五十七膳目 「舞茸汁」
やはり一人では退屈したのか、みぞれ煮を作り終えたタイミングで和樹が台所に戻ってきた。
「ねぇねぇ、陽平さん」
「どしたの?」
「透瑠さん、何時にいらっしゃるの?」
「さっき連絡したら、五時とか言ってたね。ま、あまり当てにはしてないけど……」
「透瑠さんって、自由人なの?」
「うーん、俺といい勝負だと思う。お互い会う時は、きっかり何時何分、みたいな待ち合わせはしないかな」
「俺には考えられんわ」
和樹が不快感を露にする。万事大らかな陽平と違い、和樹は元来時間に小うるさい性格なのだ。
「でも、俺とつき合って大分免疫ついてきたでしょ?」
「悪い意味でね」
和樹が皮肉たっぷりに言う。
「ま、あの人は飽きない人だよ」
「俺のこと、知ってるんだよね?」
「もちろん」
「ならいいけど…」
「初めて会うから、緊張してるんでしょ?」
「まぁ…、多少は、ね」
和樹はそれほど社交的な性格ではないので、無理もないのかもしれない。これでも社会人経験を重ねて、かなり改善した方だが。
「そろそろ、少しずつ準備しておこっか」
陽平は壁の時計を一瞥した。軽い昼食を取り、午後から調理を始めたのでもう三時半を回っている。
「陽平さんは何作ってたの?」
「舞茸と牛肉のみぞれ煮」
陽平は味見皿にみぞれ煮を盛って差し出す。
「ほら」
「……うん、サッパリしてて美味いわ。それでいて、牛肉入ってるから食べ応えある」
「そりゃよかった。じゃぁ、次も作っていきますか」
「今何品目?」
「次作るので七品目かな」
「間に合うの?」
「次は汁物だから十分もあればできるし、最後の二品は透瑠さん来てから仕上げるつもり」
「このお米は?」
和樹が冷蔵庫を開けながら、中に入っている米のボールを指差した。陽平に頼まれて、和樹が浸水させたものだ。
「あぁ、それはもう少し置いておこうかな。あと三十分は置いとかないと」
「これってもち米なんでしょ?」
「うん。おこわ炊くつもりだからね。その前に汁物作らないと。和樹、今から言う食材冷蔵庫から取って」
「いいけど、」
「里芋、人参、鶏もも、芹、あと酒と味醂と醤油と…」
「ちょちょ、早いってば」
呪文の如き陽平の早口にあたふたしながら、和樹は言われた材料を調理台に出していく。
「これで汁物作るの?」
「うん」
陽平が鍋をコンロにスタンバイし、その中に昆布で取った出し汁を注ぎ入れる。鶏肉を先に一口大に切って鍋に入れ、その鍋を火にかけながら、陽平は里芋の泥を落とし、水気を拭き取ってするすると皮をむいていく。形に頓着してないので、皮むきに使ってるのはピーラーだ。
里芋も皮がむけたものから、一口大にして鍋に放りこんでいく。
「よし、おこわの準備も一緒にしちゃおう。和樹、油揚げ」
「油揚げをどーしろと?」
「取って」
「人に物頼むのに、その態度はないでしょ」
「ハイハイ、失礼しましたね」
人参を千切りにしながら、陽平が邪険に答える。
頬を膨らませて抗議する和樹をよそに、陽平は煮立ってきた鍋の灰汁をすくい、臭み消しの酒を降り入れる。人参と舞茸も鍋に加え、味醂と醤油で味を軽く調えた。もちろん味つけは塩気を控え目にしてある。
少し煮こんでいる間に、陽平は芹を洗い、適当なざく切りにする。全ての食材に火が通ったのを確かめて、陽平は汁の味を見た。
「芹、今入れると火が通り過ぎちゃうから、また後で。という訳で、味見もお預け」
「えー、それ目的で台所で待ってたのに」
「もうじきに夕飯なんだから、その時にね」
陽平が和樹の頭をわしゃわしゃする。聞こえてくるはずのない、くぅーんという鳴き声が陽平には聞こえた気がした。




