結婚して一ヶ月で夫が妊娠した女性を連れてきた
5月7日 加筆修正しました。
結婚式が済み、初夜も無事に済んで結婚式から一ヶ月が経った。
女主人としての仕事も、この家のやり方にもようやく馴染んできて戸惑うことも少なくなってきたかなと思う。
今日は結婚してから初めて夫から「昼食を一緒に」と誘われて少しウキウキした気分で化粧直しをして鏡に映る自分に満足して、弾む足取りを抑えながら食堂に向かった。
既に夫が待っていて「おまたせしました」と声をかける前に夫の隣には見たこともない女性が座っている。
私は首を傾げてその女性を夫から紹介されるのを待っていると「食後のお茶できちんと紹介する。名前はビューイング・ハンドルカだ。妻のレベッカだ」挨拶を交わしてやはり首を傾げて席に着く。
ちゃんとした挨拶もなく食事が提供され始める。
「ハンドルカ男爵家のご令嬢でよろしいですか?」
「ああ。合っている」
それからも何度かハンドルカ様に声を掛けたが、夫が返答するだけでハンドルカ様が私に直接答えることも、視線をわたくしに向けることもなかった。
座っている席も夫の隣に並んでいるし嫌な感じしかしなくて、食堂に浮かれてやってきたのに食事は砂を噛んでいるような味しかしなかった。
食事が終わり「応接室に行こう」と夫に言われて後をついていくときも、ハンドルカ様が夫にピッタリと寄り添っていることで、この後の話の内容が解る気がして溜息を一つそっと吐いた。
お茶の準備が整い夫が人払いをする。
カップを持ち上げて下ろす食器の音だけが静かな応接室に響き、数分経った。
夫が咳払いをして背筋を伸ばす。
私もお腹に力を入れて、何を言われても取り乱さないと固く決意をした。
「ビューイングが私の子を妊娠した」
「・・・そうですか。で、どうされたいのですか?」
「この家に迎え入れたいと思う」
「そうですか、では私は出ていきますね」
「えっ?いや、君には妻としてこの家に残って欲しい!」
「嫌ですよ」
夫のあたふたとする姿を見て心が冷めていく。
「きちんと離婚しましょう。ハンドルカ様も中途半端な立場だとお辛いでしょう」
「いや、でも・・・」
「エードット、男としての責任は取ってください。いい加減なことをしてはいけないわ。今月中に私は荷物はまとめて出ていくわね。離婚届の用意をお願いね」
「いや、離婚はしない!!」
「では裁判所でお会いすることになるのかしら?」
「いや、ちょっと待ってくれ!ビューイングも妻の立場は望んでいない!!」
「そうですか。それはそちらの問題で私には関係ありません。わたくし、裏切る人のことは信じられないの。だから結婚生活を続けようと思えません。現時点で妊娠しているということはわたくしとの結婚前から裏切っていた。ということでしょう?わたくしには受け入れられることではありません」
私はテーブルの上にあるベルを鳴らすと、家令のシアが音もなく現れる。
「旦那様が他の女性と子作りをされたそうです。わたくしは今月いっぱいでお暇を頂くことになったので、その準備をお願い」
シアが旦那様を睨みつけ、隣にいるハンドルカ様に視線をやる。
「シア、解ったかしら?お返事がないようだけど・・・」
「・・・かしこまりました」
「離婚届の準備もお願いね。それと私の持参金の返却も私が出ていくのと同じ日には完了させてね。あっ!それから女主人の仕事はこの後一切手を出さないから」
「奥様・・・」
「シア。・・・よろしくね」
シアに向けてニッコリと微笑む。
「かしこまりました」
シアは応接室から出ていったので、私もその後に続くことにした。
「レベッカ!!」
呼ばれて立ち止まり、振り返る。
「あぁ、忘れてましたわ。慰謝料は父から請求させますね。ハンドルカ男爵にも慰謝料は請求させていただきますね。では、ハンドルカ様、失礼いたします」
夫、エードットとわたくしはお見合い結婚ではあったけれど、婚約期間中に薄らと恋愛もしていた。つもりだった。
燃え上がるようなものではなかったけれど、互いに好意を持ちいい関係を結べていると思っていた。
それをまさか婚約中から裏切られているとは思いもしなかった。
完全に信じていた自分の馬鹿さ加減が嫌になる。
お父様が調べた時は怪しいところはなかったと聞かされていたのだけれど調べが足りなかったのか、その後から他の女性に手を出すようになったのか、わたくしには判断できないのだけどどちらにしても裏切られてしまった。
残念なことに結婚して体を開いてからは、エードットへの愛はどんどん深まっていった。
昼食を一緒に取ろうと誘われただけでウキウキしてしまうほどに。
人に裏切られるのってこんなに苦しいのね。
