11話 泣かせない(26話後)
シェリーのご両親と別れるのは少し寂しかった。僕が緊張していたのが馬鹿らしいと思えるくらい、2人は僕のことを歓迎してくれたのだ。
シェリーは絶対に大丈夫だと言ってくれていたが、まさかここまで歓迎してくれるとは思っていなかった。2人とも優しい人だし、シェリーがこんな風に育った理由もあの2人を見たら納得だ。
僕の傷を見ても特に何も言わず、そのままの僕を受け入れてくれる人がこの世に何人もいるなんて思っても見なかった。そして、それを受け入れてくれた人がシェリーのご両親で良かったと心の底から思った。
帰り際、シェリーのお義父さんにかけられた言葉は正直嬉しすぎて泣きそうになった。
『君なら、いや違うな……君だからシェリーを託すことができる。アダム君、シェリーをよろしく頼むよ』
――君だからなんて、他でもない僕だからって言うことだよね?
絶対にその期待に応えらえるように、僕がシェリーのことを幸せにするんだ!
そんなことを思いながら、隣を楽しそうに歩く愛しい彼女を見つめていた。すると、突然前方から声が聞こえてきた。
「おーい!」
――誰だ? あの人は……。
シェリーの知り合いか?
そう思っていると、男はこっちに走ってくる。
「シェリー! シェリー・スフィアだろ!?」
その言葉を聞いた瞬間彼女の顔を見ると、彼女は少し怯えた表情をした。恐らくこの男は彼女にとって良くない人物なのかもしれない。そう判断し、僕は彼女を男から庇うように立ちふさがった。
「久しぶりだな! シェリー元気にしてたか? 前、お前に会ったやつが、お前が話せるようになったって言ってたから……」
――突然走ってきたかと思えば、あまりにも不躾すぎないか?
そう思い、僕は彼に話しかけた。
「すみません。突然走って来たかと思えば、いきなり大声で話しかけて、それでは彼女も怯えてしまいます。それに、いきなりお前だなんてあんまりじゃないですか?」
そう言うと、彼はまずいというような顔をした。
「ごっ、ごめん……実はシェリーに会ったら言いたいことがあったんだよ」
この言葉に対し、彼女はいつもより少し棘のある低い声を出した。
「言いたいことって何?」
すると、目の前の彼は笑いながら頬を掻き話し始めた。
「めちゃくちゃ恥ずかしいんだけどさ、昔おま、じゃなかった……シェリーのことが好きだったんだよ。だけど、耳が聞こえなくなっただろ? 俺、急に好きな子の耳が聞こえなくなったって知って戸惑ってよ……どう声かけたらいいか分かんなくて、お前のこと虐めちまったんだ」
――は? 何を言っているんだ?
それにまたお前って……。
「俺、まだまだ子どもだったからさー。ま、あのときは悪かったな! ごめん!」
気まずそうに苦笑いをしながら、どれだけ軽いんだというような言葉を彼女に発している。そんな彼を見て一気に怒りが湧いてきたが、そんな彼にシェリーは凛とした声で言葉を返した。
「……過去の傷は一生消えないわ。大人になったのに、今でもされたことは心に残ってる。子どもだったからって、簡単に許せない。ただ、もう同じ過ちを繰り返さないで。それしかあなたに返す言葉は無いわ」
――良く言った、シェリー!
そんなことを心の中で思った。すると、そんな彼女に対し、あろうことか目の前の男が逆切れを始めた。それを見て、シェリーは僕の手を掴み引っ張るとその場を離れようとした。
僕はそんなシェリーの言動で、今すぐその場から離れたいのならその気持ちを優先しよう。そう考えた。しかし、男は大きな声で罵詈雑言を浴びせてくる。
「お前みたいな女に謝っただけ感謝されてもおかしくないのに、偉ぶってんじゃねーよ! ここじゃみんなお前のこと壊れ物って言ってたもんな! お前みたいな壊れ物の扱いなんて誰が分かるかよ!」
その言葉を聞いて、もう僕は我慢が出来なかった。
「おい、いい加減にしてくれよ」
「ああ? 何言ってんだお前? こっちが黙ってりゃさっきから何なんだよ。お前さっきも俺にガタガタ言ってきたな、傷者のくせによ」
全く反省していない男に何を言っても意味が無いのかもしれない。だけど、僕は彼に言葉をぶつけた。
「今の君の発言がまさに反省してない証拠だろ。君がシェリーに今日話しかけたのも、謝って満足したいだけ、ただの自己満足だ」
「何言って――」
男が何か言い返そうとしているが、僕はその隙を与える気は無かった。
「あのときのことを許すか許さないかはシェリーが決めることだ。シェリーが許さなくても、もともとそんなことをした君が悪い。君が許さないことに対して怒ることがそもそも筋違いだ。しかも、ちょっとした嫌がらせというレベルではないはずだ」
そこまで言うと、今度はシェリーが手を引っ張り良いから行こうと話しかけてきた。だが、まだ言わなければならないことがあった僕は、シェリーにちょっと待っててと言い、男に向き直った。
「やったことに子どもなんて言い訳は通用しないんだよ。それに、11歳にもなったら、それくらいの分別はつくだろう? それに君はさっき謝る時にずっと笑顔だったけど、何がそんなにおかしいんだ?」
そう言うと、男が叫んだ。
「うるさい! つらつらつらつらキモイんだよ! もうお前らなんて知るか! ああ、もう謝り損だ! クソ!」
そう言うと、男はその場から歩き出した。その様子を見計らったのか、シェリーは男が歩き出すとすぐに僕の横へと駆け寄ってきた。そして、すぐに男の方に視線を向けた瞬間、男は振り返って叫んできた。
「似た者同士でくっついとけ! 傷者同士お似合いだよ! 二度と俺に顔見せんじゃねー!」
――シェリーは見ちゃ駄目だ!
