呪術のち雪女
「御社さんの能力は、呪怨の類ですね?」
「ほぅ、そこまで分かるのか」
「はい。抵抗すればする程拘束がキツくなったので。抵抗を止めればそれも弱くなるのだと判断しました」
「で、でもどうやって解いたの?私解除なんてしてないのに……」
「拘束が緩くなるという事は、私にかかっている力が弱くなっているという事なので、解く瞬間に一気に力を入れれば解けるのです」
「ま、参りました……」
「なるほどなるほど、皆さんは妖力とは似て非なる何かを扱えるのですね。確かに妖怪にも通じる能力であると。それじゃあ真君も何かあるんですか?」
「……」
「……」
「……」
三人が顔を伏せ、口を閉じる。
「あ、あれ?」
「無い訳じゃないが……無いに等しい」
自分で言うのも悲しくなってくる。
きっと御社の呪術や千宮司先輩の妖力を見た事で、俺に対しても期待しているのだろう。少年のような輝く瞳をしている。
「俺は……他人の能力を借りる能力だ」
「えーっと、つまり御社さんの能力を真君も使えますよーみたいな?」
「ただし能力を貸した人間は精神が無くなり、人形のようになる。わざわざ自分の身を犠牲にしてまで能力を貸す奴はなかなかおらぬよ」
「な、なるほどぉ……それで先程守られる立場であると言っていたのですね」
「で、でも真君は能力を貸す為の体作りとして毎日ランニングとか筋トレ、柔軟をしっかり行っているのよ?」
「ただ、あまりにも身体能力に差があると体の使用者がポテンシャルについていけないという問題もあるがな」
「な、なるほどぉ……」
「ま、能力は選べぬし言っても仕方あるまいよ。さてと、改めての自己紹介も終えたし……どうするかの作戦会議をしないといけないな。雪撫、こやつには取り憑けるのか?」
千宮司先輩は俺の名前をあまり呼ばない。
こやつとかそやつで名前を呼ぶ。
「あ、もう入って良いのですか?」
「俺は全然良いよ」
「では……」
「……」
「……」
「……え、終わった?」
「え、あ、はい。もう取り憑きましたよ?」
「全然取り憑かれるって感覚は無いんだな。体に変化も無さそうだ」
雪女に取り憑かれるなら手先が冷えたりするものだと思っていたが、特に冷気を感じることも無い。
「あ、そうなんですね?人間の体については私に分からないので……あ、でも取り憑いた証明なら出来ますよ。こう、妖力を押さえると姿を消す事が出来ます。まぁ取り憑かれている真君は見えますけど」
「ほう、妾も結構霊感には自信があったのだがな。部屋に溜まった妖気どころかこやつが纏っていた妖気まで感じられなくなっておる……なるほど、姿の心配は不要であるということだな」
「はい。真君の学校に行ってもそう簡単にバレる事は無いかと……あれ、そういえば皆さん何故ここに?学生なのですよね?」
「あぁ、今は課外課題中じゃ」
「課外課題……?」
「妖怪には聞き慣れぬ言葉かもしれんな。まぁ簡単に言うと学園の外に出て妖人か妖を退治してこいと学園から言われたのじゃ。御社はもうクリアして、あとはそやつだけじゃ。妾は先輩としてその課題をクリア出来たか審査する立場」
「あ、じゃあさっき私が半憑依の――」
「勿論認めぬよ?」
「え゛」
「何故なら今ここに集まるまでお主が敵である可能性があった。つまりこやつとは関係ない妖怪という訳だ。不満かもしれぬが仕方あるまいよ」
なんとかならないかと訴えたいところだが、彼女の言う事はもっともだ。雪撫もそれに納得しているのか、特に反論はしていない。
俺が河原で悩んでいた理由もそれだ。
学園では妖怪に抗える術として、不思議な種を貰う。それを口から摂取すると、その人間は妖気とは似て非なる不思議な力を手に入れる事が出来る。
不思議な力がどのような能力になるかは個人差があり、人それぞれ能力が違う。当然俺のように戦えない能力が発現する者もいる訳だ。
そんな能力でどう戦えば妖人に勝てるだろうか?
御社が力を貸そうと提案してくれたが、くだらないプライドがそれを拒んだ。
心のどこかで見返してやりたいとか思っているのは自覚している。幼稚な意地で変えられる現実なんてほとんど無い事も理解しているつもりだ。
そうして時が経ち、何も出来ない自分に嫌気がさす。ただの馬鹿な悪循環だ。
自己嫌悪に陥ってただ俯く事しか出来ない。
「それじゃあ今から協力して妖人を退治してくればクリアになりますか?」
雪撫が明るい口調でそう言った。
「それは言うまでもなくイエスだ。まぁ出来ればの話だがな」
わざとらしく言葉の後ろを強調して千宮司先輩が言い返す。
「なら真君! 行きましょう! 今すぐに!俯いている暇なんてありませんよ!」
「お? お、うおぉぉ!?」
雪撫が俺の肩に触れると、自分の意思とは無関係に体が立ち上がった。自分の後頭部が視界に入っており、自分の体はやる気満々に腕を回している。
自分の能力で体を貸している時に似ている。という事は……
「まずは先程街の方向に行ってみましょう!また見つかるかも!」
「急にどうしたお主……いや、雪撫だな?」
「はい!体をお借りしました!」
どうやら自分の意思とは関係なく体の操縦権を奪えるようだ。能力を借りる時とは似て非なる状況になっている。
後者は俺が許可を出さなければ貸す事は出来ないし、貸している俺自身は意識を持っていない。
「俺が妖怪になった感じか……?」
「しかし、荒れた街にまだ妖人はおるのか?妖気は感じぬが」
「そうですね、私も感じません。でも、隠しているという可能性もありますよ」
「ふむ、確かにな」
どうやら俺の声は聞こえていないようだ。
また、姿も見えていないらしい。俺が天井を飛び回っても誰一人こちらを見ていない。
「へぇ、床とか天井もすり抜けられるのは面白いな……」
「あの真君……私には姿も見えてますし、声も聞こえてますからね?何を考えているのか知りませんが!」
「ん!?」
雪撫がじっと俺の方を見ている。
いや、別に何かいやらしい事を考えていたという訳ではなく、純粋に感心していたのだが……
というか俺の顔面で頬を膨らませないでほしい。見慣れている顔であるとはいえ、自分の意思とは関係なくむくれているのを見るのはちょっときつい。
「……どうやら、体に戻ってきた時一発殴る必要がありそうじゃ」
千宮司先輩は雪撫の言葉からこちらの状況を直ぐに理解したらしい。いや、本当に変な事を考えていた訳ではない。暴力ダメ絶対。