ
秋の幽霊は宿屋の二階に棲んでいて
帰って来ない人生を思って泣いている
混沌と運命の詰まった匣に
過去と言う名を付けた博士が
旅宿で鬼や七福神とタップダンスを踊っている
空は青い
山の向こうに幸い住むと人の言う
だからか山を見上げて山彦を呼ぶ
過去は静かに心の匣に棲むから
時折蓋を開けては涙ぐむ
風を呼び雲を渡り冬小僧は遠雷の向こうに棲む
古き家を見ると何故だかお酒を飲みたくなります
懐かしさの塊を抱えた古き町並みは祖母の皺を隠している
祭り太鼓の音がします
静かな刻と古き町は
泡のように儚い夢をまとって
ふくらはぎの柔らかい場所に
黄泉虫は寄生する過去の夢を見せる
時折夕暮れの町を旅したくなる
永遠に落ちない線香花火の終わりの太陽
地獄経の巻物眠る蔵の中で
ごろごろと遠雷を招き寄せる
古き木の匂いがそっと夕餉の香りや
風呂の温もりにかき消される夕べ
かすかな声のする先にあの通り道はあるいにしえの町
誘蛾灯の下でだんまりを決め込んだ旅人は光る町を見つめ
街灯の寂しげな表情は湯気の風呂に沈んでゆく溶ける体
木漏れ日の秘術を知りたいならあの武家屋敷通りの魂に聞け
過去の記憶は幽かにあのみなもの輝きに残りし秋のため息
夏の残り香を探して
秋の虫の音を追いかけて
里も夜にはねむるねむる
ひとけのない町の小さな外灯
燐寸を擦って線香花火を想い出して
風鈴もこの涼しさでは寒かろうて
夏を語る僧侶は夜の墓場に消えてゆく
旅人の風呂の写真の白い湯気
どれもちいさなちいさな秋
記憶の片隅に残る夏の尻尾を踏んでしまって秋雨の降る
夜の外灯はしんしんと昔話を始める子守歌の様に
更けゆく夜の町並みを木漏れ日の縁側を想い出して宿世の呪い
夏の記憶は埋葬されるこんな月の明るい秋の夜は
匣の中の鍵は街角の外灯の光をも閉じ込め
秋の寂しさは木の葉にも宿る夏は来年も来るというのに
遠い空の入道雲はえにしを唱えて夏は消えない
かすかな溜息はシャボン玉に消えて行く古き町のしきたり
遠い夏のお祭りにはチンドン屋があの世へのビラをばらまいて
夜の寒さは箱庭のなかで静かにろ過する月の力を
僧侶の怪談、道端の柳の下に骸骨の娘立つ夜半の月
懐かしき旅は古町の片隅のお地蔵様の頬の温かさ
夕べの夢は夜の獏の提灯に万華鏡
想い出の中をいつも走馬灯のように横切る顔がある
懐かしき想い出は路地裏で遊ぶ子供の頃の面影
玩具箱に眠る夏の欠片たちはぴかぴかと夜の外灯のように光る
昔の町にはしゃぐ笑い声だけ木霊する夜の闇の中でも
不思議と温もりのする町並みに立てかけられた下駄の片方
蝉時雨は夕立を呼ぶ蝉たちの説法
闇の中の雨にも傘はさせますか祭りの夜
子供達の賑わい誰も笑ってゐないというのに
無邪気な向日葵の笑顔久遠の娘の顔は白すぎて
死の隣にあの開かずの扉の奥は鈴の音が鳴る
過去は追いかけてくるあの古時計の裏にひそみし狐面の男
宵の内にも瞼の裏に金魚の燐光が街灯の影を薄く照らし 懐かしき影に夢
夢見る獏は屋根裏で秘仏と賭け事をしている
夜はたしかにこの手のなかに小さな懐中時計
古い柱時計に過去は封じられているのか
空は青く風の泳ぐ姿ももうじき見られるのか
秘密は図書館の角の本棚にぼんやりと光ってゐる
空が青いと何故涙が出るのだろう空の色に似た涙の色
夢見の力を持った娘が神隠し
大切なモノは形あるものですか
懐かしい記憶に過去の笑顔
雨空を見ては嘆いてばかりのてるてる坊主
蝸牛の下で紫陽花は雨の音連れに震えている
立てかけてある下駄の上に堕ちる日溜まり
過去は問いかけてきますか
夢ばかり追って大切なモノが指の間を零れ落ちる
そこに残酷が転がっている
