19話 報告
ひとしきり泣き、私は現在、込み上げてくるとてつもない羞恥心に耐えながらベンチに座っていた。すると、私の隣に座っているアダムが質問をしてきた。
「ねえ、シェリー。メアリーさんに昨日何て言われたの?」
「昨日はね、アダムに対する態度を改善してって言われたの。でも私に何か事情があるって察してくれて、出来るだけ改善するように意識して、その理由が話せる時が来たら話してって……。メアリーさんもアダムも優しすぎだわ……」
アダムの優しさは、メアリーさん譲りだったのかと思いながら話をした。すると、アダムは自身のことは謙遜しながらも、メアリーさんについて語り始めた。
「僕は優し過ぎなんてことは無い、普通だよ。だけど、メアリーさんは別格だ。普通だいたいの人は、身内とはいえ仮面を付けた人を雇わないだろう? でもメアリーさんは、こんな僕を雇ってくれているんだ」
そう言われると、冷静に考えて彼を雇うことはすごいと思う。キャラクター的要素がある仮面を付けた人を雇うということはあるのかもしれない。だけど、アダムの仮面はキャラクターづくりという訳ではない。デフォルトでこの状態なのだ。
狭い町だから、皆がもうこの仮面に慣れているということはあるかもしれない。それにしたって、皆が皆雇う訳ではないと思う。それは身内であってもだ。
――メアリーさんは器が本当に大きいんだわ……。
そんなことを思っていると、アダムが説得するように話しかけてきた。
「ねえ、シェリー。絶対に大丈夫だから、シェリーさえ良ければメアリーさんには耳のことを報告した方が良いと思うんだ。それに、言われたことを考えたらなるべく早く、すぐにでも言った方が良いと思うよ」
真っ直ぐな眼差しで話しかけてくるアダムを見て、本当に大丈夫な気がする。ずっと隠そうと思っていたけど、流石にそれにも限界がある。それに、仮面の人がアダムと分かった以上、素直に言う方が隠すより絶対に良いということだけは分かる。
「うん、アダムの言う通りね。仮面の男性がアダムだって分かったし、きちんと報告するわ」
「僕も一緒に行くよ! 今から行くだろ?」
「そうだけど……一緒に来てくれるの?」
そう尋ねると、アダムは驚いた顔をして言った。
「当たり前じゃないか! 僕のせいでこうなった要素もあるんだ。一緒に行って事情を説明しよう。そしたら、円満解決間違いなしだよ!」
そう言うと、アダムはベンチから立ち上がった。私もつられるようにして立ち上がった。そして、2人で話しをしながら坂を下り、途中でアダムが仮面を付けてからは無言のままメアリーさんの家へと行った。
アダムが横にいたとしても、昨日の今日でメアリーさんに会うのは少し緊張する。メアリーさんの家の扉の前に立ち深呼吸した。
すると、アダムがドアノッカーを指さした後、親指と人差し指で輪を作り、ノックしても良いか確認をしてきた。そのため、私も同じ指のポーズをアダムに返した。
そのポーズを確認するとアダムは1度深く頷き、メアリーさんの家のドアノッカーを掴んで5回ドアノッカーを打ち付けた。私には何も音は聞こえないが、メアリーさんはアダムがドアノッカーを動かしてから、ものの数秒で家の中から出てきた。
「――ぃはい、どちら様って……え……!?!?!?!?!?」
アダムの横にいる私を見ると、メアリーさんはひっくり返りそうなほど驚いた顔をした。すると、メアリーさんの後ろからジェイスさんが出てきた。
そして、アダムとその隣にいる私を見てジェイスさんもメアリーさんと同様に驚いた顔をした。しかし、メアリーさんと違いジェイスさんはすぐに口を動かした。
「こりゃ一体どういう風の吹き回しだ? まあ、2人とも中に入れよ」
そう言うと、扉をグッと開けてくれた。こうしてジェイスさんに案内されるがまま部屋の中に入り、促されるまま椅子に座った。
「まあ、2人ともよく来たわね。シェリー、どうぞ」
そう言うと、メアリーさんは紅茶を出してくれた。だが、その紅茶は私にだけ出され、アダムには出されなかった。
――仮面を付けてるから、飲まないと思って出してないのかしら?
