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8話 涙の理由(16話後)

 今日は店の定休日だ。だから、メアリーさんとジェイスさんとシェリーは一応シフト上では休みということになっている。


 一方で、僕は裏方の仕事をしているから、定休日に店内のメンテナンスをして、定休日の次の日を休みにしてもらっている。


 だけど、ジェイスさんは明日の店の準備と称して、休みのはずなのに出勤している。仕事が趣味だから何て言って……。


 いつもは遊び人のような雰囲気すら醸し出しているジェイスさんだが、本当はこの店の中で一番真面目なのはジェイスさんかもしれない。


 大好きなメアリーさんのためにと、メアリーさんの見えないところで、実はジェイスさんが色々と手を尽くしているからだ。


 ジェイスさんには口止めされているが、メアリーさん以外の人はジェイスさんの陰ながらの努力を知っている。そんなジェイスさんは、子どもの頃から密かに僕の憧れだ。


 そして今日も毎度のごとく休日出勤しているジェイスさんに声をかけられた。


「アダム、ちょっと買い出し頼まれてくれねーか?」

「いいですよ! 何を買って来たら良いですか?」

砥石(といし)買いに行ってほしいんだよ。最近ちょっと調子が悪くてな……。そろそろ耐用年数超える頃だって気付いたんだよ」

「そうなんだ。じゃあ、今までと同じものでも良いですか?」

「ああ、そうしてくれ。慣れてる方が良いからな。あ、それと今日は買い出し終わったら帰っていいぞ」


 唐突にそんなことを言うから驚いた。


「えっ。勤務時間よりだいぶ早い時間だけど……良いんですか?」


 そう言うと、ジェイスさんは明るく笑った。


「良いんだよ。アダムはいつも頑張ってくれてるから。メアリーもちょっと早く帰ったくらいでいちいち咎めたりしねーよ。それに……あの例の子にも会えるかもしれないしなっ!」

「もうっ、からかわないでよジェイスさん! でも、ありがとうございます」


 そう言うと、ジェイスさんは僕の腕をポンポンと叩き自分の作業へと戻って行った。


――早く上がっても良いってことは、今日はいつもより早い時間に丘に行けるぞ。

 休みだし、もしかしたらシェリーも来てたりして……。

 そしたら、いつもよりシェリーと長い時間居られるかもしれない!

 ああ、今日もかっこいい。ジェイスさんありがとう! 


 こうしてぐずぐずなんてしていられない。僕は超特急で砥石を買いに行き、ジェイスさんに先に帰ると挨拶を済ませ急いで丘へと向かった。


 丘へと行く途中、ここならもう人と遭遇しないだろうと思い、仮面も手袋も外した。そして、その仮面と手袋は歩きながら、しっかりとカバンの中に入れた。


 それから少し歩くと、丘にあるベンチが見えてきた。人影も見える。


――シェリーに違いない……!

 会えるなんてラッキーだ!


 嬉しくなりその場でおーい、シェリー! そう呼びかけようとしたが、彼女が泣いていることに気付き、その声は虚空へと消えていった。


 気付いたら自分でも驚くほどの速さで、丘に到達していた。そして、カバンを芝生に放り投げるように置き、急いで涙を流す彼女の元へと駆け寄った。


「シェリー? どうしたの!? 大丈夫!?」


 そう声をかけ、彼女の右肩をトントンと叩いた。すると、彼女はガバッと顔を上げた。そして、隠そうとするようにシェリーは目元を拭い始めた。


 彼女を落ち着かせてあげないといけないと思い、僕は急いでベンチの空いたスペースに腰かけて、彼女の背中をさすった。そして、彼女の顔を覗き込んで尋ねた。


「どうしたの!? 何があったんだ!?」


 そう声をかけたものの、彼女は言葉に詰まって話すことができない状態なのか、なかなか口を開かない。


――彼女に何があったんだ!?

 僕が色々聞いてみたら頷いてくれるかもしれない。

 彼女の行動範囲的に、職場の可能性が一番高い。

 そこから聞いてみよう。


「何か嫌なことがあった? もしかして職場!? 誰かに何かされた!?」


 そう声をかけると、職場と言った瞬間シェリーの方が少しピクンと跳ねた。


――職場ということは、客?

 それか……メアリーさんに何か言われた?


「誰も悪くない……私が全部悪いの……」


「そんな訳ないよ。だって君が真面目で優しい人ってことは誰よりも分かってる……! 誰かにそんなこと言われたの?」

「人のことを傷付けて、周りの人にも嫌な思いをさせていたの……」


 そんなわけない。その言葉しか思い浮かばない。僕の知る彼女は、人に嫌な思いをさせる人とは思えない。彼女の困っていることを、僕はちゃんと知りたい。


「ねえ、シェリー? 僕に話してくれないか。君がわざと悪いことをしたなんて考えられない。何か誤解があるんじゃないか?」


 彼女が泣いている姿というよりも、苦しんでいるその表情が僕の胸までも苦しくする。人に嫌な思いをさせたと言うが、彼女の方が傷付いた様子で心配だ。


「っ君が何の理由も無く人を傷つける人とは思えないし、そもそも人をわざわざ傷つけてやろうと思う人だとは思えない! そんなに自分を責めているのに……。何か理由があるんじゃないか?」


 そう声をかけると、彼女は少し心を開いた様子で、言葉を詰まらせながらも話してくれた。


「アダムは私のこと、良く見すぎだよ……。私……自分が傷付きたくなくて……人を、傷付けてしまって……。それで、何てことっ……ううっ……してしまったんだろうって……」


――何を言っているんだ!?

 傷付きたくなくて傷付けた!? 

 それに、良く見すぎなんてそんなわけない!

 人の嫌な面をこれでもかと言う程見てきたんだ、間違いない……!


 やはり、シェリーには何らかの事情があったのだと瞬時に悟った。そして、発言からするに、何らかの板挟みになっていたのかもしれない。


 シェリーはきっと今、負のループに陥っている。できる事なら、僕がシェリーを救ってあげたい。


 でもそうするためには、やはりシェリーから少しでも情報を聞き出すしかない。


 まずは、彼女を安心させよう。そう思い、彼女の背中をさすることは継続し、躊躇いながらも思い切って余っている左手をそっと彼女の左手を重ねた。


 僕はこの火傷跡の残る左手を彼女に見られたくなくて、いつも左手を隠すようにしていた。


 こんな手を重ねても良いのかという葛藤はあったが、彼女が少しでも安心できればと思い思い切って重ねた。


 これはシェリーのために出した、僕なりの勇気だ。


「傷付きたくなくてってどういうことだ? やっぱり何か理由があったんじゃないか。 無理には聞き出したくはないけど、僕に話してくれないか? 君を助けたいんだ……!」


 つい、重ねた左手に力が入る。そして、彼女の一瞬を見逃してはいけないと思い、彼女を見つめ続けた。


 すると、彼女が意を決した様子で口を開いた。


「私、耳が聞こえないの」

「え……?」

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