枕とは不思議な寝具である
枕によって見る夢が違う気がする
獏が潜んでいる気がする
いい夢も悪い夢も枕が吸収して
翌日には何もなかったような顔をして
朝ご飯をと送り出す
時折枕は怒っている
宿主の不摂生や不養生を
頑固頭のオヤジの様に
そんな時は
いつも悪夢を見て
枕返しが笑ってゐる気がする
彼岸花がもう枯れている
今年初めて見た彼岸花
しかも午後八時のとっぷり夜更け
赤と白の美しい髪飾りのような彼岸花
彼岸花、嗚呼彼岸花
翌日にはもう他の雑草と共に
畑で草刈り機によって殺害されていた
虫や木の唄は
もう聞こえない
風がすううと懐を冷やし
すっかり頭の芯まで
目覚めてしまった
宿場町に秋が来て
夏という地獄は墓場に閉じ込められたまま
空を泳ぐ金魚は今では枕の裏で
一番優しかった想い出を
夢に魅せる仕事をしている
涙はとうに枯れてしまった
秋の気配が洗面台の小指の欠片も色づいて
空はどうして青いかな
海はどうして青いかな
永遠の悩みを抱えてあの子は常世へ旅立った
夏を閉じ込めておきました
閂の掛かった蔵の中に木乃伊と向日葵の花、花、花
蔵の裏の川に人魚がこっそり棲んでいて
枕返しと酒盛りしているのを知ってゐる
玄関の入口に蝉の死骸夏の面影
賽子の目は壱
あの井戸の奥に飛び込めば過去に戻れるという
柱時計の針が逆さに回り子供の姿の姉が嗤って花占い
誰も居ない昼間の宿場町の小道
墓に供える秋桜を真っ赤な紐で結わえて
老婆の背中に秋の哀愁漂い
泡沫のまじないは仏壇の奥に蛍石を置いて隠す
神社の杉の木に釘の跡、望みは叶ったのだろうか
夏の残り香が線香の香りにデジャブして過去の記憶
懐かしい面影を探して井戸の中
夢ばかりみていました
彼岸花の咲き誇る林の隣で眠る夏
あの神社には鬼子母神が
かくれんぼで忘れられた子供を隠している
図書館の奥に真っ赤な背表紙の禁忌の教え
冷蔵庫の奥の嬰児は入道雲を夢見て
抽斗の中の蝉の抜け殻が蛍石になるのは
来年また夏が来たら
壜の内側に人間の眼玉がホルマリン漬けになって
仄かに光るんだ
地獄経、涅槃経、闇人、夢人、怪異陀仏、蛇陀仏、人魚貝、すべて異端の教え
小さな秋を探して散歩という旅
蟻の群れが蝉の亡骸を運ぶ
焼却場は此方でいいですか
昨日の夢が枕元で今朝の夢が
悪夢だった事をまだ怒っている
道端のお地蔵様に地獄へ行きたいからと彼岸花
なにか間違っているんです
まるで夏の盛りの狂った刹那の脳みそ
闇に染まれと窓の外の海に石ころを投げる
昭和の空気が座敷から一本の線香
箪笥の中にフジツボが湧いていて
風呂桶には秋刀魚が泳いでいた
さては闇人の仕業
潮騒の匂いがカーテンを揺らす
古い記憶がリフレインしては
枕の下の夢の赤子が怯えて秋雨を恐れている
過去は消えないものですか
秋は孤独を隠して戸棚の裏
そっと息を吹きかける貝殻に
秋の便りは涼しい風の体温
夏風の住人は何処へ旅立ったか
そんな事は知ったこったねえと
旅人は懐から煙草を取り出すと
晩夏には此れが線香花火になるのさ
夏は消えませんかそうですか
晩夏には神社の狐小僧が
秋祭りの鈴の音を聞きに来る
滑らかな腕に小さな顔が浮かんできて
鈴虫の真似をして秋の音
緑の匂いは春の匂い
雨に濡れた路地に蜘蛛の水玉のレース
古い長靴が捨てられてました
こんな処にも過去の香り
懐かしいモノは好きですか
大蒜は一日に二つだけ
此の世の終わりもやがて老いたら
子どもの頃に戻れたらあの神社で亡くした忘れ物を
懐古は涙を誘う南無阿弥陀仏に隠れる過去の欠片
山彦がおおいおおいと山から呼んでいる
包帯には血の跡が痛々しい
