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14話 愛の鞭

 久しぶりにアダムに会ってから1週間、店で働き始めてから2か月弱くらいが経った。


 週に1回くらいの頻度で来るお客さんにも完全に覚えてもらい、前よりももっとできる仕事が増えてきた。


 以前は余裕が無かったことに関しても、少し余裕が出てきた。もう今の私にとっての本当に問題だと思うことは、仮面の男の人との接し方だけだった。


 そんなある日、メアリーさんから終業後に話があると言われた。何となく、話の内容が予想通りのことのような気がして胸騒ぎがした。


 そして今日一日の業務が終わり、メアリーさんに促されるままバックヤードへと移動した。


「今日は私以外の皆には出払ってもらってるから。それで、シェリー。何で私がこうしてこの場を設けたのか、心当たりは無い?」


――仮面の人のこと、よね……。

 誰から見ても感じが悪かったはずよ。

 ああ、この店を辞めるしかないのかしら……。


「仮面の……彼のことで、しょうか?」

「自覚はあったみたいで安心したわ。けど、それなら尚更(なおさら)あなたに言わなきゃいけない。シェリー、あの接し方は自分でもちょっと酷いとは思わない?」


 そう問いかけてくるメアリーさんの表情からは、いつもの溌溂(はつらつ)とした笑顔とは違い、怒りの感情が表出されていた。


「仮面を付けているから怖いと思ってしまう気持ちは理解できるわ。それに、あの見た目について悪く言う人も正直確かにいる。あなたも聞いたことあるでしょう?」


 確かにそうだった。店に来たお客さんが、ずっと仮面を付けてて気味が悪いなと口を動かしているのを見たことがある。数は少なかったが、1人だけではなかった。


「ああ見えてもね、本当に心根の優しい素直な子なの。なのに、どうして話もせずに無視するの?」


メアリーさんの手がギュッと握り締められるのが、視界の端に見えた。


「あなたがあの子に挨拶しているのは見たことがある。でも、あんな一方的に言って返事も聞く前に逃げるようにどこかに行くのって挨拶って言えるの?」


 まったくもってその通りだ。こうして客観的に聞くと、その中途半端さがより感じの悪さを引き立てているようだ。


「それに、あの子が挨拶した時には返さないっていうのは、正直私には理解できない。感じが悪いし、それを自分がされたら嫌とは思わない?」


――やっぱり挨拶してくれてたんだ……。


 そう思うと、心臓をわし掴みにされたかのように胸が痛んだ。


 人を傷付けたくせに、自分が傷付くなんておかしな話だ。おこがましいにも程がある。そう思いながら、彼の行動を改めて思い出した。


 確かに、挨拶してくれているような雰囲気は感じ取っていた。だけど、言い終わったのかも言っている途中かも分からないから、下手に挨拶を返すわけにもいかず、逃げる事ばかりを選んでいた。


