13話 心配
私にとっての最大の問題は、未だに仮面の男の人の存在だ。だが、それ以外の仕事関連のことについては、リズムも掴み始めて徐々に慣れてきていた。
仕事に慣れるまでは行けないと思うとアダムに言っていたが、今日はちょっと余裕があるから行ってみよう。そう思い、アダムといつも会っている丘へと足を進めた。
仕事を始める前に行って以来、本当に久しぶりだ。2か月は経ってないけど、結構間が空いてしまった。以前、ちょうど今の時間に行ったとき、アダムに会ったことがある。
――アダムが偶然居てくれたら良いのにな。
そんな期待を込めながら、丘へと歩みを進めた。久しぶりに見る景色に、少し胸が躍る。そして、とうとう丘が見えた。
――アダム、今日居るかな……?
ドキドキと期待に胸を膨らませ丘へと近付いて行ったが、そこには誰もいなかった。
正直、アダムと会えるかもしれないと期待してここまでやって来た。だからこそ、彼がいなかったことは勝手に期待していたせいもあってか、思っていた以上にショックだった。
――アダムに会えると思って来たけど、今日はいないのか。
残念だけど、今日は1人で休んでから帰ろう……。
ズーンと気分が下がったものの、丘からの景色を見たら少しは気分も晴れるだろうと思いベンチに座った。ここから、レイヴェールの町を眺望していると、どこか日常とかけ離れたような気分になり、浮遊感はあるのに気持ちは落ち着いていく。
不規則にフワッと快い風が吹き抜ける。目を閉じると、自然と一体化したような気持ちになり、ここが安らいでくる。
――私、やっぱり疲れてたんだ。
アダムは会えなかったけど、ここに来て良かった……。
目を閉じてそんなことを考えていると、突然座っていたベンチが軋んだ。その感覚に驚いて目を開けたところ、いつの間にかアダムが私の隣に座っていた。
「アダムっ! 会いたかった……!」
会えないと思っていた人に会えたことが嬉しくて、ついテンションが上がる。すると、アダムは驚いたような顔をして口を動かした。
「シェリー! 後ろから声かけても反応しないし、目を閉じてたから気持ちよさそうに眠ってるのかと……ごめん、起こしちゃった?」
――ああ、本当に目を閉じててよかった!!!!!!
ここは寝ていて気付かなかったことにしましょう!
「いや、アダムが起こしたわけじゃないの。眠ってたら急に目が覚めて……。でも、そしたらアダムがいたから、すっごく嬉しい!」
そう言うと、アダムは嬉しそうに口を動かした、
「僕もシェリーと久しぶりに話せて嬉しいよ」
そう言って微笑んでくれたが、急に彼の顔色が陰った。何か、いつもの彼と様子がおかしい。
「アダム、久しぶりに会ったから色々話したいことはあるんだけど……それよりも、だいぶ元気が無さそうね? どうしたの? 心配よ……」
そう言うと、彼はバッと顔色を変えて口を動かした。
「へ? 何で? どうして心配なんか……」
「だって、アダムなんか辛そうな顔してるから……何かあったの?」
そう問いかけると、アダムは息が詰まったかのような反応をした。
――やっぱり何かあったに違いないわ!
無理に聞き出したくはないけど、ここは友達として助けになってあげたい……!
