五十一膳目 「焼き舞茸」
休日の朝、何の前触れもなくインターホンが鳴った。
居間でゴロゴロしていた陽平が和樹と顔を見合わせる。宅配業者のようだったが、陽平には心当たりがなかった。
「和樹、何か頼んだ?」
「いや、俺は何も。陽平さんこそ、また通販で本買ったんじゃないの?」
「いや、俺も買ってない。誰だろう…、和樹、ちょっと出てきて」
「えー」
「いーから」
渋々立ち上がり、和樹が玄関へと向かう。しばらくして、和樹は段ボール箱を抱えて居間に戻ってきた。
「何だった?」
「陽平さん宛ての荷物。クール便だってよ」
陽平が荷物を受け取る。ひんやりとした段ボール箱は、見た目に反してそれほど重くはなかった。
「誰からだろう…」
訝りながら、陽平が伝票を覗きこむ。
「やっぱり自分と違う苗字のハンコ押すって、ちょっと緊張するよね」
「でも、恋人の苗字なら悪い気はしないでしょ?」
「うん、嫌いじゃないな」
思わず和樹の顔が緩む。
「荷物、透瑠さんからだったよ。しかも中身舞茸だって」
「えー、たかが舞茸でこんな大荷物になる?」
和樹の言う通り、スーパーでパック売りされている舞茸からは想像もつかない大荷物である。
「ということは、もしかして…」
「どうしたの?」
陽平が荷物の封を切る。中には新聞紙が敷き詰められており、湿ったそれを丁寧に取り除いていく。
「あっ、やっぱりそうだ! 和樹、これはご馳走だよ!」
「えー、舞茸でしょー、って何このデカいの!」
箱の中身を見た和樹が目を丸くする。箱の中一杯に、大きな褐色の切り株のような物が横たわっている。
「これはねぇ、天然物の舞茸」
「天然物? フツーのとは違うの?」
「全くの別物だよ。松茸並みの高級品なんだから」
「へぇー」
陽平が同封されていた封書を開け、中の便箋に目を通す。読みながら、陽平がクスクスと笑っている。
〈前略 到来物なれど、ぼくの手に負えない物なのでそちらで美味く可愛がってやってください。小説の題材にでもなされば 草々〉
「美味しく可愛がって下さい、って…、透瑠さんらしいな」
「何て書いてあったの?」
陽平が和樹に便箋を見せる。それを見て、和樹もクスクスと笑う。
「面白い人だね」
「せっかくだから舞茸で十品作って、透瑠さん招いて晩餐会にしますか」
「おぉ、それいいね」
「じゃぁ、必要な物書くから、和樹買い物行ってきてくれる?」
「陽平さんは一緒に行かないの?」
「俺は、舞茸の下ごしらえをする。天然物だと、結構手間かかるんだよ」
「わかった」
冷蔵庫の中身を確認しつつ、陽平が台所で素早くメモにペンを走らせていく。
「あと、今ウチにあるのでもいいから、日本酒を一本見立ててほしい」
「ナニナニ、日本酒だって?」
日本酒という言葉に、和樹の耳がピクリと動いた。
「今、ほしい日本酒の特徴言うからさ」
「よっしゃー! まかせといてー」
和樹が大袈裟にガッツポーズをする。
和樹を使いに出し、陽平は調理台で特大の舞茸の下ごしらえを始めた。
舞茸を小房に割いていき、表面についたゴミや枯れ葉を取り除いていく。全てを割き終わると、陽平は大きなボールに塩水を作った。その塩水の中に、舞茸を全て沈める。栽培された物と違い、天然物にはゴミや枯れ葉に他にも小さな虫などを付着しているのだ。その虫を全て追い出すために、「虫出し」と呼ばれる塩水に漬けるこの作業が必要不可欠なのである。
十五分ほど塩水に漬けていると、小さな芋虫のような虫が次々に舞茸から這い出してきて、ボールの底の沈んでいった。この光景を虫が苦手の和樹が見たら、きっと絶叫するに違いないだろう。それが目に見えたので、陽平は早々と和樹を外に出したのである。
二十分ぐらいで塩水から舞茸を引き上げ、陽平は再度流水で舞茸の表面を丁寧に掃除していく。この作業まで終わらせて、ようやく調理の工程に入れるのだ。確かに料理慣れしていて、虫嫌いでない人間でなければ難渋する作業かもしれない。
陽平は魚焼きグリルに火を点け、水気を拭き取った舞茸を並べていく。最初の一品は、素焼きにすると舞茸を見た時から決めていた。小房に分けた舞茸は、更に一口大に細かく割いてある。
舞茸を焼いている合間に、和樹の目に触れないよう、流しに溜まったゴミや虫をさっさと始末する。ちょうど舞茸が焼き上がった頃合いで、和樹が買い物から帰ってきた。
「わー、めっちゃいい匂いー」
「あ、お帰り。買い物ご苦労様」
「焼き舞茸? 食べていい?」
「とりあえず、流しで手洗いな」
「はーい」
手を洗い終わった和樹に、焼き舞茸を小皿に載せて渡す。
「味つけてないから、塩振って食べてみて」
「はーい」
「どう?」
「これ…、めっちゃ美味い! 確かに舞茸の味だけど、食べたことない味」
「どれどれ…、俺も味見してみますか」
一口味見して、陽平は目を見開いた。思わず和樹と顔を見合わせる。
「これ…、美味いな」
「でしょ? 俺もビックリしちゃった」
陽平はもう一度舞茸を口に運ぶ。確かに焼いてる時の香りからして普段と違ったが、市販品とは比べ物にならないほど豊かな香味である。旨味が強く、歯応えも驚くほどしっかりとしている。
果たして、ここからどう調理するのが正解か───。
大体の献立は組み終わっているが、もしかしたら、他にもっとよい調理法があるかもしれない。
陽平は目を閉じてゆっくりと咀嚼し、頭をフル回転させた。