 それに、もし後ろを向いていて私が彼に気付いていない状態のときも、彼が私に挨拶していたんだとしたら……。


 もしそうだとしたら、客観的に見た場合、私は完璧に彼のことを無視している人間でしかない。自身の行動を振り返ると、目を覆いたくなる。


 メアリーさん顔を見ると、その目には薄っすら涙が浮かんでいる。その涙は他でもない……私のせいだ。


――ああ、どうしよう……。

 私……最低過ぎよ……。

 悲しませたくないのに、保身のためとはいえなんて酷いことを……。


 私に対してメアリーさんや仮面の男性、ジェイスさんが持つ心証はきっと、いや、絶対に悪い。


 だからいっそのこと、私が辞めさえすれば、皆が嫌な思いをしなくて済むようになるのではないかと思った。


 だが、まずは避けてしまっていた説明をしなければ……。


「すみません。どうしても仮面が怖くてびっくりして避けてしまいました」


――ああ、もう本当に私は最低の人間だ。


 嫌だと思う程に、痛感した。確かに仮面の怖さが無いわけじゃないが、仮面だけが理由ならこんな接し方をするほどのことでもない。


 今なおこの状況に置いても、保身のためにサラッと嘘をついた自分に、自己嫌悪が募る。


――こんな私がこの人たちの傍にいたら、きっと今よりもっと嫌な思いをさせてしまう。

 大好きな職場だけど、自分のせいでこの人たちを傷つけるのはもっと嫌だ。



 そう思い、嘘の代償としては足りな過ぎるが、メアリーさんに意思を告げた。


「あの方にも相当嫌な思いをさせてしまっていると思います。頼んだ立場でありながら、無責任な対応で本当に申し訳ないのですが、辞めさせてください。このままでは、皆さんに申し訳が立ちません」


 そう言うと、メアリーさんは驚いた顔で口を開いた。


「どうしてそんな突飛な話になるの? 別にあなたに辞めて欲しくて言った訳じゃないのよ。ただ、改善してもらいたいだけなのっ……」


 訴えかけるように話しかけてくるメアリーさんは、眉間に皺を寄せ、あたかも懇願するかのような表情になり、口を動かし続けた。


「あの子は本当に穏やかで良い子よ? だから、怖いかもしれないけれど、どうか、どうかあの子のことを無視しないであげて欲しいだけなの……!」


――分かってます!

 ただの改善が簡単にできるなら、どれだけそうしたいことか……!

 できる事なら、とっくにしてる。

 でもっ、出来ないんです……。


 そう叫んでしまいたい気持ちもあるが、そのことを言って今以上にこの人たちに見放されたらと思うと、とても言えない。


 私は弱くてクズの最低の人間だ。そして、どこまでもエゴの塊だ。


 この期に及んで、まだ自分がかわいいのかと自己嫌悪がどんどん募る。そんな私にメアリーさんはずっと訴えてくる。


「業務外の会話はしなくても良いから、業務中の最低限の会話まで避けないでほしいの。挨拶も言い逃げみたいな形じゃなく、あの子が挨拶した時には無視せずに――」


 メアリーさんが口を動かすごとに、自分がどれだけ仮面の男性に嫌な思いをさせていたのかが伝わってくる。


 人に傷つけられたくないあまり、こんなにも誰かを傷付けてしまった。その事実がダイレクトに突き付けられ、目から勝手に涙が出てくる。


 私が泣ける分際ではないことは重々承知している。だからこそ、必死に涙を止めようとしたが、どうしても勝手に流れてくる。


 誰よりも痛みを知っているはずの自分が、人に痛みを与えていたことがショックでならない。


 あんなに苦しい思いをしたのに、自分が人に苦しい思いをさせていたなんて……。


「本当に、すみませんっでした。どうお詫びしたら良い、のか……!」


 謝りながら震えが止まらない。そんな私を見て、怒りの表情を滲ませていたメアリーさんは心配したような表情でこちらを見始めたーー。


 そう思った瞬間、突然私の背中を撫でながら顔を覗き込むようにして、メアリーさんは口を動かした。


「シェリーは真面目でとてもよく働いてくれているし、お客さんからも人気があるわ。正直私は普段のあなたを知っているからこそ、何であなたがあの子だけにあんな接し方をしているのか理由が分からない。……もしかして、あの子に何かされたの?」


――そんなわけない……!

 あの人は私が嫌がることなんて、1つもしてきたこと無い!

 むしろ、私が嫌な思いさせてしまってるのに!


 そう思い、一生懸命ブンブンと首を横に振った。そんな私の反応を見て、メアリーさんは口を動かした。


「じゃあ、何か……理由があるの?」


――言うべきなの?

 でも、言ってしまったら今までの人みたいに態度が急変してしまうかもしれない……。

 って、何でこの期に及んでまだ自分の保身のことを考えてしまうの?

 でも……言ったら辞めてって言われるかもしれないし、そうなれば店に私がいなくなって、結果的に平和になるんじゃ……?


 耳が聞こえない。それを言うだけだが、その【だけ】が私にとってはあまりにも重すぎてなかなか言い出せない。


――どうしよう……。

 どうしよう……!!!!!!

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