そう思っていると、私の隣に座っているアダムが徐に仮面をのけて、私に紅茶を持ってきてくれていたメアリーさんに声をかけた。
「僕もその紅茶好きなんだ。メアリーさん、僕にも淹れてくれない?」
その瞬間のメアリーさんとジェイスさんの顔は、一生忘れることができないだろう。2人とも今目の前にある光景が現実とは信じられないという程に、驚いた顔をしている。
そして、しばらく驚いた顔をしていたかと思うと、メアリーさんがアダムに向かって口を動かした。
「アダム……か、仮面……」
そう声に出した途端、メアリーさんの目から大粒の涙が綺麗に1粒落ちた。そんなメアリーさんにアダムはニコニコと微笑みながら話しかけた。
「安心して、シェリーは大丈夫だから。泣かないでよ、メアリーさん」
アダムはなんてこと無さげな表情で言うが、一方のメアリーさんはとても涙を止められそうにない。ジェイスさんに肩を抱かれて促される形で、感極まり手で顔を覆ったままメアリーさんは席に着いた。当然だが、アダムの紅茶を淹れるどころでは無い。
だが、さっきの言葉はアダムが仮面をのけるきっかけとして言っただけで、本気で淹れてほしくて言った訳ではないだろう。正直メアリーさんは話を聞ける状態とは思えないが、その代わりに私の斜め前に座っているジェイスさんが口を動かした。
「どういうことか説明してもらって良いか……?」
珍しく神妙な面持ちのジェイスさんは、私とアダムを交互にチラチラと見る。
――ちゃんと言うために来たんでしょ。
伝えないと……!
そう腹を括り、口を開いた。
「実は、お2人にお伝えしたいことがあり訪問させていただきました」
そう発すると、話を聞ける状態じゃないと思っていたメアリーさんが、何とか話を聞く体勢に変わった。
「私、ずっとお2人に秘密にしていたことがあるんです」
机の下で隣に座ったアダムが手を握ってくれた。それだけで勇気が出てくる。私はアダムが繋いでくれた手をギュッと握り返し、その手を離して告げた。
「実は、私は耳が聞こえないんですっ……。お2人を騙す形になり、本当に申し訳ございませんでした」
そう言って頭を下げ、しばらくしてから顔を上げるとメアリーさんもジェイスさんも耳が聞こえないと告白した時のアダムと同様、信じられないという顔をしている。すると、メアリーさんが驚いた様子のまま口を開いた。
「でも会話……」
やはり皆気になるところはそこであろう。こうして、先ほどアダムに丘で説明したことと同様の説明をした。そして、アダムとの関係性についても説明し終わったところで、メアリーさんはやっと平常の調子を取り戻した。
「そんな理由があったのね。ごめんなさい。まさかそんなことだったとは予想してなかったの。ごめんね……」
――何でメアリーさんが謝るの!?
「謝らないでください! 隠していた私が悪いんです。アダムもですが、メアリーさんもジェイスさんにも嫌な思いをさせてしまいました。こちらこそ本当にごめんなさい」
こうして、先ほどのアダム同様メアリーさんとも謝り合戦が始まり、ついに互いに謝罪が尽きた。すると、説明中はずっと無言だったジェイスさんが、上機嫌な様子でアダムに話しかけた。
「アダムがすごく楽しそうに友達ができたって言っていたのは、シェリーちゃんのことだったのか! 誰なのか秘密にするなんてアダムはつれないな~」
――え!?
アダムはジェイスさんにそんな話をしていたの!?
びっくりしてアダムを見ると、アダムは顔を真っ赤にしながらここで言うことないじゃないかとジェイスさんに反論していた。一方反論されているジェイスさんは、余裕のある様子で楽しそうに笑っていた。
そんな様子を見て、何だか私まで気恥ずかしくなってくる。だが、私たちの反応とは異なり、私の対面に座っているメアリーさんは不満そうに口を開いた。
「私はその話を聞いてないわ! 初耳よ! 何で教えてくれなかったの、アダム? まあ、アダムは良いとしてジェイス! あなたは教えてくれても良かったじゃない!」
メアリーさんはアダムというよりジェイスさんにご立腹だが、ジェイスさんはニコニコと笑いながら、悪かった悪かったと言ってメアリーさんの頭を撫でている。
――いつ見てもお熱いカップルにしか見えないわね……。
そんなことを思いながら2人を見ていると、メアリーさんと目が合った。すると、メアリーさんはジェイスさんから離れ、シェリーとアダムこっちに来てと言いながら歩み寄ってきた。
私たちはメアリーさんに言われるがまま立ち上がった。そして、指定された場所まで行くと、メアリーさんは私とアダムの2人ごと抱き締めた。しばらくされるがままになっていると、きつい抱擁から解放された。驚いてメアリーさんを見ると、メアリーさんが口を動かした。
「今日からシェリーも完全に私たちの仲間ね。改めてようこそ!」
「は……はい……! ありがとうございます……!」
こうして、メアリーさんとジェイスさんへの報告は無事円満解決に終わった。
報告が終わりメアリーさんの家を出ようとしたところで、ジェイスさんが話しかけてきた。
「勇気いったろうに話してくれてありがとな。でも良かったよ、早くに知れて。なんかあった時に配慮できるだろ? ま、俺もシェリーちゃんいっぱい頼るけど、シェリーちゃんも何かあったらいつでも俺らを頼ってくれよ!」
そう言うと、ジェイスさんはパチンとウインクしてきた。
――ジェイスさんなんて素敵な人なの……!
メアリーさんには悪いけど、ちょっと惚れそうかもっ……。
今夜は久しぶりにいい夢が見れそうだ。そんなことを思いながら、私は帰路に着いた。帰路と言っても隣だが……。