ハンドルカ様が居なかったら取り乱してしまうところだったわ。
居てくれて良かったとしか言いようがない・・・。
父への手紙を書き上げて、屋敷のメイドに伝令を出してくれるように頼む。
実家から連れてきた侍女二人に離婚することになったことを伝えると、目を見開いて「どうしてそんな話になるのですか?」と聞かれて、嬉しくない説明をすることになった。
侍女への説明が自分自身へのダメージとなった。
「今月中に出ていくので早急に荷物をまとめてね」
「すぐにでも出ていきましょう!!」
「そうしたいところだけど、さすがにそれは無理だと思うわ。それに逃げ出すようでなんだか嫌だわ」
まぁ、実際逃げ出すんだけど。
浮気だけならまだ目をつぶれても子供が出来たらどうしようもない。
私に子供ができる前にさっさと離婚してしまった方がいい。
侍女が席を外したことで少し気持ちが緩んでしまう。
昼食前には浮かれた気分だったのに食事をしただけでこんなに惨めな思いをするとは思いもしなかった。
鏡に映るわたくしが涙を流していることが憐れだった。
その日の内に父から手紙の返事が届いて「実家に帰ってこい」と言ってもらえたのでまとめた荷物をどんどん実家へと送った。
何度か夫に話し合いたいと言われて席を設けたが「離婚したくない」と言うばかりで、謝罪もなく実りある話もなかった。
まぁ、実るような話など出て来ることはないのだけれど。
実家へ戻る準備をしていると、精神的な疲れなのか疲労なのか体調を崩してしまった。
二〜三日起き上がれなくなってしまって自分の脆さに嫌気が差してしまう。
一日の中で体調の良いときと悪い時が交互にやってきて「本格的に体調を崩す前に実家へ帰るほうがいい」と侍女たちに言われて実家に帰る決心をした。
所構わず吐き気がしたので夫にその事を知られたくなかった。
夫は離婚届にサインをしてくれず、わたくしは離婚の申し立てを王宮に願い出た。
体調の悪さに対応できなくなってしまって、父に全てを任すことにした。
わたくしは離婚届にサインをして父にすべてを任せることになってしまった。
本格的に体調を整えられなくなって寝たり起きたりを繰り返す。
早く離婚が成立してくれないと・・・。
困ったことになってしまう。
三ヶ月ほど掛けて調停人を挟んだ話し合いが行われ、夫がやっと離婚届にサインしてくれた。
離婚が成立してやっとわたくしはお医者様を呼ぶことができた。
そしてわたくしが妊娠していることが確定した。
エードットに知らせる必要はないと家族が言うのと、わたくしも調子の悪い時に夫の自分勝手な言い分を聞きたくはなかったので知らせなかった。
傷心中ということにして社交界には顔出しをせずにすませた。
わたくしが子供を産む少し前ハンドルカ様が出産して、エードットには似ても似つかない子供を産んだらしいという話を母が仕入れてきた。
エードットも疑いを持っていたのか他に理由があったのか解らないけれど、ハンドルカ様と籍は入れなかったらしい。
ハンドルカ様は男爵家へと戻られた。とこれも母が聞いてきて教えてくれた。
それから二ヶ月後、わたくしが出産した。
どこから漏れたのか、私の出産も噂になりエードットはその真偽を確かめるべくわたくしに面会の申込みをしてきた。
リーダックと父が名付けた男の子を胸に抱き、エードットと対面した。
どこからどう見てもエードットにそっくりな子で、エードットは感激していた。
「やり直したい」
と自分勝手なことをまた言い出した。
「お断り致します」
興味がなかったのでハンドルカ様とどうなったのか、尋ねなかったのにハンドルカ様が如何に不実であったか、わたくしが必要なのだと必死に言い募った。
「もう既に離婚して縁が切れているのですからエードット様が誰とどうなろうとお好きになさったら宜しいのではないですか?私には関係ありません」
「私達の子供が生まれたんだから縁が切れているってことはないだろう?!」
「リーダックとエードット様の縁は切れないかもしれませんが、わたくしとは赤の他人です。それに、わたくしが再婚でもすればエードット様はリーダックとも関わりを持てなくなると思いますよ」
だから最初から関わらないほうがいいのでは?と言いたかったけれど、それは言わずに我慢した。
「再婚の話が出ているのか?!」
「いいえ、出ていません。例えばの話ですよ。近い未来に起こることだと思いますが」
「そうか・・・よかった。私が正式に再婚の申込みをするよ」
「はぁ・・・話になりませんね」
疲労感だけが増していく会話をもう止めたかった。
それからリーダックが泣き出すまでエードット様は居座り続けた。
次からは面会拒否してもいいかしら?