本能がそう叫びシェリーの目を隠したが、一歩遅かった。そして、曲がり角で男が見えなくなったため、シェリ―の目を覆っていた手を離した。すると、シェリーは僕に訴えかけるように、泣きそうな顔をして話しかけてきた。
「アダム、何で言い返したの! 無視したら良かったでしょ? あんなやつ本気にしても、アダムが嫌な思いをするだけなのに……。私は大丈夫だからっ……」
「シェリーがあんなに言われてるのに、黙って聞けるわけないだろう。ただ横で突っ立ってるだけなんて無理だよ」
僕も最初は我慢したが、どうしても堪えられなかった。シェリーに心配をかけてしまって悪いとは思うが、後悔はしていなかった。そんな僕に対し、シェリーは訴えを続けた。
「でも、あなたを巻き込みたくなくて行こうとしたのに何で止まったの? そうなってほしくないから、あの男から離れようって言ったのに! 私のせいでアダムに嫌な思いをさせてごめんなさい……」
こんなに僕のことを心配するほど大事に想ってくれているのかと痛感する。それと同時に、彼女のせいじゃないのになぜ彼女が謝るのかともどかしい気持ちになる。
僕は心配で怒っている彼女の左手を握り、彼女が落ち着くようにと指輪を撫でた。最近シェリーが自分を落ち着けようとしているときに癖でよく指輪を触っているからだ。
「君に悪いところなんて何1つ無いよ! 僕の大切な君があんなやつに色々言われて、黙っていられるわけないじゃないか。……でも、確かに君の言う通り、取り合わずに去った方が利口だったと思う……。僕も頭に血が上って……心配かけてごめんね」
そう言うと、彼女は泣きそうな顔で僕を見上げ細い声を出した。
「私の方こそごめんなさい……。あなたまで傷ついて欲しくなかっただけなの。それなのに、守ってくれたアダムを怒るなんて、本当にごめんね……」
「シェリーが謝ること無いよ。ちゃんとシェリーの気持ちは分かってるから……」
「うん……ありがとう……」
こうして、彼女は落ち着きを取り戻したが、このとき僕は以前あった出来事を思い出した。
僕の同級生の男がシェリーに僕の悪口を言ったことがあった。彼女はあのときとても怒っていた。そのとき僕は、自分のせいで彼女に嫌な思いをさせてしまったと申し訳なく思っていた。
そして、僕は彼女を安心させるために僕は大丈夫だということを伝え、彼女に嫌な思いをさせてしまったからと謝った。だけど、今逆の立場になって分かった。
いくら彼女が大丈夫と言ったとしても、全然こっちが大丈夫じゃない!
――これから先、彼女が傷付かないように守るんだ!
そう心に誓い、僕は出来るだけ彼女の気を晴らそうと思い、話しかけた。
「あんな男のために落ち込むなんて勿体ないからさ、シェリー笑ってよ! 僕、シェリーの笑顔が大好きなんだ」
そう言うと、シェリーはフッと笑ってくれた。少しだけど笑ってくれたことに嬉しくなり僕も自然と笑顔が零れる。すると、彼女は僕を見てにっこりと笑いかけてくれた。
僕はもっとシェリーのことが好きになった。
ここまでお読みくださり、本当にありがとうございます✨
これにて、本作は完結でございます。
そして、新作小説のご紹介です!
タイトルは『誓略結婚~あなたが好きで結婚したわけではありません~』です。
テーマは政略結婚×誓いを略した結婚でラブストーリー(異世界恋愛)です。
ちょっと変わり種をのものを書いてみようと思っています。
ご興味のある方がいましたら、読んでくださると嬉しいです(*^^*)
改めまして、アダムとシェリーの2人を知ってお読みくださり、本当にありがとうございました(*^^*)