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世界はこんなにも色で溢れているというのに。
私の世界は、ほとんどモノクロームのようだ。
好きなこと、嫌いなこと。
好きな人、嫌いな人。
楽なこと、苦しいこと。
甘いもの、苦いもの。
その全てに色があり、この世の中に存在している。色と感情はリンクしてると、何かで読んだことがある。感情があるから色があるのか。色があるから感情があるのか。
私の目の前に広がる灰色の景色は、私の感情が投影された景色なのか。
よく。
よくわからない。
私は長岡リコ。高校一年生。
青春の真っ只中にいる女子高生とは、それこそ様々な色に溢れた生活を送っているに違いない。大抵の大人はそう決めてかかってくるだろう。でも、そんな青春のテンプレートのような人生を送っている者ばかりではない。まさに私がそうで、性格も暗く、見た目も地味で、友達の一人もいない私には、この世界はもはやモノクロームそのものだと思えてくる。
「リコー?聞いてた?」
ふっと世界が赤みがかる。声をかけられて鼓動が大きくなったからだ。顔をあげると女子のクラスメイトの一人が私に話しかけていた。
「ごめん、なんだっけ?」
「は?聞いてなかったの?ジュースだよジュース。さっさと買ってきて」
クラスメイトは私が話を聞いていなかったことがわかり、イライラしている様子だ。
「えっと・・・何買ってくるんだっけ」
私は席を立ってそう言った。
「さっき言っただろ。さっさと行けよ。間違ってたらまた買えばいいじゃん。正解出るまでさ」
私が自販機に向かうと
きゃはは。長岡さんってほんとぼーっとしてるよね。
私がリコと中学一緒じゃなかったら、あいつほんといじめられてるよね。
うちらが長岡さんイジってやるからこのクラスに居れるようなもんだもんね。
という言葉が聞こえてきた。
あまり関わりのないクラスメイト3人分の飲み物を、なぜか私が買いに行く。もちろん、私の金でだ。正解するまで買い続けなければいけないこのゲームを。いじめとは呼ばないのか。
悔しさでも込み上げてくれば、私の世界も少しは色のあるものになるのかもしれない。感情を持っていては、この辛い生活に耐えきれないと無意識に感じ取ったのだろう。どれだけ蔑まれても私は何も感じなかった。
休日、私には密かな楽しみがある。
私の唯一の趣味。写真だ。
写真が好きだったおじいちゃんが生前にくれた「ライカM5」が私の宝物だ。
デジタルカメラも持っているが、やはりフィルムの風合いはデジタルでは表現できないのだ。まあ、おじいちゃんの受け売りだが。でも本当にそう思う。フィルムカメラで撮る写真が私は好きだ。ライカのファインダーから見える景色は、世界で唯一の色彩を放って私の目に飛び込んでくる。
この「ライカM5」とお気に入りの風景を撮影しに出掛けることが、私の休日の密かな楽しみなのだ。
今日はバスに乗って、隣の街まで足を伸ばしてみるつもり。
心が躍る。
撮影したフィルムは現像に出す。
この撮った写真の出来栄えがすぐにわからないのも、フィルムカメラの魅力だと私は思う。不便と言われればまさに不便なのだが、何かを心待ちにする時間も、効率化が幅を利かせている現代では貴重になっているのではないかと思う。
前回の撮影もなかなか上手くいった。隣町まで足を伸ばした甲斐がある。現像された写真をめくりながら私は自室でニタニタと笑みを浮かべる。至福。まさに至福の時間だ。
月曜日から金曜日まで、モノクロームな日々を過ごし、待ちに待った休日がやってくる。
そのはずだった。
「ねえ、このライカってあんたでしょ?」
私を使いっ走りにしているあのクラスメイトが勝ち誇った顔で、自席に座ってる私にスマホの画面を見せてきた。
その画面には、私のSNSが表示されていた。「ライカ」というハンドルネームで、休日に撮影した写真のいくつかをアップしていた。フィルムの風合いを活かすべく、現像した写真をスキャンしてデータ化しアップする気合いの入れ様だ。
「あ・・・あ・・・」
恥ずかしい。見ないでほしい。なんで身バレしたんだ。
・・・でも、別に悪いことをしているわけではない。むしろ、アップしている写真は自信作ばかりだ。
「あー、やっぱあんたか」
クラスメイトに聞かれて、私は小さく頷いた。
「この前休日にさ、私の友達が彼氏と歩いてたらカメラ持ったリコを見たっていうんだよね。それでその街の写真アップしてるSNSないか調べてたらビンゴ!」
あの街に行くのはもうやめよう。
「ねえねえ、なんで風景の写真ばっかなの?なんかこのぼかして撮ってる感じとかなに?ぼっちアピールなの?友達の写真とか一枚もないじゃん」
「え・・・っと・・・それは・・・」
「きゃはは。リコがライカ?アーティストぶってるやつ?
