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五十三膳目 「舞茸とネギのぬた」

 盃をくるくると回しながら、陽平はゆっくりと盃を干した。

 今の陽平の顔は無表情で、およそ美味な物を口にしている人間の顔とは程遠い。独特な旨味の強い日本酒の味はあまり得意ではないが、味見のために一杯だけ口にしたのだ。

 ゆっくりと舌の上で転がすと、芳醇な舞茸の香りが鼻に抜けていった。自分からはまず口にしない日本酒だが、さりとて全く飲めぬわけでもない。舞茸の香りと塩味が加わったことで、普段の燗酒よりも飲みやすくなっている気がした。

 「どう? 美味いでしょ?」

 「…俺にはポン酒のよさってのはよくわからんわ」

 「えー、めちゃくちゃ美味いじゃん」

 「そもそもアルコールの味ってのが、いけ好かないのよ」

 「陽平さんって、案外子供っぽい味覚してるよね」

 年下の和樹の一言に、陽平がムスッとする。

 「俺は、食材とのペアリングが分かればそれでいーの」

 「もったいないなぁ…」

 「そば屋が全員そば好きじゃないのと一緒。それに俺は、料理と違って酒はかじっただけだし」

 「何でそば屋が出てくるのさ?」

 「物の例え。それより和樹、胡桃買ってきてくれた?」

 「うん、ちゃんと生のもの買ってきたよ」

 「よしよし。じゃぁオーブン余熱して、胡桃焼いちゃって」

 いつものごとく、陽平が和樹の頭をわしゃわしゃする。もはや犬にするグルーミングみたいなものだ。 

 「えー、胡桃何使うの?」

 「次の料理に使うから、和樹下ごしらえよろしく」

 「えー。陽平さんは何するのさ」

 「俺は次の料理作る」

 「次は?」

 「和樹の大好きな白味噌使うよー」

 「えっ、白味噌?」

 犬の耳がピクっとなる。

 「何か当ててみてよ」

 「味噌汁?」

 「違う」

 「じゃぁ味噌漬け?」

 「違う。和え物」

 「味噌和えってこと? 聞いたことないけど」

 「作るのは『ぬた』だね」

 「舞茸の…、ぬた?」

 確かに一度聞いたぐらいでは、とても料理の名前とは思えない言葉の羅列だろう。

 「ま、辛子酢味噌和えだね。一緒にネギも入れるよ」

 「さすが陽平さん、酒に合うものが分かってるねぇ」

 「悔しいけど、今回は酒の肴になる料理ばっかだわ」

 「やったね!」

 陽平は冷蔵庫の保存容器の中から白味噌を一すくい小鍋に取り、少量の酒と砂糖を加えて弱火にかけた。

 「夏場過ぎたから、ようやく白味噌使えるようになったね」

 「ねー」

 白味噌はその特性上、夏場に出回る品は保存性を高めるために少し塩辛く作られる。それを嫌って、陽平はその時期には白味噌を使わないのだ。逆にそれ以外の時期は、和樹の要望もあって大抵は冷蔵庫に常備している。

 「関東の家庭で、白味噌常備してる家なんてそうそうないんだからね」

 「いやー、白味噌だけは譲れないじゃん」

 「さすがは京都人」

 「ま、小学生の時にはこっちきてたから、小さい記憶ってそこまでないんだけどね。刷りこみって言いますか…」

 「お前、雑煮も白味噌で作れって言うもんな」

 「そうね。白味噌以外はあまり食べないかも」

 白味噌をしっかりと練り合わせたら鍋を火から下ろし、辛子を加え、米酢で味噌をのばしていく。米酢は味噌に加える前に、予め煮切って酸味を飛ばしてある。

 味噌を冷ましている間に、陽平は小鍋を使って舞茸とネギをサッと煮ていく。それぞれ出し汁を沸かせた別の鍋で、舞茸はアクを抜くように、ネギは食感を損なわないように、注意を払いながら火を通していく。

 陽平は煮上がった舞茸とネギを汁から上げ、粗熱を取ったところで味噌に混ぜ入れた。仕上がったぬたを、陽平は一口味見した。思いつきで舞茸をぬたにしたが、やはり間違いなかったようだ。舞茸とネギの歯応えもよく、それらとサッパリした薄味に仕上げた辛子酢味噌の相性も抜群だった。

 味見を終え、陽平はいつも通り一口分だけ小皿に盛った。

 「さ、和樹、できたよ」

 オーブンの前で胡桃の焼き加減を見ていた和樹が陽平の方を向く。

 「食べていいの?」

 「ホントはもう少し冷やした方が美味しいんだけど、すぐ食べたいでしょ?」

 「うん」

 「じゃぁ、食べな」

 和樹が箸を手に取り、パクっと頬張った。

 「うん、シャキシャキしてて美味い! 舞茸の味もするけどコクがあって…、やっぱ白味噌は最強だわ」

 「え? 最強なのは俺の料理の腕でしょ?」

 すかさず陽平がドヤ顔を決める。

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