あの娘は開かずの戸の座敷牢で鬼になる
おいでおいでとあの辻角で白い手が
夏はまだ古い町には残り
過去も懐古もまだまだ夏にこびりつく錆び
蚊帳の中はいつも蚊取り線香の香り
角のお地蔵様に菊を
何故か亡くなった弟を思い出すから
過去を探してバケツを覗き込むと
底が抜けていて隣の神社の鳥居が這入ってゐた
夏は過去を呼ぶんです
いかさま辻占に貰った丸薬は不思議な幽霊を魅せる
秋がこっそり菩提寺の観音様の裏に隠れている事は内緒
かくれんぼをしているとこっそり紛れ込む妖の類
過去へ連れて行ってくれるお地蔵様に菊の花
禍津姫はあの蔵で人を喰う
さざなみが聞こえてきて
あの注連縄の下で風が渦を巻いている
死ねなかった子供達の声が境内を揺らし
夢なら醒めろとお地蔵様を腹に載せたまま
布団の中でうんうん呻いている私
宿場町は眠る眠る
遠き過去を抱いたまま向日葵はうなだれて居る
お坊様と間違いだらけの問答を
夏はよっぽど居心地がいいからか
この國から帰ろうとしてくれない
お寺の紅葉の裏に隠れていた秋が
気まずそうにこちらを盗み見ています
冬小僧はまだお寺の無縁仏の下で眠っています
どうして運命論も因果律も
私の創っていたパズルをめちゃくちゃにするんだ
部屋の中で暗がりをじっと睨むと鬼が嗤う
入道雲は少し寂しそうな横顔をしている
部屋の中の暗がりに
辛かった想い出が寝転がっている
夏が過ぎ去るときに
置き去りざりした麦藁帽子が風に揺れている
押し入れの中にはまくらがえしが
寝過ごして妖怪の國に帰れなかったからと
辻道のお地蔵様の所迄送っていった
彼岸花の揺れる森にはお寺がある
夜のコンビニは、蛾が群がるように人が大勢
入道雲を見上げると遠い未来が見えるかもしれない
懐かしい宝物は、封印した匣の中の夏
午後八時半。布団から抜け出して夜の冒険
散歩してきた。闇の中に深い青
酔いどれ妖怪、現る現る。
夕暮れ時は闇の入口、床の中で鬼が呼んでる
暗闇は遠い此の世で
まだ影たちは闇に潜んでおいでおいでと
手を引かれてあの山へ、還れない夢を見る
愛し子の泣き声が心の鼓動に鳴り響く
赤子はなにか不気味な怪異にも見えるから侮れない
神棚の大黒様は微笑みながら人を喰らいそうな気がする
摩訶不思議
ブラウン管の中で花火が踊っている
焼け焦げたアスファルトの香りが部屋まで届く
明日は何処まで自転車で行こうか
夏休みの終わりには朝顔は枯れてしまった
夢ばかりではいられないんだぜ
あの日あの時感じた刹那の感情を
持て余して路傍に投げつける
どうして人は大人になるんだろう
永遠の少年は
懐かしい祖母の背中から陽だまりの香り
夏の残した熱で酩酊しながらノートにお化けを描く
洗面台に残された耳の塊にラジオを近づけて
旅人の残した煙草が灰皿の中でまだくすぶっている
まるでどこにもいけやしないんだと強い戒めのように
神棚の大黒天がにやにやと笑ってゐた
さういう風に見えたんだ
夜の海に溺れるから窓を開けたら浮き輪を放つ
誰も居ない昼間の通り道に浮き輪は落ちて
陽だまりの木陰が浮き輪に陰影を作る
道端の暗がりも部屋の隅の影も陰翳礼賛の秘密に触れて
火傷した村人が神社に籠って仏像を彫るようになる
闇は闇を呼び、光ですら闇の眷属となる
其処に在るのは邪悪な輝き
枕とは不思議な寝具である
枕によって見る夢が違う気がする
獏が潜んでいる気がする
いい夢も悪い夢も枕が吸収して
翌日には何もなかったような顔をして
朝ご飯をと送り出す
時折枕は怒っている
宿主の不摂生や不養生を
頑固頭のオヤジの様に
そんな時は
いつも悪夢を見て
枕返しが笑ってゐる気がする