まじきしょい」
え・・・
き・・・
きしょ・・・きしょい?
私気持ち悪い?
私とクラスメイトの会話を聞いて周りに人が集まり出した。
目の前の光景が、灰色から黒だけ際立っていく。
「ねえ見てこれ。超きしょくない?」
集まってきた人に次々私の写真を見せている。
何がなんだかわからない人までもが、きしょいきしょいと言って笑っている。
もう何も見えない。
目の前は黒一色だ。
私は顔を上げられないまま、ひたすらこの地獄が早く終わることを願い続けた。
次の日、私は生まれて初めて仮病を使った。
ダサい。
なんか逃げたようでダサい。そう思った。
自室のベッドに座って投げ出した自分の足を見ている。休日まで、モノクロームになっていくのかと思うと。
なんだか泣けてきた。
泣けてきた?
そんな感情はもう捨てたではないか。
じゃあ、なんで涙が止まらないんだ。なんでこんなに悔しいんだ。
なんで・・・
なんで・・・
机に置いている「ライカM5」を見た。
「お・・・おじいちゃん・・・・」
私は枕に顔を埋めて、大声で泣いた。
「リコ」
お母さんの声で目が覚めた。
「体調は大丈夫?晩ご飯食べれそう?」
「うん。だいぶ良くなった」
そういうと私は自室を出て1階のキッチンに向かった。泣き疲れてそのまま寝てしまった。
夕食を摂ってお風呂に入ると、すっかり目が覚めた。
自室に戻ってノートパソコンを開いた。無意識に、「ライカ」のページを開いていた。
どの写真も最高のアングルだと思う。それに色。この色は私の色だ。私だけの。
「どこがきしょいんだよ・・・ばか・・・」
声に出してみると、なんだか胸がスッとした。
でも、確かに私の写真は風景ばかりだ。人物を写した写真は1枚もない。避けていたわけではなく、単に選択肢になかった。
「人物写真か」
すぐに検索サイトを開いて、人物写真と打ち込む。エンターキーを押すと様々な人物写真の画像が画面に映し出された。どの画像の人物もカメラを見つめて笑っている。
んー、人物写真ってこれモデルさん撮ってるのかな。友達って場合もあるのかな。
どれもなんか表情作ってる感じがしてつまらないな。だいたい、モデルになってくれるような人も知り合いにいないし。やっぱり風景写真の方が私には向いてる・・・
そう思った次の瞬間スクロールしていた指を止めた。画面右下の端に現れた写真。
物憂げな表情でこっちを見ている女の子。歳は16か17歳くらいか。
綺麗な顔だなぁ。なんて素敵な表情なんだろ。困っているでもない、泣くでもない絶妙な表情。この子なんて名前なんだろ。
画面の写真をクリックして次の写真に進み、気付けば私は「ポートレート」と言われるジャンルの写真に心を奪われていた。
「ポートレート」いわゆる「ポトレ」は敢えて背景をぼかして人物を際立たせる写真のことを言い、とりわけ最近は10代から20代前半の若い女性を被写体にしている作品が人気を集めている、という記事を読んだ。どの写真の子も何かこちらに伝えようとしている。若さという一瞬の輝きを閉じ込めたような可憐で儚いポトレに私は感動した。
人物写真を撮るなら、こんなポトレを撮りたい。
そう思った。
次の日、私は勇気を振り絞って、本当に勇気を振り絞って学校へ行った。授業以外の時間はできるだけ教室にいないように心がけた。できるだけクラスメイトの顔を見ないようにして過ごし、ようやく待ちに待った放課後になった。
「写真部」
いざ写真部の部室前まで来ると、ドッと心拍数が上がった。
どうしよう。なんて言って中に入ればいいんだ。だいたい私は入部するつもりでここに来ているのか?入部しないなら冷やかしということにはならないか?そもそも写真部って何してる部なのかちゃんと調べて
ガラッ
