茶目のち雪女
「……ありがとうな雪撫。それとごめん」
「何を謝っているんですか?」
「いや、力になるとか言いながら蓋開けてみりゃこんな情けない奴でさ」
家を出ると雪撫は体を返してくれた。彼女の姿を見て自然と謝罪を述べていた。
謝っても悔やんでも、何も変わらない。そんな事は分かっている。それでも、申し訳なさと後悔で気が付いたら口走っていたのだ。
「……真君は強いですよ」
雪撫は首を左右に振って俺の言葉を否定した。
「え?」
「あの時、『誰かが助けなきゃいけねぇだろ』なんて言えるのは強いひとですよ」
「え、いやだって……」
「誰か他の方で前に出ようとした方は居ましたか?その子を離せと叫んだ方は居た記憶が無いですよ。あの時、真君が私を頼ってくれなければ被害は広がっていたかもしれません」
「そ、それは……」
「ね?」
「……」
笑顔で言いくるめられ、俺は返答が出来なかった。
彼女に聞こえるか聞こえないかの声で礼を述べる。
「お礼なんていいですよ。それより私の方こそありがとうございます」
「ん?」
独り言並に小さい声量だったのにしっかり聞き取っているようだ。
「実は、人間界で取り憑かずに妖力を使ったのは初めてだったんですが、普段の数十倍必要でした。実は結構ギリギリで、真君に取り憑かないと数十分の命でしたよ私」
「いや言えよ!?」
「いやぁ、一応仲間か分からない状況でしたし」
「いやまぁ、それもそうだな。今はもう大丈夫なんだな?」
「はい。もう回復したので大丈夫です」
「それなら良かった。それと雪撫、別に敬語なんか使わなくて良いんだからな?いや、癖なんだと言うなら仕方ないけどさ」
「良いんですか?」
「だって何処か壁を感じるしさ。あんまり好きじゃないんだよな」
「それもそうですね……じゃあ、やめよ!」
敬語を止めるのは簡単じゃないだろうから徐々に……と思ったが、雪撫からするとそんなことも無いようだ。
「あぁ、それでいい」
「まぁ私の方が年上な訳だから真君が敬語使うのが正解だけどなぁ」
「人生と妖生を一緒の基準にするなよ。いや妖生ってなんだよ……」
「自分で突っ込まれても……」
そんな軽いやり取りをしながら、俺達は今朝妖人に出会った街へと到着した。
「さっき来た時も思ったけど、人間の街って随分と荒れてるんだね」
「いや、妖人が増えてからこうなっただけで元々はちゃんとした街だったらしい。今じゃ妖人に怯えて食料やら生活必需品を買いに来る始末だ。店員が可哀想で仕方ない」
「そっか、そんな状況なら確かに半憑依した妖怪を退治しようとするよね……」
「そもそも、天空の妖界から魑魅魍魎が降ってくる状況になった事が根本的な問題な訳だから、その穴を開けた奴が一番の原因だろ」
「それは確かに……ってあれ?」
「どうした?」
「あの人間……さっきの子じゃないかな?」
「あの人間……って、お前と俺じゃ視力に差があってよく分からん」
雪撫の指さす先、見慣れた建物の前に人らしき姿が見える。しかし、流石に顔までは見えなかった。
あの建物は今朝雪撫と再会をした店の前だ。
「さっき半憑依した妖怪に襲われてた子があそこに立ってるの。誰かを探している様子だけど……」
「ふぅん、待ち合わせなのかね?話くらいかけてみるか?」
「そうしようか」
少し駆け足で街の中を進む。一日に数回出会う程妖人がいる訳ではないが、とはいえ先程の騒ぎからの今だ。急ぐに越したことはない。
灰色のブレザーに青いスカート、赤いリボンに長い黒髪。距離が縮まり、確かに彼女が今朝の女の子である事が分かる。
「あ!」
彼女もこちらの姿に気が付いてこちらに駆け寄ってきた。真っ直ぐ歩いている所を見ると、どうやら目的は俺達だったようだ。
「あの、先程助けてくれた人ですよね?」
「ん、まぁ俺というより助けたのは雪撫だけどな」
「そこは素直に受け取りなよ真君」
手柄を奪う趣味は俺にない。
「あの、本当に唐突でおこがましいと思うのですが……その、もし良ければもう一度助けて貰えないでしょうか?」
「というと?」
「実は、私の父が何かに取り憑かれているんです。ただ、街にいたあのような見た目ではなく、普通の見た目をしている為分からないかもしれません」
「完全に憑依した妖怪って事か。どうする?」
「どうするって、私が嫌だって言っても真君行くんでしょ?」
「そりゃあ勿論」
「じゃあ私も行くよ。それに、丁度良かったね。えぇっと、人間さんお名前は?」
「あ、私は大葉茶目といいます。家はここから数分歩く場所にあるのですが、ついてきてくれますか?」
「分かった」