六十膳目 「舞茸の薄衣揚げ」
陽平はペンを走らせ、紙に今日作った料理を次々に書きつけていく。
陽平が書いていたのは、今日の晩餐会の献立だった。さすがに和紙に筆を使って…、とはいかないものの、書き方は料理人が作る献立と何一つ変わらないものである。陽平の整った字が、白い紙の上に次々と並んでいく。
ものの数分で、陽平は晩餐会の献立を書き上げた。
一、先附二種
舞茸の胡桃和え
舞茸と菊の煮浸し
一、酢の物
舞茸とネギのぬた
一、御肴
舞茸と牛肉のみぞれ煮
舞茸の薄衣揚げ 松葉銀杏
一、蒸し物
舞茸のホイル蒸し
一、焼き物
焼き舞茸 酢橘
一、御汁
舞茸
里芋
人参
鶏
芹
一、御飯
舞茸おこわ
香の物
一、御菓子
月見団子
陽平は出来上がった献立を食卓の上に置く。
「スゲー、本物の料亭みたい!」
いつの間にか和樹が陽平の背後に立っていた。
「まぁ、俺が本気を出せばこんなもんよ」
「あ、透瑠さんにお茶出してきたよ」
「ありがと」
陽平が和樹の肩をポンと叩いた。
「よし! じゃぁ、ぼちぼち始めますか!」
「うん!」
陽平は一番最初に出す和え物と酢の物を器に盛り、揚げ物の衣を準備する。衣は天衣と同じ材料で、それよりも少し緩めに作ってある。
その次に出す酢の物は器に盛られて冷蔵庫に、その次に出すみぞれ煮も、後は器に盛りこむだけにしてある。
「和樹、自分でポン酒の燗つけな」
「はいよ」
「舞茸焼いといてあげるから、後は自分でやって」
「はーい」
そのまま二人で十五分ほど慌ただしく手を動かし、陽平が和樹に声をかけた。
「よし和樹、透瑠さん呼んでおいで」
「うん!」
いよいよ晩餐会の開始である。
しばらくして、透瑠が居間のに入ってきた。
「陽さんも雅だねぇ」
設えられた食卓を見て、透瑠が嘆息する。
「お品書きまで作って、ススキまで飾って…」
「まぁまぁ、そう突っ立ってないでご着座を」
陽平が手を動かしながら、台所から冗談めかして声をかける。
「あ、貴方は当然一番奥のイスね」
「ぼくが上座でいいのかい」
「当然でしょ。賓客なんですから」
「透瑠さん、何飲まれます?」
「ぼくはお茶でいいよ」
「和樹、俺もお茶入れといて」
和樹が台所に二人分のお茶を取りに来て、ちゃっかり自分用の酒器まで食卓に運んでいく。
和樹が飲み物を置いた頃合いで、陽平は先附の小鉢を食卓へと運んでいった。銘々の盆に小鉢を置くと、陽平も食卓につく。隣の和樹が、酒を飲みたくてうずうずしているのがよく分かった。
「それでは、乾杯しますか!」
陽平が自分のグラスを持ち上げ、三人で乾杯をして料理を食べ始めた。
「舞茸って、こんな食べ方もできるんだね」
透瑠が関心した顔で煮浸しを食べ進めている。
「重陽の節句が近いから、菊を入れたのかい?」
陽平が大きく頷く。言わずとも、自分の真意を理解してくれたことが嬉しかった。
「この煮浸しの器だって、九谷か何かなんだろ?」
「まぁ、そんな上等なものではないけどね」
透瑠が煮浸しの器をじっくりと眺めている。白地の磁器に黄緑や黄色で絵付けされた、小ぶりながらも鮮やかな器である。
「こっちが胡桃和えかい?」
透瑠が胡桃和えの入った青磁の小鉢を手に取る。
「そう。胡桃の皮を取ってるから、白っぽい色になっているの」
「それは、また何とも手間のかかる…」
「陽平さんったら、その作業俺にやらせたんですよ」
和樹がムキになって透瑠に訴えている。
「そうかいそうかい。それはご苦労だったねぇ…。じっくり味わわせてもらうよ」
胡桃和えを一口に含んだ透瑠が破顔した。
「初めて食べる味だけど、とても濃厚で美味しいね! でも不思議とサッパリしてる」
「お、口に合った?」
「もちろん!」
先附を二品とも食べ終え、透瑠は自分の前に置かれた盆を愛でていた。
