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天空の妖界  作者: siguhatyou
出会い
6/15

紹介のち雪女

「夢を現実に、現実を夢に。夢と(うつつ)を生きる者。それが私の探している妖怪夢現の凪君です」


「ほー、随分と格好いい紹介文句じゃな。とはいえ、聞いた事のない妖怪じゃ。外見の特徴とか、能力の特徴は無いのか?」


「そ、それなんですが、その……」


 雪撫は初めて表情を曇らせた。言葉の先を言いにくそうにもじもじとして目を泳がせている。

 俺達はそんな彼女に何かを言おうとはせず、彼女の言葉を待った。


「えっと、あの、覚えていないんです……」


 少し時間が経ち、ようやく彼女の口から洩れたのはそんな言葉だった。


「覚えていない?」


「はい……彼がいた事、私と過ごした時間があった事は覚えているのに、どんな妖怪だったのかを思い出せないんです」


 一度喋れば後ろを続ける事はそんなに難しい事じゃない。雪撫は拳を握りながら、顔を下に向けて更に言葉を重ねた。


「彼が言ってくれた事も、教えてくれた事も、もらった物もあげた物も、行った場所も全て、記憶には残っているのに、夢現という妖怪の姿形だけが、どうしても思い出せないんです」


 コトンと何かが落ちる小さな音が聞こえた。とても軽い何かが落ちる音。

 雪撫の方から聞こえるそれの正体を知ろうと彼女の足元へ視線を向ける。

 彼女の甲に落ちたそれは、コロコロと俺の足元に転がってきた。拾い上げる前に溶けて床に水たまりを作る。

 ようやくそれが涙であることに気が付いた。


「会いたいのに、また彼と笑いたいのに、彼の事をなにも思い出せないのです」


「記憶喪失……というわけではなさそうじゃな。大丈夫か?」


「大丈夫……だと思います」


「いや、夢現ではなくお前の事じゃ」


「私……は大丈夫です」


「雪撫ちゃんは、その彼が好きなのね」


「はい……」


「あい分かった。良いだろう、妾達も手伝おうではないか。その妖怪探し」


「えっ――」


「ん、聞こえなかったか? 妾達も手伝うと言った。正直話を聞いた感じ、その妖は自らの存在を夢に変えてしまったと考えるのが妥当だ。夢になった者を探す等おかしな話だが……泣いている女をそのまま見捨てる等出来んしな。それに、この状況で『分かりません』と答えるリスクを承知で言っているあたり本当の事なのだろうしな」


「良いんですか? でも、私は人間から見ると敵ですし……特に皆さんにとっては」


「そこの男が変な紹介をしたせいで妾達の事をちゃんと知らなかったな」


 いやらしい笑みを浮かべて俺に視線を移すが、俺は雪撫の方に顔を向ける事で無視をした。


「妾達は確かに、最近目撃情報が増えつつある妖人、半憑依の妖怪を退治する専門家の卵だ。ただ、その中でもかなりの異端児なのじゃ」


「異端児……ですか?」


「あぁ。そもそも妾達三人は妖怪を滅する必要はないと思っている。全ての妖怪が悪いわけはないし、半憑依の謎が解明できれば滅する必要などないのではと思っているからな。その理由は、お主も妾を見て気が付けるのではないか?」


「あ、やっぱり……千宮司先輩、混じっていますよね?」


「やはりな。じゃあ改めて自己紹介じゃ。妾は千宮司焔。父は人間、そして母は妖怪九尾の狐だ。あの百鬼夜行の日より前に人里で暮らしていた母が妾を産んだ。少しならお主達のような力も使えるぞ」


「半妖だったのですね……で、でもよくそれで陰陽師になろうと思いましたね。その、人間の学校?にもよく入れましたね」


「まぁ、実力主義の緩い学校だからな。ほれ、御社も改めて自己紹介するといい」


「それじゃあ改めて。私は御社好。純粋な人間よ。私達の学校はそんな純粋な人間でも妖怪と戦える術を教えて貰えるのだけど、私達はそれを能力と呼んでいるわ」


「能力って……随分な言い方ですね」


 御社の言い方が面白かったのか、雪撫は楽しそうに言い返す。御社はそれを不快に思った様子はなく、雪撫に微笑み返した。


「ちょっとだけ試してみる?」


「ん、んん?私にですか?え、それ私……」


「『動くな』」


「っ!」


 御社が動くなと口にした途端、慌てていた雪撫の体がピタリと動きを止めた。

 目を丸くしながら、必死に力んでいる。微かに体が震えてはいるものの、それ以上の動きは無い。


「『動け』」


「あっ……おぉ、動けるようになった」


「試すような真似してごめんなさい……」


「今のが能力ですね。面白い……あの、もう一度やって貰えませんか?」


「えぇ?」


「ほぅ?」


「は?」


 信じられない言葉を口にする雪撫に全員が面食らう。当本人は少年のように目を輝かせ、御社を見つめ返す。

 御社が困惑して千宮司先輩を振り返ると、彼女は面白そうに首を縦に動かした。やってみろと言いたいのだろう。


「う、『動くな』」


「ぐっ、うぅっ!」


 呻くような声を漏らして必死に力むが、彼女の体は細かく震えるだけだ。御社が解こうとすると、千宮司先輩がそれを止めた。


「んぎぎぎ……」


「い、いや無理すんなよ?」


「だ、大体分かり、ました。だから、こうして……」


 一人で何かを納得した雪撫は、突然全身から力を抜いた。体の震えが止まり、穏やかな表情になっている。

 というか普通に今喋っていたような……?


「よし解けた!やったー!」


「えぇ!?」


 その数分後、雪撫は部屋の中を飛び回り、喜びを全身で表現する。勿論御社が解いた訳では無い。自力で束縛を解除したらしい。


「ほぅ……中々出来る」

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