と写真部と書かれた引き戸が開いた。
「ん?」
この人は知っている。新入生歓迎セレモニーの部活紹介の時に写真部の紹介をしていた部長さんだ。髪が長くて背も高くてかっこいい女性だなとあの時思った。
「何?入部希望?」
「わ・・・わわ・・・」
だめだ。言葉が上手く出てこない。
「ごめん、私ちょっとトイレ行ってくるからさ。中に入って待ってて」
そういうと部長さんはトイレに向かった。
積み重なった資料。過去に撮られた行事の際の写真。棚に置かれたレンズケース。
教室の中を暗幕で仕切ってあり、写真部の部室は思った以上に狭かった。
「ごめんごめん。生理現象には勝てんよ全く」
そう言って部長さんが戻ってきた。
「入部希望の子?それとも単に写真に興味があった?」
「あ・・・あ・・・あの、私」
写真が好きなんです
とやっとの思いで部長さんに伝えた。
「なるほどー」
部長さんはそう言いながら、私のスマホの写真フォルダをスワイプしながら見ている。
「クラスの子にきしょいって言われて自分の写真に自信が無くなったんだな」
「はい・・・そうです」
「それで写真のわかる人になら、自分の写真の良さが伝わると思って尋ねて来たと」
「う・・・はい・・・全部説明されると、改めて自分がダサいと感じてしまいます・・・」
「なんで?ダサくないよ」
部長さんはスマホを返してくれた。
「どれもいい写真だよ。きちんとカメラを理解してる。まあ、強いていうなら構図がちょっと古い感じはするけど」
「あ、古い・・・ですか」
「いや、自信無くさないでね。そういうのって基礎が身についてないとバランスが崩れちゃうからさ。長岡さんの写真はちゃんとバランス保とうとしているのが伝わってくるよ。それに、流行り廃りはどうしてもさ。出てくるもんだから」
「写真を教えてくれたのは亡くなったおじいちゃんで。私あんまりたくさんは覚えられなくて。覚えてるアドバイスだけで写真を撮ってましたので。その・・・古いんだと思います」
「素敵なおじいちゃんだったんだね」
「はい。とても素敵な人でした」
写真の構図でここまで話が広がるとは、さすがに写真部はレベルが違うと思った。
「それでその・・・ご相談があるんです」
私は部長さんに思い切ってポートレートの撮影に興味があることを伝えた。
「ポトレか。結構難しいよ?」
「それでも、撮ってみたいんです。でもモデル候補がいなくて」
「それも含めて難しいんだよね。ポトレって。このご時世、顔出しに抵抗がある人多いし。モデルさんの一瞬の表情を引き出して切り取らなきゃならんから、カメラの操作以上にコミュニケーション力も必要だしな」
「私に足りないことだらけなのはわかってます。それでも、私なんだかやっと見つけた気がするんです。人生を賭けても悔いのないようなものに」
「長岡さん、見た目に反して随分熱いんだね」
「あう・・・うっとおしかったですか?」
「ううん。いいと思う。応援するよ。そこまで明確にポトレやりたいって思うなら、むしろ部には所属しない方がいいと思うよ。まあ学生じゃ到底手の届かないような機材使えるってメリットはあるけど、活動には制限かかるし。本当にやってみたいならフリーでやってみるといいよ」
それから
と言って部長さんは私にモデルさん獲得の秘策を教えてくれた。
家に帰って早速自室のノートパソコンを開いた。
部長さんに教わった掲示板を開いてみる。
「ほんとだ。結構ポトレモデルさん募集してる人っているんだ」
部長さんは私に、モデルを探すならネット掲示板で募集をかけてみるといいとアドバイスをくれ、以前部長さんが使ったことがある掲示板を教えてくれた。
「よし、アカウントはできたな。これで募集をかけられる」
題名:ポトレモデルさん募集します!
