五十二膳目 「舞茸酒」
「さ、次は和樹の出番だよ」
「俺の出番って?」
「ポン酒、用意してくれたでしょ?」
「あぁ、もちろん! まぁ、ウチに買い置きしてあったヤツだけどね」
和樹が四合ビンを一本、大事そうに抱え上げる。
「探してる感じからして、山廃がいいのかなぁ、って」
「ほう…」
「で、俺が用意したのがコレ」
ビンをドカッと調理台の上に置く。
「あー、諏訪のヤツじゃないの」
陽平はラベルを一瞥しただけで的確に言い当てる。
「やっぱり、陽平さんは知ってたかぁ…」
「何なら和樹、前にウチで飲んでたことない?」
「えっ、そうだっけ?」
「俺の記憶違いでなければ」
「マジか。ここの山廃珍しいから知らないかなぁ、って思ったんだけどなぁ」
「よし、和樹、その酒すぐ開けろ」
「え?」
和樹が一瞬固まる。
「晩餐会の乾杯用じゃないの?」
「透瑠さんは酒飲まん。その酒は、これから次の料理に使う」
「マジで、これ料理酒にすんの?」
和樹が四合ビンを陽平から遠ざける。
「そんなもったいないことしねぇよ」
「えっ、でも……」
さしずめ今の和樹は、自分のおもちゃを離すまいとする子どもといったところだろうか。
「すぐできるし、その場で味見していーから」
「うーん」
「昼間から俺が酒飲んでいいって言うの、結構レアだぞ?」
「ホントに飲んでいいの?」
「あっ、そのまま飲むなよ」
「陽平は一体何を作ろうとしてるのさ?」
「舞茸酒。ほら…、ヒレ酒とか岩魚の骨酒みたいに、熱燗に何か入れて飲むヤツあるじゃない?」
陽平が燗をつける用の鍋とチロリを出してきた。鍋に水を張り、もう燗に使う湯の支度を始めている。
「今回はそれの舞茸バージョンと?」
「そそ。塩振って焼いた舞茸を入れると美味いらしいのよ」
「らしい、って…。陽平さんまーた作ったこと無いもの作ろうとしてるの?」
「だって俺、酒飲まないじゃん。これに関しては、見たこともないからマジで実験って感じ」
「せっかくのお酒、ムダにしないでよ?」
「誰に向かって言ってるんだよ」
「だってこれ、とっておきの酒なんだもん」
「まぁ怖いから、先に少し味見しとくか」
陽平がビンの栓を抜き、グラスに少量酒を注ぎ入れた。和樹の用意した日本酒は、かすかに黄色みがかった液色をしていた。
陽平はグラスを両手で包みこむようにして持ち、まずはその香りを嗅ぐ。わずかだが、乳酸発酵のような香りがする。グラスを軽く回して香りを開かせてから再び香りを嗅ぎ、最後に一口だけ口に含む。舌の上で酒を転がしながら、ゆっくりと飲み下す。
陽平は下戸であり、日本酒も全く好きではないのだが、料理との相性を知るために一通りの知識は習得しているのである。陽平にしてみれば、日本酒もワインも他の料理の材料と大差ない。味を見て、それが活きるように少し手を加えてやればいいだけだと思う。
「よし和樹、お燗の準備して。気持ち熱めで」
陽平は燗酒の指示を出すと、酒器の支度を始めた。食器棚から引っ張り出してきた銚子を一度洗い、その中にさっき焼いた舞茸を少し入れる。
「陽平さん、準備できたよ」
「よし、じゃぁ、チロリから銚子の中に 移して」
「これでホントにできるの?」
「このまま五分ぐらい待ってみな。多分舞茸の旨味が移ってるはず」
和樹はきっかり五分、銚子を穴が開きそうなぐらいじーっと眺めてから、舞茸酒をぐい呑みに注いだ。注ぎ終わる前に、和樹が歓声をあげる。
「ナニコレ! 少しライムグリーンになってる!」
「それが舞茸の旨味だよ」
和樹がゆっくりと舞茸酒を口に含む。半信半疑といった感じだったその顔が、にわかにほころんだ。
「これ、美味いわ。しっかりと舞茸の味も香りもする」
「おぉ、じゃぁ実験成功ってことだね」
陽平がニカッと笑う。