でも子供の父親だし会わせないわけにはいかないのかしら?
こういう時の正しい対応が解らないわ。
この国では離婚してから産まれた子供は基本、夫には何も権利がない。
誰の子供か証明できないから。
リーダックのように見るからに元夫の子供だと解る場合や、元夫の申し出があり元妻が認めた場合のみ認知する事ができる。
それはもう、複雑な手続きがあるらしいけど。
エードットはその手間は惜しかったようでリーダックの認知はしないままだった。
わたくしとしては関わりたくはないんだけど、ハンドルカ様との子供がエードット様と似ても似つかなかったのでリーダックに執着しているように見えた。
翌日、本当に再婚の申込みが父へと届いた。
父はその申し込みをわたくしに見せて、わたくしがどうしたいか聞いてくださったので「断ってください」と伝えると暖炉に手紙を投げ捨てた。
断りの返事を書き送り返したが、週に一度は再婚の申し込みが届いているらしい。
煩わしくなった父はわたくしの再婚相手を探すことにすると言っていた。
子供が生まれたばかりだし簡単に相手は見つからないだろうけど、探し始めて十日ほどで我が家に一人の男性が来られた。
お会いするのは初めてだったけれど侯爵家の次男坊で騎士爵を賜ってらっしゃると聞いたことがある方だった。
正直一代騎士爵と思うと結婚には踏み切れないと思った。
再婚した場合はリーダックもその相手との子供も外へと出る身分になってしまう。
自分の子供が平民へと落ちてしまうのは許容できない。
条件を見ながらふとおかしくなった。
わたくしには見極める目など持ち合わせていなかったことを思い出した。
一度お会いすることになって会うと、来月男爵に昇爵すると言う。
「満足せずに頑張ります」という決意表明を聞いてその日は時間となった。
野心あふれるいい人なのだろうけど、男爵家ではリーダックの後ろ盾にはなれない。
父にお断りを伝えると「まぁ、そうだろうな」と笑ってらしたので、想定内だったようでホッとした。
それから一週間もしない間に何人かの人と会うことになり、その中で一人だけ、リーダックの事を尋ねてくれて「子供が好きなんです」と言ってくださる方がいた。
私に関心を向ける人達よりか子供を大事にしてくれる人ならばと、その人に関心を少し持ったけれど、心の何処かで気乗りしなかった。
結婚自体に乗り気ではないのかもしれないのだと自覚した。
それからも驚いたこと結婚の申込みはあり、学園で二つ上の個人的にも話をしたことがある人からの申込みがあった。
マルワスカ・チュデウス侯爵。マルワスカ様は在学中にお父様が亡くなられて、在学中に爵位を継がれた方だった。
わたくしを見る瞳に甘いものはなくどこか探るようにわたくしを見据える。
「ご結婚されたと記憶していたのですが・・・」
少し私が戸惑うと「よくある話すぎて言いたくはないのですが、結婚式をする直前に他に好きな人が居ると言い出して、私との結婚生活は白いものだったんだよ。それでつい最近なんだけど婚姻解消が認められたのだ」とわたくしに話してくださいました。
だからほんの少しも婚姻に夢も希望も抱いていないこと、わたくしと0からの関係を初めてみたいとおっしゃいました。
今まで会った中で一番誠意があったような気がして、知っている方なので気心もしれている。
「既に子供が居ることをどう思われますか?」
「チュデウス家を継がせるわけにはいかないが、少しでもいい相手を探すことには尽力するし、我が子と同じ扱いになるようには努力する」
それは誠意のある言葉だと思えた。
エードットの再婚申込みも、面会申込みにもうんざりしていたので、マルワスカ様には嫌なものは感じなかったので、次にお会いする約束をした。
それから何度かデートをしてみたが薄らとした友情とは少し違う情を持てたが、結婚に踏み切る何かはなかった。
無駄にデートを重ねることに意味を見いだせなくなった頃、互いに「縁がなかったようだね」と笑った。
わたくしは父に無理にご縁を探しても良い結果が出そうにもありませんと伝えると「そうか」とだけ言って私の婿探しは一旦取りやめることになった。