募集内容:ご覧いただきありがとうございます。
私は十六歳の女子です。
写真が大好きで、かっこいいポトレを撮りたいと思っています。
モデルになってくださる方、いらっしゃいましたらお気軽にご連絡ください。
「こんなもんかな」
募集を開始して2時間程。入浴を済ませ濡れた髪を自室で拭きながらノートパソコンを開いてみた。
「え?20通?こんなにリアクションあるもんなの?」
未開封のメールが20通溜まっていた。
世の中にはこんなにモデル志望の人がいるのかと思い嬉しくなった。部長さんはモデルさん獲得も難しいと言っていたが、案外すぐに決まるかもしれない。
件名:Re:ポトレモデルさん募集します!
本文:初めまして。
写真撮影興味あります。
実は僕も写真撮影好きで、ぜひライカさんを被写体に写真を撮りたいです。
ゆっくり撮影したいのでホテルの部屋で撮影させてください。
・・・
は?
件名:Re:ポトレモデルさん募集します!
本文:ハンドルネームがライカってことは、使ってるカメラもライカ?
オレもライカ派なんだが、十六歳でライカなんてけしからんね。興奮するわ
オレが写真のいろはを教えてやるから、今度食事行こうよ。
・・・
は?
件名:Re:ポトレモデルさん募集します!
本文:僕もポトレモデル募集しています。
ライカさん、ぜひ僕のポトレのモデルになってください。
際どい系の写真とか無しで大丈夫です。
入水とか平気ですか?
スク水とかセーラー服とか衣装も準備できます。
・・・
は?
全員下心丸見えなんだけど!
きっっっっっしょ!
20通全て男性からのメッセージでどれも私を被写体にしたいという内容のものばかりだった。なるほど。これはモデルさん獲得には苦労しそうだ。
年齢と性別書いたのが間違いだったのかな。でもこれくらい書かないとモデルさんも安心できないだろうし。
新着のメッセージが1件届いた。
えー・・・また変な男性からかな・・・これあんまり続くようなら募集停止しなきゃな。
そう思いながら、一応メッセージを開いてみた。
件名:Re:ポトレモデルさん募集します!
本文:初めまして。
ポートレートモデル興味あります。
十六歳女子です。
きたー!
同い年の女子!この子に決めたー!
ってちょっと待て。そんなにうまいこといくもんか。
こ・・・これはあれなんじゃないか。ネット上では女性を演じて、実際は男性だという「ネカマ」というやつでは・・・
また新着のメッセージが届いた。開封すると
件名:Re:ポトレモデルさん募集します!
本文:写真有り
さっきメッセージ送った十六歳女子です。
疑われてるかもしれないので、私の写真送っときます。
ほ・・・ほー。
写真を送ってくるとは、よほどの自信があると見えた。
でも騙されんぞ。
写真のファイルを開いた。
紛れも無い、紛れも無い十六歳の女の子が画面に映し出された。
私は見惚れた。
この子を撮りたいと、そう思った。
もちろん、その写真自体が偽物である可能性もある。うっかり会う約束をして、現れたのが男性で、そのままどこかに連れ去られるなんてこともなくも無い話だ。
でも、なんだか直感が、この子だと叫んでいた。多少のリスクを背負ってでもこの子に会いたいと思った。
幸い、メッセージを受け取ったのが金曜日の夜、次の日が休日だったこともあり、私は早速土曜日の昼時に駅で十六歳女子と待ち合わせることにした。
私は首からカメラをぶら下げておくこと、十六歳女子は黒いコートを着ていることをお互いの目印にした。
待ち合わせは11時30分。
今、11時35分。
・・・これなんていうんだっけ。担がれた?一杯食わされた?
