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五十膳目   「鯵のがわ汁」 ※9/26空白削除しました。

 「お寿司まで作って、最後の一品は何作るの?」

 「最後はねぇ、とっても簡単な汁物だよ。多分和樹でも作れる」

 「で、その汁物ってのは? 俺これから鍋とか持ちたくないよ?」

 和樹がお預けを食らった犬のような顔をする。

 「次は、がわ汁」

 「がわじる?」

 「鯵の味噌汁。静岡の郷土料理の」

 「鯵が具の味噌汁ってこと?」

 「そう。でも鍋は使わない」

 「回りくどい言い方してないで、ちゃんと教えてよ」

 「味噌汁だけど、冷製仕立てにするから、火は使わないの。その汁も、もう作って冷やしてあるし」

 陽平が冷蔵庫から汁の入った小鍋を取り出してきた。

 「今日みたいな暑い日にはピッタリでしょ?」

 「うん!」

 「これは具なしの味噌汁だから、ここに鯵の切り身と薬味を加えて食べるの」

 「えー美味そう」

 「ちょうどお前の昼メシの時にこの汁作ってたから、出し茶にしたんだよ」

 「あー、それで」

 「さっき寿司作る時に一緒に薬味用意しといたから、和樹が好きに作っていいよ」

 「俺が作るの?」

 眉をひそめる和樹に、陽平がタッパーを少し持ち上げる。

 「だって俺、他の料理の支度しないといけないし」

 「まぁ、これぐらいならいいけど…」

 和樹が言われた通りに椀を取り出し、中に鯵の切り身、生姜と茗荷を入れた。

 「鯵と野菜入れたけど、ここに味噌汁入れればいいの?」

 「そー」

 手を動かしている陽平の反応は薄い。和樹は椀に冷たい味噌汁を張った。

 「味見していい?」

 「どーぞ」

 作業に集中している陽平は、相変わらず和樹に顔を向けようともしない。和樹はふてくされながら、汁をすすった。

 「んん! これサッパリしてて美味いわ」

 「どれどれ」

 陽平が和樹の持っていた椀から一口味見した。

 「うん、かなりサッパリ仕上がったね。鯵の身も冷蔵庫で冷やしといて正解だったわ」

 ここまで何回も使ってきた食材の組み合わせだったが、汁仕立てにするとまた違った味わいだった。薬味のシャキシャキとした歯応えと鯵の身の弾力が活きていて、やや塩気を強くした汁がそれらを包みこんでいる。

 「これは…、初めて作ったけど、夏の定番メニューにしてもいいかもね」

 「俺、これなら何杯でも食べられそう。酒飲んだ翌朝とかに食べたい」

 「お前の判断基準は何でも酒だな…」

 いつものように、陽平が呆れた顔で和樹を見た。



 「ほら、味見してみな」

 仕上げも佳境になったところで、陽平は和樹に声をかけた。

 味見用の小皿に、南蛮漬けにした豆鯵と玉ねぎが一口分盛られている。その小皿に、和樹がゆっくりと箸を伸ばす。

 「うん、まろやかな酸味で、鯵も柔らかくなってて美味しい」

 「だろ?」

 食べ終わると、和樹はおもむろに箸をパチリと置いた。

 「で、陽平さんは南蛮漬け作りながら何考えてたの?」

 唐突な言葉に、陽平はドキッとする。

 「あぁ…、それ? ちょっと昔のこと思い出してたの」

 「それって、親御さんのこと?」

 「それもある」

 和樹と会話しながらも、陽平は料理を盆に乗せていく。既に調理台の上には、出来上がった十品の鯵料理が所狭しと並んでいる。

 「まぁ…、険しい顔してたから、そんなにいいことではないんだろうなぁ、とは思ってたけど」

 「何か変に気を遣わせたみたいでゴメン」

 「大丈夫だよ」

 ふと陽平が手を止めた。その表情が少しかげる。

 「まぁ、何て言うかさ、やっぱり親には似るもんなんだなぁ、って」

 ごく自然に親との記憶を思い出していたこと、親の口癖が口を衝いて出てしまったことに、陽平はひどく動揺し、絶望もしていたのだ。

 「やっぱり陽平さん…、親のこと嫌い?」

 和樹がこれほどまで直球な言葉を投げてくるのは珍しいことだった。

 陽平は自分の親についての話題を避けていたし、和樹もそれを察して執拗に詮索してくることもなかった。

 「……好き、ではない」

 「そっか…」

 暗い顔をする陽平に向かって、和樹は優しく微笑みかけた。

 「詳しいことはよく知らないけど、それでも俺は今の陽平さんが好きだよ」

 「何が言いたいんだ?」

 脈略のない和樹の言葉に、陽平は露骨に怪訝な顔をする。

 「陽平さんが嫌いな自分の一面も、俺からすれば愛すべき一面…、みたいな? さすがにちょっとキザかな?」

 和樹がいつも通りの、人懐っこい子犬のような笑顔を浮かべる。和樹なりに色々と気遣ってくれているのが、ひしひしと伝わってきた。

 「陽平さん、俺、お腹空いちゃった。ご飯にしよ」

 「そうだな…」

 「さ、ごはんごはんー」

 陽平が料理を載せた盆を、和樹が楽しげに食卓へ運んでいく。

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