「盆が春慶ってのも、いかにも陽さん好みだよね」
「さすがお目が高い」
和樹が目の前に置かれたべっ甲色の漆の盆に目を落とす。
「俺には何のことだがさっぱりだわ」
「まぁ、君は食べるのと酒飲むのが全てだもんねぇ」
「陽平さんったら、ひどいなぁ…」
「でも、和樹君見てると、ほんと胸がすくような食べっぷりだよねぇ」
「そうですか?」
和樹が少し顔を赤らめる。
「陽さんが言ってた、『和樹は犬っぽい』ってのも分かる気がするわ」
「そんな、やめてくださいよ…」
「ところで、キミが飲んでいる日本酒、何だか独特な色と香りだね」
「あぁ、これですか? これ、陽平さん特製の舞茸酒なんです」
「舞茸酒? 中に舞茸が入ってるの?」
「そうです。焼いた舞茸を入れてあるんです」
「それはまた面白い…」
「お酒、飲まれないんですもんね? 残念だなぁ」
いつの間にか、和樹も透瑠とすっかり打ち解けたようだ。
「さ、そろそろ次の料理出しますよ」
陽平が空になった器を下げていく。
「次は酢の物か」
「そう。舞茸とネギのぬた」
「これはまた珍しい。陽さんって、奇をてらうわけではないけど、ホント目新しい料理を出してくるよねぇ」
「まぁ、そこはこだわってますので…」
透瑠に褒めちぎられて、陽平は先ほどから上機嫌である。
先附の器が下げられ、銘々の盆の上には白地の器に盛られたぬたが並んだ。
「さ、お召し上がりを」
ぐい吞みを傾けつつ、和樹は黙々と食べ進めている。味わいつつ食べていた透瑠の皿も、すぐに空になった。
「いやー美味しかったよ。次は…、御肴か」
透瑠が目の前に置かれたお品書きを持ち上げる。
「てっきり陽さんのことだから、強肴、止肴、みたいに分けてくるかと思ったよ」
「それも考えたんだけど、貴方、お酒飲まないじゃない? あれは元々正式な懐石での献立だし、今日はお手軽に」
「なるほど」
二人のやり取りを、和樹はポカンとした顔で見ている。
「すげぇ…、陽平さんとこんなに料理の話できる人俺初めて見た」
「この人の見識は凄いからね。もう一般人の域じゃないよ」
「いやいや、陽さんには遠く及びませんよ」
「それはそれは」
照れながら、陽平が台所からみぞれ煮を出してくる。今度は、赤絵の少し深さのある器だ。
「舞茸のみぞれ煮ってのも、珍しいよね」
「味を濃くしたくなくてね」
「確かに、サッパリしてて、スッと喉を通るね」
透瑠は一口パクっと食べると、そのまま黙々と食べ進めている。
透瑠と和樹がみぞれ煮を食べている中、陽平がポンと手を叩いた。
「さ、本日のメイン行きますか」
そう言って、陽平が一度外していた前掛けを締め直す。
「今から揚げ物用意してくるから、少し待ってて」
「楽しみにしてるよ」
「俺も楽しみにしてるー」
「バカ。お前はこっち来て俺の手伝いだ」
陽平が和樹を引っ張って台所に向かう。
台所には、もう既に揚げ物用の鍋が用意してあった。
その鍋の中に、陽平が揚げ油をなみなみと注いでいく。この油も、晩餐会のために用意した特別な胡麻油である。胡麻を煎らずに低温で絞った「白絞油」と呼ばれる、クセも香りも少ないものだ。
揚げ油を温めている間に、陽平の下準備をしていく。
舞茸に小麦粉をまぶし、一緒に揚げる銀杏も用意する。銀杏を全て先が二股に分かれた串に刺していく。ちょうど二粒並んださくらんぼの実の様な感じだ。
揚げ油が適温になると、陽平は舞茸にサッと用意してあった衣をまとわせて次々に揚げていく。舞茸を油に放つ度に、美味しそうな音がする。
陽平は脇に突っ立っていた和樹に声をかけた。
「そこに焦げ茶の土の器があるから、その上に紙敷いて」
「うん」
「あと、ホイル蒸しと焼き舞茸も同時に出すから、そっちの器も言う通りに準備して」
陽平は揚げ物をしながら、魚焼きグリルでは焼き舞茸を、隣のコンロに置いたフライパンではホイル蒸しを調理していたのである。
