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4話 望まぬ事態

「もう耳が聞こえない人とは思われないレベルに到達したと思うの。お父さん、お母さん、今までたくさん苦労をかけてごめんね。助けてくれて、ありがとう。私、働いてみたいの! 他の人と同じように……」


 ずっと考えていたことを、お父さんとお母さんに告げた。すると2人とも、反対することなく賛成してくれた。


「シェリーが挑戦したいと思うのなら、私たちは全力で応援するわ」

「俺もシェリーのことを応援するぞ。ただ、ここにはシェリーのことを知っている人も多い。だからといって、いきなり家を出るのは賛成できない。ここから通える距離で、知り合いがいない西の村で働き始めてみたらどうだ?」


 そのお父さんの案に私は大賛成だった。


「西の村なら、私のことを知っている人もいないし、ここからも通える範囲だからちょうど良いと思うわ! そのエリアで仕事を探してみるわね!」


 こうして、西の村のエリアを中心に仕事を探したところ、食堂の給仕人として雇ってくれる店が見つかった。耳の聞こえない私が、給仕人として働ける日が来るなんて……。まるで夢のようだ。


 給仕人は、耳が聞こえなくなってから今までずっと憧れていた職業だった。そのため、採用が決まったその日には、家族みんなでお祝いをした。


 こうして、誰にも耳が聞こえないことには気付かれない状態で働き始め、すぐに店にも馴染むことができた。それから1週間が経過した頃、オーナーが話しかけてきた。


「こんなに仕事のできる子が、うちの店で働いてくれて嬉しいよ。これからも、頑張ってくれよ!」

「はい! これからも頑張って働きます!」


 オーナーのその言葉に、私の仕事を認めてもらえたんだと嬉しさが込み上げてくる。それから数日後には、お客さんからも声をかけられた。


「私はね、あなたの接客が好きでここに来る頻度を増やしたのよ。あなたは気遣いも出来るし笑顔が素敵で、見ていて気持ちいいわ! これからもよろしくね」


 そう笑顔で話しかけてくれるお客さんの言葉に、喜びのあまりつい涙が出そうになった。本当に読唇術を身に付けて良かったと、心から思えた瞬間だった。


――今の私を見て、誰も私の耳が聞こえないなんて思ってもいないでしょうね!

 普通に生きるってこんなにも楽しいのね……!


 耳が聞こえないというハンデを忘れられるような環境で働くことができ、接客業の楽しさを身に染みて感じた。他の仕事はしたことないが、恐らく私は接客業が好きだし向いているのかもしれない。


 しかし、楽しい時間はいつまでも続いてはくれない。働き初めて1年と少し経った頃、私は一瞬にして地獄に突き落とされてしまった。


「いらっしゃいま――」


 その続きは虚空(こくう)の彼方へと消えていった。


「あれ? シェリー?」


――何で、ここにあなたがいるの……?


 私の目の前には、かつての同級生が立っていた。彼は私の耳が聞こえないことを知っているはずだ。


 だから、どうか何事も無く、早く帰ってくれと心から願った。しかし、その私の願いが叶うことは無かった。


「おい、お前耳が聞こえないはずだろ!? 耳が聞こえないのに、どうしてここで働けてんだよ! どういうことだ?」


 恐らく、彼の声はそれなりの大声だったのだろう。席に座っていた他のお客さんが皆、彼に視線を向けた。すると、異変に気付いたオーナーが彼に話しかけに来た。


「お客様、どうかされましたか?」

「いや、耳が聞こえないはずのシェリーがここで働いているから、驚いてつい……」


 その彼の発言に、オーナーは(いぶか)し気な顔をした。


「耳が聞こえない? そんなわけ……彼女は普通に給仕人として接客し、会話もしていますよ? 人違いでは?」


 すると、彼は慌てたような表情をしてオーナーに対し、口を動かした。


「いや、本当に本人ですよ! それに絶対に聞こえないはずなんですよ! 何なら、今すぐここに証人を言われた数連れてきますよ!」


――もうやめて……! 

 それ以上言わないで!


 私の心は全力で悲鳴を上げていた。怖くて手足が震えてくる。そんな私に気付き、オーナーが私の方を向いて口を動かした。


「シェリー……耳が聞こえないと言うのは本当なのか? 嘘だろう? ははっ、そんな訳ないよな?」


 オーナーは私に早く話すよう急かすような表情をしているが、私は混乱していた。


 本当のことを言うべきか、嘘をつくべきかどうしよう。でも、嘘をついたら彼が人を連れて来て、きっと嘘だってバレるに違いない。私はこれまでちゃんと真剣に働いてきた。


 オーナーもお客さんも仕事ぶりを褒めてくれたし、ちゃんと働ける証明が出来ているわ。だから耳が聞こえないということを知っても、きっと雇ってくれるはず。


 そう頭の中で結論付け、私は真実を話そうと決意した。


「なあ、本当に耳が聞こえないのか?」

「はい……その通りです。私は耳が聞こえませんっ……」


 耳が聞こえないということを口にして、一気に怖くなり少し俯いてしまった。すると、オーナーが私の方へ歩いてきたのだろう。視界にオーナーの靴先が映り込み、その瞬間私は反射的に頭を上げた。


 すると、そこには複雑そうな顔をして腕を組みをしたオーナーがいた。そして、オーナーは眉根を寄せると口を動かした。


「今まで1年以上も、俺たちを騙していたのか?」


 頭の中に雷が落ちたような感覚がした。


「騙していたわけでは……!」

「あのな、いちいち耳が聞こえないような子を雇う余裕はないんだよ。うちは、耳が聞こえて君と同等の働きができる子を雇いたい。それに、人を騙すような奴も嫌いだ。すまないが、今日で辞めてくれ」

「隠していたことはすみませんでした。でも、私今までちゃんと働いて――」

「辞めてくれと言っているだろう! もう帰ってくれ。君みたいな人間は必要ない」


 そう口を動かすと、オーナーは私の荷物を持ってきて、そのまま店の外へと私を追いやった。


 とんでもない屈辱感と、信じ難きその理不尽に果てしなく怒りが湧いた。その日の夜、悔しすぎて涙が枯れるほど泣き続けた。ただ、両親には心配をかけたくなくて、気持ちを何とか切り替えようと次の職探しを始めた。


 この間まで働いてた店は、偶然偏見が強すぎるオーナーだったに違いない。だけど、今回の件を踏まえると、人と話さない仕事の方が良いような気がした。


――接客の仕事は諦めるしかない……か。


 こうして、今度はまたしても知り合いがいないであろう北の村で仕事を探し、校閲の仕事をすることが決まった。簡単では無いが、書類に向き合っての仕事がメインのため、いざ人が来ても接客業が出来ていたんだから大丈夫だと思い、この仕事をすることにしたのだ。


 そのため前回と同様、耳が聞こえないことは隠したまま働くことにした。そして、この校閲の仕事も順調に進めることができた。


「シェリーさんは仕事が丁寧だし早いね。想像よりも優秀でびっくりしたよ」

「ありがとうございます」


――やった! 褒められたわ。

 ここでなら、今度こそやっていけそう!


 そんな期待に私は胸を躍らせた。

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