こねえじゃん・・・
私は肩を落として帰ろうとした。
「ライカさん?」
私の背中に声をかける女性がいる。
しかもそのハンドルネームはネット上でやり取りした人しか知らない。
(あとあのクラスメイト。マジやなやつ)
私は心臓が飛び出しそうになるくらいドキドキしながら振り返った。
「あ、ごめんね。遅くなって。私、リンって言います」
写真よりも、何倍も何倍も綺麗だと、そう思った。
間宮リン。
十六歳女子の名前だ。
私とリンちゃんは駅中のファストフード店に入って一緒にお昼を食べた。
「長岡リコです」
向かい合って座っているリンちゃんに自己紹介した。
「間宮リンです。ライカさんってリコって名前なんだ」
「あ・・・そのライカは私の使ってるカメラのメーカーなんだ。私の宝物ですごく素敵なカメラだから、名前だけでもあやかりたいなって思って」
「どっちも素敵。でも本名で呼んでもいい?」
「うん、わた・・・私もリ・・・リンちゃんって呼ぶね」
「なんかリコ、ぎこちないね」
「う・・・ごめんね。私、あんまりおしゃべりとか得意じゃなくて」
「そっか。まあ会ったばかりだしね。それで、リコはどんな写真を撮りたいの?」
「えっとね・・・これ!こういうの」
私はスマホにスクショしておいたポートレートをリンちゃんに見せた。
「ふーん、いい写真だね。私こんな顔できるかな」
「素質はすごくあると思う。リンちゃんはモデルさん初めて?」
「あぁ、いやまあ。何度か」
「凄い!え、じゃあ私本物のモデルさんでポトレ撮れるの?」
「いや、私モデルじゃないし。なんていうか、知り合いのカメラマンに頼まれて何度か撮ったっていう。そんな感じ。そのカメラマンもプロじゃないし」
「それでも凄いよー。私なんかのモデルで不満かもしれないけど、精一杯撮らせてもらいます」
「不満は全くない。むそろその・・・」
「ん?」
「いや、なんでもない。それはそうと、リコ見ず知らずの私によく会う気になったよね。怖くなかったの?」
「正直、すっごく怖かった。あのサイトで返信くれる人みんな変な男性でさぁ」
「だろうと思ったよ。年齢も性別も書いてたから、変な輩の格好の餌食だろうなって思った」
「やっぱり?すごく悩んだんだけど、こっちのことも書いとかないと、それこそ変な人からの募集記事だと思われたくなかったから」
「私の写真送ったのは正解だったな。私の返信も本当は男なんじゃないかって疑ってるだろうと思ったからさ」
「・・・リンちゃんってエスパー?」
「ははは。ってことは図星か」
「送られて来た写真を見て、私この子だーって思ったの。この子を絶対撮るんだって。そしたら、リスクを恐れている場合じゃないって思えて」
「・・・そっか。なんか嬉しいよ」
「いや、私こそ嬉しいよ。リンちゃん素敵すぎるし」
「まだ私のこと何も知らないだろ」
「そだね。でも素敵だよ」
私とリンちゃんはお互いのことを話しながら街を歩いた。
歩きながら何枚か写真を撮った。
リンちゃんは、実はこの辺りの街ではなくかなり北部の街に住んでいて、電車が11時30分丁度着の便がなく、待ち合わせに遅れたこと。一応高校に籍はあるが、今は行っていないこと。普段は自宅でお兄さんの仕事(主に動画編集等)を手伝っていて、お金もちゃんともらっていることを話してくれた。
すっかり日が傾いてしまい、私とリンちゃんはまた駅に戻った。
私は道すがら、学校でいじめにあってること、写真をアップしていたアカウントがバレて、すごく辛かったことを話した。
「リコ、そういうのあんまり気にするなよ」
「うん、もう大丈夫だよ。今日リンちゃんに会えて、なんだか私それだけですごく自信に繋がったよ。私にもリンちゃんみたいな素敵なお友達がいるんだって思えたら、学校でのことなんかなんでもないよ」
リンちゃんが私の手を握った。
「私でよければ、ずっとそばにいるからさ」
ふぇ・・・
「う・・・うん。ありがと」
リンちゃんは手を離して
「今日は色々とお互いのこと知れたし、次からはいよいよ本格的に撮影だな。次会うまでに撮影プラン考えといてね。カメラマンさん」
と言いながら私に背中を向けた。
あ・・・リンちゃん・・・帰っちゃうんだ・・・
「また連絡するね!今日はありがとリンちゃん」
私は遠くなるリンちゃんの背中に向かって言った。
なんでこんなに寂しいんだ?
