憑依のち雪女
「回答によってはお主は今この時をもって敵と認識する」
「ちょっ――」
今まで少しも感じなかった『敵意』が千宮司先輩から発される。先輩の言おうとしている事が分かっている俺達ですら身構えてしまう程の敵意だ。
敵意の矛先である雪撫は表情を動かす事無く小首を傾げる。
「大丈夫です真君。千宮司さん、確認したい内容はなんでしょう?」
「こやつに出会う事が無かったらどうやって探すつもりでいた?」
「真君にですか?それは勿論飛び回ってですね。凪君の妖力を探し回る予定でした」
「と言ってもその飛び回る妖力は無限でも無かろう?聞きたいのはそこだ。どうするつもりでいた?」
「どうって……あぁ、そういう事ですね。それはすみません、人に取り憑く予定でいました」
「……妖人になるつもりだったと?とすれば人の敵だと判断せざるを得んが」
「あ、妖人?」
「雪撫が今朝凍らせた奴らの事だ」
妖人とは、妖怪に取り憑かれて暴れ出した人間を指した言葉だ。人間では無いが、妖怪でもない存在。そうなってしまった奴らのことを言う。
今朝雪撫が倒した奴もその一人だ。
「成程、人間界では妖人と呼ばれているんですね。私達はそれを半憑依と呼びます。勿論あのような姿になる予定はありませんでしたよ」
「半憑依……ふむ、詳しく聞こう」
「ありがとうございます。私達妖怪は色々な種類が居ます。私のように取り憑く事でしか妖力を回復出来ない妖怪も当然存在します。そういった妖怪が人に取り憑く事を私達は憑依と呼びます。しかし、憑依は簡単に出来る訳でもないのです」
「えっと、そもそも妖怪はどうやって憑依をするのか聞いてもいいかしら?」
説明を遮るようにして御社が質問をする。
「人間の精神に潜り込む事で憑依を行います」
「精神に潜り込む……?」
「はい。えーっと、こう、ぐーっという感じというか、おりゃー!っていう感じです」
「……まぁそこは出来ないこちらが知っても意味の無い感覚じゃろう。憑依の説明を続けて貰えるか?」
雪撫の説明に半ば呆れながら千宮司先輩が続きを促す。
「精神に完全に出来るとその体を完全に乗っ取る事が可能です。しかし、精神力が強い人が取り憑かれる事に抵抗をすると弾き出されるか体の一部だけ憑依する状態になります。それが半憑依という状態、私も初めて見ました」
「という事は、精神力が弱い人間に取り憑く予定だったと?」
「話し合って取り憑くのが一番ですが、最後の手段としてはそう考えていました」
「ふーむ……」
「……」
「ん?あぁ、そんな緊張した面持ちせんでも大丈夫だ。さっき言った敵と認識するという事はただの嘘だからな」
「ふぅ……」
「だが、問題はお主じゃ」
千宮司先輩は雪女から俺へと視線を移した。勿論彼女の言わんとしている事は理解している。
「これで二度目じゃぞ。なぜ余計な事に首を突っ込む癖が直せん。自分では妖人に勝てないと自分で理解しているはずだが?」
「うっ――」
「今回も雪撫に助けて貰ったから良いものの……お主は助ける立場ではなく守られる側の人間であると何度も教えただろう」
「す、すみません……」
「もっとはっきり言うなら、お主は足手まとい、力不足であると自覚しろ」
「は、はい……」
「せ、千宮司先輩、そ、そんな言い方しなくても……」
御社が千宮司先輩を止めようとするが、それでも彼女は止まらない。首を横に振り、話を続ける。
「命の危険があるのだぞ?強い言い方にもなる」
二人から見られている前で千宮司先輩に叱られている恥ずかしさと己の無力さ、情けなさで心臓が痛い。
確かに俺は二人に比べて何も持っていない。それは事実だ。あの時女子高生を助けようとしても本当に助けられたかすら怪しい。
「足でまといのままチームに残るつもりか?妾達も危険になると分からんか?」
「す、すみま――」
「そこまでにして貰えますか?」
何も言い返せず、ただ謝る事しか出来ない俺の肩に冷たい手が置かれた。顔に溜まった熱がその温度で引いていく。俯いていた顔を上げると、俺と千宮司先輩の間に雪撫が割って入っていた。
「雪撫……?」
雪撫は俺の方に振り返り微笑むと、千宮司先輩へと向き直る。
「この一件、元はと言えば私が鞄を間違えてしまった事が発端です。それに、結局人の命は助かりました。何か問題がありますか?」
「それは結果論じゃ。お主が手を貸さねばこやつは一人で助けに行こうとしていたじゃろう。どうなるか予想できないか?」
「起こらなかった過去を振り返る事は大事でしょう。しかし、それは本人がやるべき事です。他人がどうこういうべき問題は無いでしょう」
「ん……いや、そうじゃな。すまぬ、妖人に鉢合わせたこやつを助けられなかった自分の不甲斐なさを八つ当たりしていたかもしれん。すまん」
俺を睨みつけるように見ていた千宮司先輩の視線が緩くなり、俺達へと頭を下げる。言い合いになったまま仲が悪くなる可能性があるかと不安になったが問題なさそうだ。
「い、いや俺の方こそすみません……」
「わ、私も口を挟んですみません」
「いや、お主が正しいのだから何も謝る必要は無い。それより自己紹介の途中だったな。探している妖の話から頼む」
「はい」