四十六膳目 「鯵の塩焼き」
揚げ終わった豆鯵を甘酢に漬けながら、陽平は豆鯵をくわえる和樹を見ていた。陽平の視線に気づいた和樹が、陽平の方を向く。
「ようへいはん、どうひたの?」
陽平の口から鯵の尾がぴょこっと飛び出している。
「お前、とりあえず食っちまえ」
和樹がゴクンと飲み下す。ついさっき丼を食べたというのに、もう腹が減っているらしい。訴えかけるような目で、和樹が見てくる。
「陽平さん、次は?」
「次は無難に、鯵の塩焼き」
「何かさ、今回は俺でも知ってるような料理が多いよね」
「新鮮なものが手に入ったから、今回は素材が活きるようなシンプルな料理多めにしてるの」
「陽平さんの料理って、基本そうだよね」
「ま、俺の流儀みたいもんだしね。作り手は食材の持ち味を活かすことを考えて、余計なことをしなくていいの」
そこまで口にして、陽平はハッとした。よもやこの言葉が、自分の口から自然に出てくるとは思ってもみなかった。一瞬固まった陽平を、和樹が怪訝そうに見ている。
「陽平さん、大丈夫?」
「あぁ…、大丈夫」
「今日何かあった?」
「いや、ちょっと考えごと」
「ならいいけどさ…」
作家の職業病で、陽平は何の前触れもなく考えこむことがよくあるのだ。それを和樹もよく知っているので、それ以上は詮索してこなかった。
「ホントは鮮度いいし、火を通さず食べた方がいいんだろうけど、十品作らないといけないので」
「その十品縛り、やってて疲れないの?」
「ま、決めたことだから」
陽平は再び鯵を手に取り、三枚おろしの時と同様にセイゴを取り除き、表面の鱗を出刃でこそげ取っていく。
「てかさ、これいつまでやんの?」
「今回で五品目でしょ? ってことは後五品だね」
「ってことは、百品作る気なの?」
「うん、百品料理を集めた小説書くつもりだからね」
表面の処理を終えた鯵を、陽平は頭を右に向けてまな板に置き、腹の下側に切れ目を入れた。そこから内蔵をかきだし、中もキレイに水洗いしていく。このように包丁を入れることで、なるべく鯵の形を保ったまま焼き上げることができるのだ。焼き魚は頭を左にして盛るため、切れ目を入れた面が下にくるという訳である。
「そもそもさ、何で十品にしたの?」
「え、キリがいいからだけど?」
「それだけ?」
「五品にしたら、すぐ思い浮かぶしね。せっかくなら、十品で一つの献立にしちゃおうって考えたの」
腹の中を洗い終えると、今度はエラぶたの中に手を入れ、中のエラを引っ張り出して切り取っていく。新鮮なものとだけあって、エラは鮮やかな赤色だ。
その後は裏表まんべんなく薄塩をして仕上げ、表面に飾り包丁を入れる。ヒレが焦げないように化粧塩を施し、陽平はそのまま魚焼きグリルに入れた。
「さ、このまま十分ちょいぐらいかな?」
「じゃぁ、その間俺に構ってよ」
和樹が隠しもせず陽平に甘えてくる。
「どしたの? 昼寝するんじゃなかったの?」
「いや、それよりも陽平さんと話してる方がいいなぁ、って」
普段なら適当に追い払うところだが、今の陽平にはかえってその方がありがたい気がした。
そのまま十分程和樹と他愛もない話をして、陽平は焼き具合を確認するためにグリルを開けた。
「おお、いい感じいい感じ」
「ねぇねぇ、味見させてよ」
「一尾それ用にと思って、三尾焼いてるから味見していいよ」
「やったー!」
陽平が皿に盛った塩焼きを、和樹がすぐに箸でつまむ。
「どう? 焼きたての塩焼きは?」
「うん、鯵の味って感じ」
「何? ダジャレ?」
「いや、ホントにそうなんだって…」
陽平も一口味見をする。生臭みもなく、いい塩梅で淡白な鯵本来の旨味を感じる仕上がりだった。
和樹が陽平が食べる様子を見ている。二人で顔を見合わせて、思わずクスッと笑う。陽平は心の中の靄が晴れていくように感じた。