リンちゃんから手を握られた時、すごく嬉しくて。すごくドキドキした。
これが・・・これが友達か!
私友達いたことないから、今まで経験がなかったけど友達とまたねって別れる時ってこんなに寂しいのか。普段女子がやたらとキャッキャしているのはこのせいか。私もまたリンちゃんに会えたらキャッキャしちゃいそうだ。
それから私とリンちゃんは週に1回は必ず会ってポトレ撮影に臨んだ。
どんどんリンちゃんの表情が良くなるのを感じていて、私はもっと、もっといろんなリンちゃんを見たいと思った。
撮影を開始して1ヶ月半が経った。その日は海での撮影を敢行した。普段は街中でスナップショットに近い感じのラフな撮影をメインにしていたが、今日はビーチ。人も街中程多くない。少し歩けばリンちゃんと二人きりになれる。1対1の撮影ができる。より濃厚なリンちゃんを撮影できるとあって昨晩から興奮しっぱなしだった。
いつものように駅で待ち合わせをして、タクシーで海に向かった。海に着くと、思ったより人もいない状態で、リンちゃんも私も撮影に大いに集中できた。リンちゃんの表情も過去一番良かった。ファインダーから見るリンちゃんに私はずっとドキドキしていた。
二人で浜辺に座って、少し休憩をした。
「今日のリンちゃん、すっごくいいよ」
「ありがと。でもさっきのちょっと感情入りすぎじゃない?リコってもっと表情抑えたのが好きじゃん」
「ううん、今日のリンちゃんは最高だよ!いっつも最高だけど」
「あ・・・あのさリコ」
「ん?」
「て・・・手繋いでいいかな」
え・・・手繋いでくれるの?超嬉しい!
「うん!もちろんいいよ」
リンちゃんが私の手を握った。胸がキュンとする。
はあ。これ。幸せだぁ。
「私リンちゃんから手を握ってもらえるとすごく幸せなんだよね。なんかさ、胸が」
リンちゃんからキスされた。
え
リンちゃん、顔真っ赤
うわ。今リンちゃんからキスされちゃった。
え、なんだろこれ。嬉しいのかな。この感情ってなんだ?
リンちゃんから目が離せない。
また、リンちゃんからのキス。次は1回目より長い。い・・・息っていつするんだっけ?
「リ・・・リンちゃん!」
私はリンちゃんを押し返した。
「え・・・何?今の」
「リコ。私リコのこと」
いや。
いやだ。
いやだよリンちゃん。
友達だよ?
やっと私にも友達ができたんだよ?
