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五十九膳目 「舞茸おこわ」

 蒸し器を火にかける傍らで、陽平はもう一品、おまけの品を作ろうとしていた。

 まだ蒸し器の湯が沸騰するまでいくらか時間があるので、その合間に一品用意しようと思い立ったのである。陽平が取り出したのは、上新粉の袋だった。

 ボールに上新粉をあけ、水と砂糖を加え、ラップをかけてレンジで二分。少し半透明になったそれを一度混ぜ合わせ、再びレンジで二分強。こうして二度レンジにかけたボールの中には、真っ白な生地が出来上がっていた。

 陽平はそれを冷水にくぐらせ、少し冷ましてから十分に練っていく。生地の表面に少しツヤが出てきた頃合いで、最後にもう一度レンジにかける。手間を惜しまずにこの作業をすることで、レンジだけでもコシのある生地を作ることができるのだ。

 出来上がった生地を、陽平はピンポン玉ほどの大きさに丸めていった。陽平が作っていたのは、月見団子だったのである。

 団子が出来上がったのと前後して、蒸し器から湯気が立ち始めていた。

 陽平は蒸し器のフタを取り、蒸し布を敷き、浸水させておいたもち米をまんべんなく敷き詰める。もち米を蒸し布で包み、ゆっくりとフタをする。蒸しムラのないように時々上下を返しつつ、まずはもち米にある程度火を通していくのだ。

 もち米を蒸し器にかけながら、陽平は細々した用意をどんどん進めていく。

 晩餐会に使う器を洗い、少しずつ他の料理の仕上げを始めていく。

 それが一段落すると、今度は食卓の準備を始めた。それぞれの盆の上に懐紙を敷き、その上にグラスを伏せる。箸置きを置き、その上に割り箸を載せる。割り箸といっても、懐石で使うような上等な杉の利休箸だ。食卓の上は、さながら高級料亭のようになっている。

 ちょうどそのタイミングで、和樹がお使いから戻ってきた。手には紙に包まれたススキの束を持っている。

 「ただいまー」

 「おう、お疲れ様。ススキは買えた?」

 「うん」

 「よし、じゃぁソファーの前の机に飾ろっか」

 陽平が予め用意しておいた花瓶に水を入れ、丁度いい長さに切り揃えたススキを活ける。

 「これで完璧だね」

 「机の上、めっちゃキレイになってるじゃん!」

 「汚さないでよ?」

 「わかってるって。俺もう休んでていい?」

 「いいけど、もうそろそろ透瑠さん来るよ」

 「それまででいーからさ」

 上着を脱ぎ、和樹がどっとソファーに座りこんだ。陽平が台所から団子を持ってくる。

 「はい、あーん」

 和樹が素直に口をあーんと開ける。それを見て、陽平はヒナみたいだと思った。

 「お前、俺の手まで食うなよ」

 和樹がパクっと団子を頬張る。ヒナというよりかは、手のつけられない猛獣と言うべきだろうか。これがきびだんごならば…、と妄想して、陽平はくすりと笑う。

 「で、美味かったけど、これは何?」

 「空いた時間で、月見団子作ったの」

 「進捗はどう?」

 「今九品目のおこわ蒸してるところ」

 「おお、じゃぁもう終わるね」

 「ちょっとおこわの様子見てくる。あと、晩餐会までに、もう少しマシな服に着替えてよね」

 「ハイハイ」

 陽平は台所で蒸し器のフタを開け、蒸し布の端を持ってもち米の上下を返していく。湯気がもうもうと辺りに立ちこめている。

 和樹がのっそりと立ち上がり、着替えに立った。台所の端から、陽平に声をかける。

 「陽平さん、何着ればいいの?」

 「上だけ襟つきの白いシャツに替えればいいんじゃない?」

 「うわー、汚しそうだわ」

 「じゃぁ、紺のシャツで」

 「はいよ」

 和樹は一度自分の部屋に着替えにいき、すぐに戻ってきた。

 「これでいい?」

 「うん、カッコいいよ」

 そんなやり取りをしていると、玄関のインターホンが鳴った。ちょうど五時を少し回った所だ。

 「はーい」

 陽平が小走りで玄関に向かう。その後ろに、和樹も続く。

 陽平が玄関を開けると、そこには馴染みの顔があった。

 「久しぶり、陽さん」

 「透瑠さん、お久しぶり。舞茸送ってくれてありがとね」

 「いやいや、むしろ引き取ってくれて助かったよ」

 「さ、上がって」

 陽平が透瑠を中へと招き入れる。

 今日の透瑠は、白茶のワンピースをまとっていた。生地一杯に原稿用紙の柄が入った、一目で着てる人間が物書きだと分かるようなデザインである。玄関を入ったところで、透瑠と和樹が顔を合わせた。

 「あぁ、キミが和樹くんだね?」

 「はい。俺が和樹です。はじめまして」

 「お話は陽さんからかねがね聞かせてもらってるよ」

 「そうですか…」

 緊張している和樹は言葉少なに応対する。

 「あ、そうそう、お土産を持ってきたよ」

 透瑠が提げていた黄色い紙袋をちょっと持ち上げる。陽平はその紙袋にどこか見覚えがあった。

 そして、紙袋からほのかに香る、ニッキの匂い──。

 陽平は瞬時に紙袋の中身が何かを悟った。

 「それ、人形町の…」

 「さすがだね。まだ何も言ってないのに」

 「まぁ、俺も買いに行ったことあるしね」

 「今日は間違いなくご馳走にありつけると思ったから、手土産も上等なのにしたよ」

 「そんなの、こっちから呼んだんだから気にしなくていいのに…」

 「このお菓子の価値も、物書きの陽さんなら分かると思ってね」

 この菓子は、かつてさる女流作家が贔屓にしたことで有名なのだ。そしてその作家は、陽平が敬愛する作家の一人でもある。

 「ありがたく頂戴します」

 陽平は恭しくその紙袋を受け取った。作家二人のやり取りを、和樹はポカンとした顔で眺めている。

 「あ、あと梨のいいのが手に入ったから、それも持ってきた」

 透瑠の荷物の中から手品の如く、大振りの梨が二玉出てきた。それも同じく、陽平が受け取る。

 「両方とも、後でいただくとしますかね。透瑠さん、晩餐会までもう少し待ってて」

 「なら、少し原稿やっててもいいかい?」

 「もちろん! それなら、俺の書斎使って。万年筆も原稿用紙も好きに使っていいから」

 「さすがに万年筆はやめとくよ」

 「何を今さら…、その昔、俺の万年筆貸したことあるじゃない」

 「そんなこともあったねぇ…」

 「和樹、透瑠さん俺の書斎に案内して」

 「うん」

 和樹に後を託すと、陽平は急いで台所に戻った。そろそろもち米に具を混ぜなければならない頃合いだ。

 蒸し器のフタを取り、もち米の固さを確認する。まだ少し芯が残っていたが、具を混ぜるには最適な固さだった。

 そこへ、和樹が書斎から戻ってきた。

 「陽平さん、透瑠さんにお茶お出していい?」

 「あぁ、お願いできる?」

 「任された」

 陽平は蒸し布ごともち米を持ち上げ、それを大きなボールにあけた。まだもち米は粘り気が少なく、粒同士が当たってパラパラと音を立てる。陽平は用意してあった具を切り混ぜ、もち米とムラなく混ざったところで、再び蒸し布に包んで蒸し器の中に戻す。

 このまま十分ほど蒸し、最後にもう一度上下を返せば完成である。

 陽平は調理台の一角をキレイに片づけると、おもむろに紙にペンを走らせ始めた。

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