陽平は舞茸を揚げつつ、その合間で銀杏も素揚げにしていく。
舞茸と銀杏を全て揚げ終えると、陽平はそれらを大皿にうず高く盛りつけ、食卓に運んでいく。その大皿を食卓に置いたと同時に、透瑠がお手本のような歓声をあげた。
「うわぁー、豪勢だねぇ」
「本日のメイン、舞茸の薄衣揚げでございます」
薄衣揚げの名の通り、舞茸の衣は中の舞茸が透けて見えるほど薄く揚げられている。衣を薄くして高温でサッと揚げることで、舞茸本来の味が引き立つのだ。
「さ、ホイル蒸しと焼き舞茸もありますよ」
陽平が和樹と手分けして、取り皿と共に蒸し物と焼き物の皿も運んでくる。
「揚げ物は塩で食べればいいのかい?」
「そうそう。ホイル蒸しはお好みでお醬油を、焼き舞茸はすだちを絞ってどーぞ」
透瑠がまず薄衣揚げに箸を伸ばす。塩を少しつけ、ゆっくりと一口かじる。サクッという小気味いい音が食卓に響いた。
そのまま透瑠は、ホイル蒸し、焼き舞茸と立て続けに箸を伸ばしていく。
「いやー、どれもシンプルだけど美味しいね」
「全部舞茸本来の味だよ。俺はそんな味つけしてない」
「そうだろうけど、それを活かせるかは作り手の腕次第じゃないか」
「まぁ、そう言ってもらえれば嬉しいけど…」
「どれも舞茸の香味と歯応えが活きてるよ」
「ホントに?」
「薄衣揚げはさっくりとしてて食感がいいし…、ホイル蒸しは少しねっとりとして香りもいいし…、焼き舞茸も旨味が出てていいね。同じ食材で、ここまで味や食感を変えれるって、奥深くもあり、面白くもあるな」
「さ、食べれるだけどんどん召し上がってください」
陽平は二人に料理を勧め、自分も上機嫌で自分が作った料理に箸を伸ばす。三品とも、ほとんど思い描いていた通りの満足のいく仕上がりだった。和樹は先ほどから「美味い!」を連呼しながら、食卓に並んだ舞茸料理にどんどん箸を伸ばしていく。元来少食なはずも透瑠も、和樹の食いっぷりのお陰か、今日はよく食べている。
三人前にしては少し多めの量だったはずなのに、三人はあっという間に料理を食べ切ってしまった。
「いやー少し残るかと思ったけど、全然そんなことなかったね」
食器を下げ、最後のおこわと汁物を出しながら陽平は苦笑した。
「定番ではあったけど、どれも美味しいかったよ。ぼくも久しぶりにこんなに食べた」
「俺も、今日は結構食べたな」
「和樹は少し食い過ぎ」
「だって、陽平さんの料理はどれも美味しいんだもん」
「和樹君は、いつもこんな料理食べれて幸せだねぇ」
「さ、最後におこわと舞茸汁もどーぞ」
陽平が銘々の盆に汁椀と飯茶碗を置いていく。少食の透瑠の分だけは、飯も汁も量を控えめにしてある。
「おこわは蒸し器で作ったの?」
「分かる?」
「米粒がべたついてないから、そうかなぁと」
「さすが」
透瑠が汁椀のフタを取る。
「これは…」
「山形の芋煮を少しアレンジして、舞茸が活きるような汁にしたの」
透瑠が汁を一口含み、汁の実にも箸を伸ばしていく。
「変わった物は入ってないけど、薄味で深みのある味だね。芹の瑞々しさがいい仕事してる。鼻に抜ける舞茸の香りも、それに全然負けてないね」
「ホント、芹の香りとシャキシャキ感がいいね! おこわもモチモチですごく美味しい! 陽平さん、おかわりないの?」
「ハイハイ、今持ってくるから…」
「いやー、どれも美味しかったよ。さすがは陽さん!」
飯と汁もぺろりと平らげ、透瑠がゆっくりと箸を置いた。透瑠は幸せそうな、満ち足りた表情をしている。その横では、和樹がまだ二杯目のおこわを頬張っている。その表情も、幸せそのものといった感じだ。
二人の顔を見ながら、陽平は達成感を覚えつつ、自分の中でまた料理意欲がふつふつと湧き上がってくるのを感じていた。