終わっちゃうよ。
友達って関係が終わっちゃうよ。
「リコのこと好きなんだ」
「・・・・」
「リコ?え?泣いているの?」
「え?」
私はリンちゃんを見つめたまま、涙が頬を伝っていくのを感じていた。
「い・・・嫌だった?」
「えっとね・・・えっと・・・
へへ・・・わかんないや・・・
ごめん、今日は・・・もう帰るね」
私はリンちゃんを浜辺に残して、一人で帰った。
あれから1ヶ月。
私はリンちゃんから何度も連絡をもらっていたのに、一度も返事をしないままになっていた。もう1週間くらい前から、リンちゃんからの連絡は来なくなった。
また、私の世界はモノクロームになってしまった。
「リコー?聞いてんのか?」
あのクラスメイトが、また私を使いっ走りにしようと話しかけた。話しかけられても、少しの色の変化もない。
「何?」
「あ?なんだよその態度。ジュース買ってこいって言ってんだよ」
「自分で行きなよ。子供じゃないんだし」
言ってしまった。これは怒るだろうな。もしかしたら叩かれるかも。
でも、ずっと言ってやりたかった。
やっぱりクラスメイトはめちゃくちゃ怒ってる。怒鳴って私につかみかかろうとして
「長岡?」
廊下の方から私を呼ぶ声がした。声の方を確認すると写真部の部長さんが目に入った。
「なんだ?なんか困ってんのか?長岡」
「え?3年?なんでリコが3年とつるんでんの」
クラスメイトはすぐに私から離れた。
「長岡、時間あるならちょっと部室に来なよ」
私は席を立ち、部長さんの後についてクラスを出た。
部室のパイプ椅子に座って部長さんを待っていると、3分程で部室に戻って来た。
「ん」
と言って、部長さんは缶入りのココアを差し出した。
「ココア飲める?」
「あ・・・買って来てくれたんですか?」
「まあね」
ありがとうございますと言ってココアを受け取った。
「いやあ、最近の長岡。ちょっと見ていられないくらい落ち込んでるからさ。なんかあった?話聞くよ」
いえ、別に何も、が通るような雰囲気ではないことは明確だった。
私は部長さんにリンちゃんとのことを話した。
部長さんは途中から何故かちょっとニヤけながら話を聞いていた。
「あー・・・長岡さぁ。それ友情じゃないぞ?」
「へ?」
「んー・・・友達と手を繋いで胸がキュンとはならないんだよ。まあ個人差はあるだろうけど。それに友達と別れる時にそんなに寂しくはならないんだよな普通。まあ個人差はあるだろうけど。長岡の場合は個人差の範疇を超えてるよ」
「じゃあ私は」
「リンちゃんのこと、好きなんだと思うよ」
あれ?部長さんの唇の色、ピンクで綺麗。
髪もまっすぐで艶のある黒。綺麗。
爪も桜の花びらみたいで。綺麗。
色が。どんどん世界が色付いていく。
「長岡、大丈夫?」
「はい、ありがとうございます。私、リンちゃんと話をしたいです」
「そうそう、そういうの長岡っぽいよ」
そうだったのか。私はリンちゃんを好きだったのか。知らなかった。これが人を好きになるって感情なのか。
私はすぐにスマホを取り出して、リンちゃんにLINEを送信した。
リンちゃん!
既読がつかなない。そうだよな。流石にメッセージ無視しすぎだし
リコ
わ!来た!返信きた!
リンちゃん!
リンちゃん!
リンちゃん!
リンちゃん!
おお
どうした?
急に
会いたい!
会いたい会いたい!
今すぐ!
え
今すぐ?
私が行く!
そっちに行くから待ってて
「部長さん!会って来ます!今から!リンちゃんに」
「午後から課外授業残ってるだろ?」
「は・・・」
「長岡、お腹痛いんじゃないか?」
「え?いえ、別・・・に・・・
そう!お腹!痛いです!」
「そうかそうか。じゃあ今日は早退だな。帰ってゆっくり寝るんだぞ」
「いいんですか?」
「あとは上手くやっとくよ。先輩を信じろ」
「ありがとうございます!部長さん、行って来ます!」
私は部室を飛び出した。
教室に戻って自分の荷物を急いでまとめて学校を抜け出した。
うわあ、初めてだこんなこと。お父さんお母さんに怒られちゃうかな。先生に嘘ってばれちゃわないかな。
どうしよう
どうしよう
めっっっっっちゃ楽しい!