「無理に話さなくて良いけど、友達としてアダムを助けたいわ。話せそうなら話してみない? そしたら、気分が晴れるかも!」
そう言うと、アダムの顔は張り付けたような笑顔から、落ち込んだ表情に変わった。
「ちょっと仕事のことで……」
そう、少しずつ話を始めた。
「実はさ、今職場の人に怖がられて避けられてて……」
信じられない言葉だった。この優しいアダムが人から怖がられるなんて信じられない。話の途中なのに、つい突っ込みを入れてしまった。
「あなたみたいな、優しさの塊みたいな人が怖いですって!? どうして!? 信じられないし有り得ないわ……!」
そう言うと、彼は驚きと困惑の表情を浮かべながら、話を続けた。
「いや、決してその人が悪いわけじゃないんだ。僕がその人にとって怖いと思うことをしちゃってるから……」
「怖いこと? いったい何をしたら、あなたが避けられるようなことになるの?」
そう言うと、アダムは完全に困り切った表情になった。そして、なかなか口を動かさない。
――口数が少ないなんて、相当落ち込んでいるみたい。
それに、アダムを知っているからこそ分かるけど、彼の怖いと思うことって、多分怖くないはず。
きっと何か別の問題があるんだわ……。
そう考え、アダムに声をかけた。
「あなたはきっと悪いことをしてないと思うわ。ちょっとその人が変わってるのよ」
そう言うと、アダムは何とも言えない困惑した猫のような表情になった。
「全然あなたが落ち込む必要なんてないわ。もう! それにしても、あなたみたいな素敵な人を落ち込ませるなんて、どこの誰かしら?」
思ったままを口に出すと、彼は戸惑っているような表情に加え眉間に皺を寄せた。そして、口を動かした。
「本当に……僕が悪くないと思ってるの? 僕が何したかも、知らないのに……?」
確かにそう言われればそうだ。アダムが何をしたのかは聞いてない。でも、本気でアダムが嫌がることを誰かにしているとは思えなかった。これは、私の想像力が乏しいなんて理由ではない。
「知らないわ。っまさか……犯罪とか言う?」
「そんなわけないよ!」
ワタワタと慌てた様子で口を動かす彼に、少し安心した。何とかアダムを励まさないと。せめて、落ち込んだ気持ちが少しでも回復するような声掛けを……。そう思いながら、独り言のような言葉を彼にかけた。
「でしょう? じゃあ、絶対にあなたが悪いことをしているなんて思えない。私はあなたのことを信じているもの。あなたは本っ当に素敵な人なのに、その人も罪な人ね。こんなにあなたを困らせるなんて」
想像しただけで、その相手に対して少し苛立ちが湧いてくる。
「そもそも、そんな悪人があんなに綺麗な花を育てられるとでも? あなたは優しいし面白いから、きっとその人もあなたのその魅力に―――」
そう言葉を続けていると、アダムは自身の唇に人刺し指を立てた。その動きを見て、反射的に私は話しを一旦停止した。すると、アダムが口を動かした。
「それ以上、言わないでっ」
――え? 何で?
そう思っていると、アダムの顔が一瞬にしてリンゴのように真っ赤になった。そして、彼はその顔のまま口を動かした。
「……照れるから」
照れるから、その言葉が脳内を駆け巡り私は自分の顔が急速的に熱を持ち始めたことを察知した。いくら彼を励ますためとはいえ、褒めるにはいくら本音とはいえ、ちょっと度を超しすぎていたかもしれない。そのため、アダムに反射的に謝った。
「ご、ごめんんさい! アダム! 私ったら気が利かなくて、本音とはいえベラベラ喋り過ぎちゃった! きょ、今日はそろそろ帰るね!」
そう言って、立ち上がるとアダムも立ち上がった。そんな彼を見上げると、彼は顔を真っ赤にしながらも口を動かした。
「う、嬉しかった……。ありがとう!」
「そ、それなら良かった! じゃあ、か、帰るねっ!」
恐らく、私の声はひっくり返っていたような気がする。喉の感覚的にそんな感じがした。すると、彼は最終的には笑顔で頷き、手を振って見送ってくれた。
「シェリーのおかげで仕事頑張れそうだよ。気を付けて帰ってね。シェリーの仕事も応援してるよ」
「うん、ありがとう! バイバイ!」
こうして、彼と別れた。
――久しぶりにアダムに会えたから、明日の仕事も頑張れそう!
仮面の男の人は、どうしたら良いかまだ分からないけど……。
何とか対処法見つけたいな……。
そう思いながら、家へと帰って行った。