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11話 仮面の男

 とうとう今日は初出勤だ。緊張はするけど楽しさのドキドキも感じている。しっかりと入念に準備をして家を出た。喫茶店に到着すると、メアリーさんはもうすでに来ていて、一緒に働いているジェイスさんと共に出迎えてくれた。


「さあ、初出勤ね! ドキドキするでしょ?」

「はい。でも、楽しみです! 一生懸命仕事の内容も覚えますし働きますので、これからよろしくお願いします!」


 そう言うと、メアリーさんとジェイスさんが顔を見合わせて楽しそうに笑った。


「シェリーちゃん、そんな俺らの前でかしこまらなくていいよ。お客さんもそんな堅い人ばっかじゃないから心配するな。分からないことあったら教えるから、一緒に頑張っていこうな」

「ジェイスも気が利くこと言えるのね……!」

「何だ、やきもちか?」


 そうからかいながら、ジェイスさんは飄々(ひょうひょう)とした様子でメアリーさんの肩を抱いた。一方でメアリーさんはというと、余裕ありげに笑っているジェイスさんに対してプンプンと怒っている。


 そんな2人を見て、私もついクスクスと笑ってしまった。すると、メアリーさんはそんな私を見て安心したように笑った。


「良かった。緊張も解れてきたみたいね! じゃあ、早速仕事内容について簡単に説明するから、あそこに荷物置いたらこっち来てちょうだい!」


 そう言うと、仕事を始めるエンジンが付いたように、メアリーさんもジェイスさんも機敏に動き始めた。私も気を引き締めてメアリーさんについて行った。


 ちなみに他に従業員は、裏方の仕事をしている人が1人と、忙しい時間だけ短時間で入り、誰かが休みの時は全日入ってくれる人が2人いる。そのため、店内の接客は基本私とメアリーさんで回す形態になっており、営業時間前の現在の店内には私とメアリーさんとジェイスさんの3人しかいなかった。


 こうして、私はいよいよ勤務を開始した。そして、メアリーさんが仕事内容や場所、仕事道具の使い方の説明をしてくれる中で、ジェイスさんが喫茶店のほとんどの料理を作っているということが判明した。一方のメアリーさんは、基本的には接客と飲み物担当らしい。



「ジェイスさんが作ってたんですね! 何回か来てますけど、夫婦でそういう風に分担してたって初めて知りました!」


 そう言うと、メアリーさんは驚きの表情をして説明を始めた。


「あら? 聞いてなかった? 説明してなかったし勘違いするのも無理はないけど、私とジェイスは夫婦じゃないわよ。それに同棲と言うよりも、ジェイスが勝手に私の家に住み着いてるって表現の方が正しいわ。強いて言うなら……警備担当って感じかしら?」

「え!? そうだったんですか!?」


 そんな会話をしていると、厨房に引っ込んでいたはずのジェイスさんが出てきて、拗ねたような顔をして口を動かした。


「おいおい、黙って聞いてりゃメアリー酷い言い草だなぁ。俺はこんなにメアリーのこと大好きで可愛いって言い続けてるのによ~」


 そう言いながらメアリーさんに抱きつこうとしたジェイスさんだが、メアリーさんに呆気なく(かわ)されてしまった。


「何言ってるの。恥ずかしい……! 私なんかよりもっと魅力的な女の子はいっぱいいるって言ったでしょ? ジェイスならいくらでもすぐに見つかるのに……家もいつまでいるつもり?」

「メアリーがいるのに、なんで他の子を見ないといけないんだよ。俺がアプローチし始めてから15年、家も6年一緒に住んでて、半同棲も入れたらもっとなのにまだそんなこと言うか?」


 今日は驚くことばかりだ。メアリーさんはジェイスさんと一緒に暮らしているから、勝手に夫婦だと思い込んでいた。しかしどうやら話しを聞くに、本当に夫婦ではないようだ。


 だが、それよりももっと驚いたことがある。アプローチし始めて15年って、2人は一体何歳なのだろうか。2人とも20代後半か30代と思っていたが、もしや幼少期から好きということなのか?


 そんなことを思っていると、ジェイスさんが話しかけてきた。


「シェリーちゃんからも、この頑固なメアリーに言ってやってよ。ジェイスさんをそろそろ受け入れてあげてくださいって」


 突然話を振られ驚いたが、疑問の方が勝って聞いてしまった。


「っあの……お2人とも、大変失礼ですが……お幾つなんでしょうか? 言いたくないなら言わなくていいんですっ! でも、それにしても15年って凄いと思いまして……」


 すると、メアリーさんがものすごく満面の笑顔を見せ答えてくれた。


「シェリー、よく聞いてくれたわ! 私は今年41で、ジェイスは38なの。もうこんな歳にもなって、恋愛なんておかしいしする気は無いの。シェリーもそう思うでしょ? だけど、まだギリギリ30代のこの男ならチャンスは残ってる! だから、私なんかよりもっと良い子いるんだから、気に入る子見つけて付き合いなさいってずっと言ってるのよ! シェリーからも言ってやって……!」


――っまさかメアリーさんが40代だったなんて……!

