第1話 紗衣の好きな人
「えぇ~! 紗衣って湊人の事が好きなの!?」
全ての授業が終わって大半の生徒が帰り始めた時、隣の席からそんな声が聞こえてきた。
俺の好きな人の紗衣と、その大親友の雫の会話だ。
そしてその会話を聞いた時、胸が苦しくなった。
「…………」
俺は、その場から逃げるように早足で教室を出た。
家に着くとすぐに自分の部屋に入って、力尽きたようにベッドに倒れ込んだ。
「……そっか。席が隣だからよく話しかけてくれるだけだよな……。何を期待してたんだろ……」
俺はコミュ障とまではいかないが、そこまでコミュニケーションが得意とは言えない。そんな俺によく話しかけてくれる紗衣に惚れたのだ。
「あ、今日って塾ある日か……。宿題やらないとな……」
俺は塾の宿題を終わらせると、晩ごはんを食べて電車で塾に向かった。
「この文章を受動態の文に変えると――――」
声のデカい太った先生が、英語を教えている。が、紗衣の事が気になりすぎて授業の内容が頭に入ってこない。
そのまま2時間の授業が終わった。
「……終わった」
駅のホームに着いて、そう呟いた。
その時、ちょうど紗衣も駅のホームへやって来た。違う塾に通っているのだが、授業が終わる時間が被る日が週に一回あるのだ。
「あ、優希じゃん! ……って、えぇぇ⁉ どうしたの、世界がもうすぐ滅亡する時みたいな顔してるよ?」
「え……あぁ、まぁ、色々あったんだよ……」
「何かあったなら言いなよ? いつでも相談に乗ってあげるよ!」
紗衣は右手の親指を立てて、笑顔で言った。
「……うん。ありがとう」
「本当にどうしたのよ……。あ、分かったかも!」
「え?」
「好きな子に振られたんだ!」
「…………」
「え、図星? マジで? 誰なの? 教えてよぉ〜。絶対誰にも言わないから!」
「振られてないから! それと、紗衣だけには好きな人を言わねぇよ!」
「……なんでよ」
紗衣はほっぺを膨らませて少し怒り気味に言った。
「……絶対みんなに言いふらすじゃん」
「絶対言いません。神に誓います!」
「じゃあもし広がったらどうする?」
「え……? 電車さんのおもちゃ買ってあげる……」
「いらねぇよ! そんなにガキじゃねぇよ!」
「えぇー……、じゃあジュース奢ってあげる!」
「広まって、それで許してもらえると思うか?」
「えぇー。じゃあどうすれば良いのよ……」
そう、紗衣は残念そうに下を向きながら言った。
その時、ちょうど電車が来た。
「あ、電車来たぁ! ……優希の大好きな」
「別に好きじゃねぇよ」
「……え? そうだったの」
「はぁー……」
俺はため息を付きながら電車に乗った。夜というのもあるのか、人が少なく、全然余裕で座ることが出来た。
「ねぇ〜、教えてよ……」
「無理」
「どうすれば良い?」
そんな会話を繰り返しているうちに、降りる駅に到着した。
「明日絶対に教えてもらうからね!」
「うん。絶対に言わないから」
「じゃあ、ばいばい」
「ばいばい」
俺は一言返すと、家のある方へ向かって歩き始めた。
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