家に戻って「ライカM5」を手に取り、スクールバッグにしまって家を飛び出した。
日豊本線に飛び乗って、リンちゃんの街に向かった。
車窓から流れる風景はどれもとびっきりの彩りだった。
スクールバッグにライカをしまった時に気づいていたが、リンちゃんのポートレートを現像したものをスクールバッグに入れたままにしていた。
あの日以来、初めて現像した写真を見る。
あの日の、あの砂浜の、リンちゃんの眼差しは。
やっぱりすごく綺麗だった。
最後に撮影した写真は、飛行機雲のまっすぐな雲を指でなぞるように片目を瞑ったリンちゃんの横顔だった。
駅に着いて改札を抜けると、駅前のロータリーに。
黒いコートを着た、あの日と同じ姿のリンちゃんがいた。
リンちゃんも私に気づいて近づいてくる。
あと数歩というところで立ち止まって
「ライカさん?」
と意地悪なことを、すごく可愛い笑顔で私に聞いた。
私は黙ってリンちゃんに抱きついた。リンちゃんのほうが背が高いからリンちゃんの胸くらいの位置に。リンちゃんも抱きしめ返してくれた。
「長岡リコです」
「はは、リコ制服だからわかんなかったや」
「嘘つき、速攻見つけてたじゃん」
私はリンちゃんから少し離れてリンちゃんの顔を見た。
「会いたかった。ごめんねリンちゃん。こんなに遅くなっちゃって」
「ほんと、久しぶりだね」
リンちゃんは少し笑ってそう答えた。
午後の日差しが降り注いでリンちゃんを照らし、リンちゃんは女神様みたいに輝いていた。
私とリンちゃんは金ヶ浜の海岸線を二人で歩いた。
リンちゃんから手を繋いできたり、私から繋いだり。
他愛ない話で笑って。リンちゃんのこと、たくさん写した。
「あのねリコ。あれから私何度もリコに連絡したんだけど返信がなくて。もう諦めてしまおうかって思ってたんだ」
「ごめんね、私ちょっとパニックになってて。連絡きてたのは知ってたんだけど。返信する勇気が出なかった」
「この1週間、何度もメッセージ送ろうと思ってたんだけど。サラッとさ。ねえ今暇?って送ってみたらどうかって思って。メッセージ打っては消して打っては消してってずっとその繰り返し」
私たちはあの日のように砂浜に二人で座った。
「今日学校の先輩にリンちゃんのこと相談したらさ。それ、リンちゃんのこと好きってことだよって言われて。そしたらぶわーって色が溢れて来て。もうそれからはリンちゃんに会いたいの一心」
「色?」
「うん、色。この世界はたくさんの色に溢れてる。でも、私見ようとしてなくて。たぶんリンちゃんのこともそうだったんだと思う」
「そっか。それで?今はどう見えるの?」
「こんなに世界って綺麗なんだって。こんなに綺麗なら見なきゃもったいない!」
「ははは。リコって根性あるな」
「何それ。リンちゃんのことだって。見なきゃもったいないって思った。十六歳の私達って、今しかないじゃん」
私は立ち上がって波打ち際に向かって歩いた。
振り返るとリンちゃんも立ち上がってこちらに歩いて来ている。
それ、リンちゃん。その表情だよ。
私はライカを構える。
ファインダーを覗くと、世界で唯一の色彩を放っているリンちゃんが目に飛び込んでくる。
金ヶ浜の情景はぼかして、リンちゃんに焦点を合わせた。
この瞬間のリンちゃんは、誰が何と言おうと私だけのもの。
シャッターは切ったけど、私はそのままファインダーを覗き続けた。
愛しい君にそっと。
フォーカスしたまま。
inspired by the hitotsuba candy house’s song
“focus”