 ジェイスさんも20代かと思いきや、30代後半……。

 結婚してるかとか、見た目年齢とか、下手に何でもかんでも決めつけないようにしないと……。


「お2人とも見た目が若すぎます……。心臓が止まるかと思いました。あと、メアリーさんには申し訳ないですが、浮気じゃない限り、40代でも恋愛することはおかしいとは思わないので、今回ばかりはジェイスさんの味方です」


 そう言うと、ジェイスさんは本当に嬉しそうな笑顔で口を動かした。


「シェリーちゃん最高だよ! ありがとうっ! ほら! メアリー、これでついに3対1になったぞ。そろそろ諦めて、俺と結婚し――」


 そこまで言ったところで、メアリーさんはジェイスさんの足を思い切り踏んづけた。ジェイスさんはその横で悶絶している。あまりに突然の出来事に驚き、思わず声をかけてしまった。


「ジェイスさん! 大丈夫ですか……?」


 そう声をかけると、ジェイスさんはバッと顔をあげて口を動かした。


「大丈夫! メアリーはちょっと恥ずかしがり屋なだけだから。俺はぜーんぜん平気!」


――いや、めちゃくちゃ痛がってるのに何言ってるのこの人……。


「さあ、もう無駄話は終わりよ。シェリー、これからは真面目モードよ。さっ、仕事を続けましょ! 今度はこっち。ジェイスのことは放っておいて良いから、覚えることに集中よ! 分かった?」

「は、はいっ……!」


 こうして私はメアリーさんを追いかけるようにして、その場を去った。


――ところで、さっきジェイスさんは3対1って言ってたけど、私以外のもう1人って誰かしら……?


 ふと先程の発言に疑問が湧いた。しかし、それよりも私は今目の前のやるべきことに集中することにした。


 仕事を覚えるため、メアリーさんの発言をメモしながら説明をまとめる。丁寧に仕事を教えてくれるし、聞けば2人とも嫌がる顔など一切せず親切に教えてくれるから、仕事もとても覚えやすい。


 働き始めた初日は分からないことだらけだったが、もう次の日になれば最低限のことは覚えられた。2人の教え方の賜物だ。今日も順調に働くことが出来ていた。


――耳が聞こえないこともバレないし、最高の環境ね!

 人柄に関しても、今までの環境の中でダントツよ!


 そんなことを思いながら働いていたところ、厨房から出てきたジェイスさんに話しかけられた。


「シェリーちゃん、ちょっと思ったよりパセリの消費が早くてさ、悪いんだけど裏でパセリ取ってきてくれないか? 仕込み用のが足りなくてね」

「分かりました! 取ってきますね!」

「おっ! ありがとな」


 そう言うと、ニカっとジェイスさんが笑った。こんな素敵な笑顔を見せてくれるジェイスさんの頼みなら、何が何でも取って来ないと。


 そう思いながら、喫茶店の裏手にある家庭菜園規模の畑へ、お目当てのパセリを取るべく向かった。


――あっ! あった!

 これくらいで足りるかな?

 足りなければまた来たら良いし、取り過ぎるより良いよね。


 こうして、必要分であろうパセリを取り店の中に戻ろうとした。その瞬間、視界の端に仮面を付けた人物が映った。


――え? 見間違い!?

 見るのは怖いけど、見なくて何かあっても怖い……。


 そう思いながら、恐る恐る仮面の人物が見えたであろう方に目をやると、見間違いではなく確かに仮面を付けた人物が私から約20mの距離に立っていた。そして、あろうことかその人物は手を振り上げ、こちらにどんどん近付いてきている。


「ギャ――――――――!!!!!!!!」


 自分の叫んでいる声は聞こえない。だからどれだけの声量が出ているかは分からないが、とりあえず出さないよりは出したら誰か助けてくれるかもしれないと思い、叫びながら店の中に逃げ込んだ。


「シェリーどうしたの!?」


 叫びながら逃げ込むように店内に戻ってきた私に、メアリーさんは驚きと困惑の表情を浮かべながら口を動かした。


「メアリーさん……! ふ、不審者が……仮面を付けてて……」


 焦りと恐怖で呂律(ろれつ)が回らないながらも必死に伝えると、メアリーさんの表情から突然困惑の色が消えた。それどころか、ふふっと笑い出した。


「メアリーさん……?」


 なぜ彼女は今の状況で笑っているのだろうか。私にはその理由が分からない。このメアリーさんの反応で、私の方がより困惑してしまう。


 メアリーさんの表情から何とか情報を読み取ろうと、メアリーさんの顔を見ているとメアリーさんは突然店の入り口へと目を向けた。その視線の先には、さっきの手を振り上げてこっちに向かってきていた仮面を付けた不審者がいた。



「メ、メアリーさん、っあの人です……!」


 そう言いながらメアリーさんの顔を見ると、メアリーさんは入り口に立つ仮面を着けた人物にフッと微笑みかけ、その人物をこちらへと手招いた。

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