エードット様から届いていた再婚の申込みの数が減ったと聞いて安心していると、別の方と再婚をすることになったらしいと噂を耳にした。
ご結婚されたらリーダックに抱く関心も薄れるだろうと思っていたら、本当にあっさりとリーダックに関心を示さなくなった。
ああやっぱり。としか思わなかった。
面会の申込みもぴたりとなくなった。このまま縁が切れてしまえと心から願った。
数年後、わたくしは後妻を探している三つ上のキャスバル侯爵に嫁ぐことになった。
その方との子供も三人産んだ。
リーダックが十五歳になり立派な青年になってわたくしは感無量だった。
婚約相手も12歳の時に決まり伯爵家ではあるが当主として迎え入れられることが決まっていて、お相手の娘とも良好と思える関係を結んでいる。
幸せに暮らしているそこにエードット様から手紙が届いた。
男の子に恵まれなかったたため後継ぎが必要だと。
正直わたくしの心は少し揺れた。
婿入りしても伯爵位は所詮伯爵でしかない。
侯爵家が継げるのなら、リーダックのためにはいいのではないかと。
リーダックに父親からの手紙を見せると「一度会ってきます」と言ってわたくしは複雑な気持ちになった。
リーダックと旦那様は何かを話し合っていて、エードット様とも何度も会って話し合っているようだった。
こちらからの条件は侯爵家を継いでもかまわないが、リーダックはキャスバル家のやり方しか知らないのでこちらのやり方で侯爵を継ぐことになることや、侯爵家を継いだら口は出さないことなどの条件をつけて、跡を継ぐことに決まった。
「娘がいるならなぜそちらに婿を取ってという話にならなかったのですか?!」
私は不愉快も顕に尋ねると「再婚相手が産んだ娘が本当の子か確証が持てないため跡継ぎに出来ない」
そんな風にエードット様は考えているらしかった。
わたくしはすごく不愉快になったけれど、侯爵家が継げるのだからと夫とリーダックに説得されて納得した。
「婚約はどうなるのですか?」
「二人の気持ちは変わらなくて、リーダックにどこまでもついていくと言ってくれている。伯爵家は妹君が継がれるそうだ」
「本当に大丈夫なのでしょうか?エードット様の奥様にリーダックが嫌な思いをさせられることはないのでしょうか?」
「引き継ぎが終わったら領地に下がるという契約を交わしているから心配ない」
「そんなにうまくいくでしょうか?」
「上手くいかなくても、それをなんとかすることがリーダックの最初の仕事かもしれないね」
「そう、でしょうか?旦那様はリーダックを助けてくださるのでしょうか?」
「当然だ。血は繋がってはいないと言っても、どの子供より長い付き合いがあるんだ。リーダックは私にとっても可愛い息子であることには変わりはないよ」
「旦那様・・・ありがとうございます」
リーダックは学園に通いながら、エードット様の下へ通い親子の交流をしつつ、領地のことなどを学んでいる。
時折婚約者のリスヴァール嬢も一緒に行って学んでいる。
リーダックはエードット様に父親を求めていないことが解った。
リーダックにとっても父親は旦那様だと知れてとても心が温かくなった。
エードット様とリーダックが会ったのは本当に小さな頃数回だったし、わたくしの旦那様はリーダックを分け隔てなく愛していてくれたから。
リーダックが学園を卒業すると、エードット様は妻子を領地に下がらせ半年ほどリーダックとの生活を楽しんでエードット様も領地へと引き下がった。
二人は連絡を取り合っているのかもしれないけれど、それっきりエードット様の話はわたくしの耳には入らなくなった。
リーダックがリスヴァール嬢と結婚して、立派な侯爵になっているようにわたくしには見えた。
実際は苦労をしていることも多いのだろうけど、わたくしに会う時には苦労しているようなことは匂わせなかったので、幸せなのだと思うことにしている。
リーダックにも跡取りが生まれてこれで収まるべきところにすべてが収まったのだと安堵した。
修正したにも関わらず、誤字脱字・・・。
訂正していただいてありがとうございます。