五十六膳目 「舞茸と牛肉のみぞれ煮」
陽平は次なる料理の支度のために、牛肉のパックを冷蔵庫を出したところだった。牛肉はごくごくありふれた、肩ロースの薄切り肉だ。陽平はこの肉と舞茸を使って煮物を作ろうと考えていたのだった。が、いつも通り陽平の頭の中にはまだ料理の完成形は見えていない。
主になる食材である舞茸と牛肉の組み合わせは決めていたのだが、何で炊くのか、どういう味つけにするのかすらもまだ決めかねている有様なのである。
「和樹、ここはいいから、食卓少し片づけてきて」
「はいよー」
洗い物をしていた和樹が手を拭い、台所から出ていく。
少し静かになった台所で、陽平は再び煮物のことを考え始めた。
舞茸と牛肉で煮物を考えるならば、真っ先に名が挙がる料理が「時雨煮」である。
生姜をたっぷりと入れ、甘めの汁で照りが出るぐらいまで炊き上げる、定番の調理法だ。陽平も初めは時雨煮を作ることを考えていたのだが、今日の献立全体のバランスを考えて、時雨煮を作るのをやめたのだった。
陽平は今日の献立を、舞茸の味を活かすために出し汁や醤油を多用した料理ばかりで組んでいた。そのために、総じて味も全体的に塩気が強めで単調な物が多くなっている。ここで更に甘みが強い時雨煮を組み入れてしまえば、単調な味が続くことになってしまう。生姜や調味料を多く用いれば、舞茸の繊細な香りを消してしまう可能性もある。だが、陽平はそれに代わるような料理も思いつかずにいた。
冷蔵庫の在庫から何かヒントを得ようと、陽平は冷蔵庫の扉を開いた。陽平が何を作るか迷った時によくやるクセだ。
「あっ、これが使えるかもしれない!」
解決の糸口になりそうな食材を見つけ、陽平は思わず大きな声を出した。
「陽平さん、どしたの?」
和樹が居間の方から顔をのぞかせる。
「いや、何でもない」
「食卓の片づけ終わったけど」
「じゃぁ、休んでていいよ」
「オッケー」
陽平は見つけた食材を片手に、頭をフル回転させる。陽平が見つけたのは、使いかけの大根だった。
──これを大根おろしにして、酢を少し使えば…。
思い浮かんだ料理を忘れないよう、すぐに鍋に出し汁を入れ、火にかける。出し汁が煮立ってきた頃合いで鍋に牛肉を入れ、臭み消し用の酒も加えてアクを丁寧に取り去っていく。味醂を少し加え、陽平が手にしたのは米酢のビンだった。酢を入れることで、さっぱりとした味わいになると踏んだのである。十分に煮立たせてしまえば、それほど酸味が残ることもない。
陽平は酢を少量加え、立て続けに舞茸もそこに加えた。そのまま一煮立ちさせている間に、陽平は脇の調理台で大根おろしを作っていく。
舞茸に火が通ったのを確認して、陽平は大根おろしを加えた。陽平がたどり着いた答えは「みぞれ煮」だったのである。舞茸の気配を消してしまわぬよう、普段作る時よりも大根の量は控えめにしてある。時間をかけると舞茸の香りが飛んでしまうので、大根の辛味を軽く飛ばす程度に、そのまま更に数分煮こんでいく。
仕上げに風味つけの醤油と一味唐辛子を振り入れ、陽平は味を見た。
──よし、想像通りになってる。
思い通りの味に仕上がったことに、陽平は言いようのない満足感を覚えていた。それぞれの食材の風味を損なうことなく、調味料が勝ちすぎていない淡白な味になっている。これで一度少し冷ませば、もっと落ち着いた優しい味になるだろう。
陽平は一人ほくそ笑みながら、そっと味見用の皿を置いた。




