悪口のち雪女
売り言葉に買い言葉で千宮司先輩へ言い返してみたものの、実際俺の家には何も無い。
左右に建物が建っている訳でもないのに狭小住宅の様な見た目をした外装。
玄関の扉を開いてまず現れるのはとても狭い玄関。二人並ぶと足の踏み場が無くなるレベルだ。
そこから先に進むと洋室があり、右手には二階へと続く階段がある。階段を上った先には水廻りと和室が一部屋、洋室よりも狭い部屋には大きな窓が着いており、バルコニーとなっている。
一人暮らしなら十分過ぎる部屋だとは思うが、千宮司先輩が指摘したのはそこでは無い。一番広い筈の一階洋室についてを言っている。
確かに家具は机と椅子のみ、テレビ等の電子機器も無い。
「わぁ……『無』だねぇ」
人間の家自体が珍しいのか、雪撫は一人で部屋の探索をした後みんなの待つ洋室へと入ってきた。そして口を開いた一言がそれである。
「……お主凄いな、妖怪とは言えど異性の部屋じゃ。それなのにそこまで的確な悪口を言うか」
「えっ――あ、いや違うの真君!その、自然と出ただけっていうか、純粋な気持ちを述べてしまっただけっていうか……」
「お、落ち着いて雪撫ちゃん、それむしろ真君の傷口広げてるからね?一旦、一旦深呼吸よ」
「え、あ、はい。ふ、ふーふー……」
「で、無の部屋の住人よ、早速話をしたいのだが」
「雪撫が開けた傷穴をリーマみたいな悪口で更に広げようとするのやめて貰えますか……」
「リーマ?」
「リーマっていうのは穴を広げる工具の事よ」
「ほー……」
約二名が悪口という名の凶器を装備してこの家に乗り込んだのでは無いかと錯覚する程ズカズカと切り込んでくる。とはいえ、雪撫に悪気はないのは分かるし千宮司先輩が本気で言っている訳でも無い事は気が付いている。
このまま話をしても、二人の事をあまり知らない雪撫が戸惑ってしまうだけだ。生徒手帳も見られているし、二人も敵の可能性があると考えてしまうだろう。
その為に空気を和ませようと喋っているだけなのだ……え、そうだよな?
「まぁ話すとしても、まずは改めて妾達が何者なのかを話す必要があるだろうな。敵か分からぬままなのも気持ち悪いだろう?」
「あ、その……そうですね」
「そう畏まるな。妾は千宮司焔、この二人とチームを組んでいる五歳上の先輩じゃ。と、具体的な歳を話してみたが……お主ら妖怪にとっては五歳など同年代みたいなものか?」
「う、うーん……時間の流れは一緒ですし、それなりの差があるように感じますね」
雪撫は口元に指を当てて考えている様子を見せながら、その瞳は部屋の中をキョロキョロと見回している。
「なんと、そういうものか……っと、妾だけ喋っても仕方ないな、御社も頼む」
「はい。えっと、私は御社好。苗字でも名前でも、好きに呼んで貰っていいわ。様子を見る限り、私達二人はまだ少し警戒している様子だけれど、大丈夫よ、私達も真君と同じように手は出さないわ」
「あ、ば、バレちゃってました?すみません……」
御社の指摘に雪撫はようやく彼女へと視線を固定する。どうやら部屋を観察していた訳ではなく、二人が敵だった場合の逃げる算段を考えていたようだ。
「ん、良いのよ。私も雪撫ちゃんの立場ならそうするわ」
雪撫は御社の言葉に驚いて息を飲んだ。
御社、千宮司先輩の順に顔を見たあと、俺にも視線を移す。何かを探るような妖しい視線に目を離す事が出来なくなる。
しばらく俺を見つめたあと、雪撫は御社へと視線を戻した。
「やはり皆さん敵意は微塵も感じませんね?初めとても上手に隠しているのかと疑っていました」
「へぇ、瞳を見てわかるんだな」
「勘ですけど……うん、では私も名乗りますね。私は雪撫、雪の撫子で雪撫と申します。皆さんお察しの通り妖怪雪女です」
「ふむ……当然と言えば当然だが書物に乗っている姿とは全然似つかないな。で、どうしてお主のような美人がこやつと出会った?ナンパか?」
「おいこら、俺にそんな度胸があると思うか」
「……怒り方が絶対間違ってますよ真君。すみません。それについてなのですが、私もハッキリとしたお答えをする事が出来ないんです」
しまった、思わずそんな訳が無いという否定より先に自分を卑下する文句が先に口から出てしまった。しかもそれを妖怪である雪撫に突っ込まれてしまうとは……。
「ふむ?」
千宮司先輩は腕を組み、小首を傾げる事で雪撫に言葉の先を促す。
「私、元々人間界ではなく妖界に住んでいたのですが……気が付いたら人間界の空にいました。寝相には自信がありすし、寝ている間に自分からこっち側に来た訳ではないと思います。彼は落ちてきた私のクッションとなってくれたんです」
「……上空から降ってきた者と頭をぶつけて傷跡も無く生きているとか、お前も妖怪か?」
「確かに、腫れている様子は無い……人間だけどな」
なんで本気で怯えた顔をしているんだよ。今までもこれからも人間のつもりなんだが……。
「それで私、人間界に落ちてしまったのであれば……と、とある妖怪を探しているんです。その子も随分前にこちらに来ている筈なのです」
「あぁ、さっき言ってた夢現って妖怪の事か?」
「そうです!それで彼を探そうと――」
「ふむ……そうなると妾達は立場上一つ確認しなければならん事がある」
「確認、ですか?」
「あぁ。回答によってはお主は今この時をもって敵と認識する」