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オカルト部  作者:
2/14

一話目

一話目です。

 白番。先行。

 e4

 彼のチェスはそこから始まる。 

 時刻は午後十四時五分。立地が悪く、彼の住まう部屋は薄暗い。椅子に深々と座る少年はデスクの上に置かれたノートパソコンをぼんやりと眺めている。画面にはディジタルで再現されたチェス盤が表示され、現在は相手が思考中だった。対戦相手はイングランド国籍の外国人。レートは1678。手持ち十分。相手の黒駒が動き、少年の手番になる。彼は一秒ほど考え、次の手を打った。すぐに、間違ったかな、と思い直す。だが、三秒考えてそれが最善だと納得した。

 普通、このようなタイムロスを彼はしない。ただ、この時間帯の彼の脳はどうにも一日の中で最も効率の悪い働きをするのだ。逆に朝起きてからの数時間と、夜の十七時ごろが脳が最大効率を発揮する。その間の時間の大抵が、彼はぼんやりと過ごせる時間だと認識していた。特に、午後十四時と言う時間は、特に。

 ピロン。薄いスマートフォンが音を立てた。横目で画面を見る。

『英都。来週の土曜お邪魔するから、康子さん達によろしく言っといて』

 宛主は、演香。

 ため息を吐きながら、英都は思考する。

 康子とは英都の母で、ラインを送ってきた人物は英都の従姉である。彼女は親戚の紹介で近くの神社の巫女をしていて、何故か霊媒師だか祈祷師だかになる気でいるおかしな大学生だ。現在は一人暮らしをしていて、たまに意味もなく家に来る。

 彼女は英都のことを遊び相手に思っているらしいのだが、英都からしたら五月蠅い人物が来ると言うだけの話だった。そこに喜びもない。

「…演香がチェス出来たら、それも変わるんだけどな」

 言いながら、無いものねだりだと思う。チェスを趣味にしている人間は彼の周りには一人も居ない。当たり前のようでいて、それはそれで寂しかった。

 チェス盤に意識を向けると、いつの間にか中盤に入っていた。このレベルになると駒を打つのも早い。彼は三秒考えて、次の手を打った。

 後は、それが延々と続く。

 十分が経ち、英都の勝利で終わる。彼は少しの満足を胸に、演香のラインのことをすっかり忘れてデスクの周りを見渡す。

 彼の癖だった。デスクは綺麗に整えられ、珈琲の入ったマグカップとノートパソコンと黒いスマートフォンしか置かれていない。その物の静かさに少しの寂しさを覚えると同時に、すぐ横の窓から差し込む一筋の光に心が温まる。

 ああ、とても素晴らしい。

 チェスをした後、彼は必ずこうして美しい世界を認識する。この認識の数秒を邪魔されると、彼はとても不機嫌になるのだが、まだ一度しかその時を経験していない。むろん、その一度を邪魔したのは演香だった。

 ピロン。もう一度電子音が鳴る。数分の間に二度通知が鳴ることは彼にとって珍しかった。

 英都はスマートフォンの画面を覗く。

『みんな、来週の土曜日か日曜日空いてる?』

 宛主は有香先輩。部活動のグループラインだった。オカルト部、これが彼が所属している部活である。部員は四名と最低限の人数で構成されており、従って自由度が高く皆付き合いが良い。このライングループは、顧問には内緒で作られているライングループだったが、たぶんばれても問題ない。

 ほう、と彼は息を吐く。

 このグループラインは、約三か月機能していなかった。ライングループそのものが通知連絡と言うより、遊びを誘う用途であり、主に有香先輩が好んでみんなを遊びに誘う為に使ってるのだが、それが成功したためしがまだ無いのだ。直近では二週間前にも誘いを受けた。だが、その時も、その前も、春休み以降ここ三か月部員全員の都合が合うことは無かった。

 スマホを取ろうとして、ピロン、とまた鳴った。

『日曜の午後ならたぶん行ける』

 風雅先輩。

 スマホを手に取る。

『私は…ちょっと確認します』

 千草後輩。 

 真面目だな、と思う。

 グループラインの画面を開き、彼は文字を打つ。

『僕は両方空いています』

 彼は暇ではない。

 土日でも塾がある。だが、彼は塾を休んでいいと思っていた。非公式とはいえ、部活動なのだから。それが、理由。

 ピロン、とすぐに鳴る。 

『私も日曜日大丈夫です』

 千草後輩。

 お、と彼は微笑む。

 これで発足者である有香先輩が日曜日空いていれば、全員が揃うことになる。

 三か月――正確には春休みぶりだ。

 ほくそ笑んでいると、有香先輩からラインがすぐに届いた

『よっしゃ!それじゃあ、みんなで心霊スポットに行こう!場所はT市にある山付近の廃墟。幽霊が出るとか出ないとか噂が立つ場所だよ。十七時駅前集合。二十二時に帰る予定。どうだ?』

『いいよ』 

 風雅先輩。

『私も大丈夫です』

 千草後輩。

『僕も行けます』

 これで、全員が可決した。

 英都は少し、微笑む。

 楽しみだ、と思い、それはどうだろ?と自問する。

 人との関りに楽しみがあるのだろうか?

 彼は常にそう考える。

 ないかもしれない。

 答えは曖昧な思考を辿り、何かを忘れるようにそこに行きつく。

 ほう、と彼はまた息を吐いた。

 無駄な思考をした。 

 スマホを机の上に置き、パソコンの画面に注目する。

 マウスを動かし、新たな対戦を開始する。

 相手はロシア人。

 人、と言うのを意識する。

 チェスは、人と関わる競技だろうか?

 少し、彼は考える。

 結論として、関りはないと判断した。

 チェスは、チェス盤上にて、限りある選択肢の中から最善を選ぶ競技である。

 つまり、相手の思考だけが特殊であり、それはチェス盤と言う枠内にしか作用しない。

 言葉や態度と言った人間のつまらない行動はここにはない。

 つまり、コンピュータと同じである。

 彼はそう思う。

 ただ、それはネットのみの話であり、リアルでの対戦となれば、相手との会話も必要だし、態度にイラつくこともあるだろう。 相手はコンピュータではなくなる。

 だが、彼はそれを考慮に入れていない。

 自分がリアルで対戦することなど、ありえないと思っているからだ。

 ネットの対戦だけで満足している自分を彼は知っている。

 それは避けだろうか?

 彼が、人と関わることを避けているだけかもしれない。

 しかし、そんなことはどうだっていい。

 だから、彼は考えない。

 チェスは、ネットでも出来るのだから。

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