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四十五膳目 「豆鯵の南蛮漬け」

 昼食を食べ終わった和樹は、使った食器を流しで洗っていた。陽平はその横で調理台の片づけをしている。流しの水音や、食器同士がぶつかり合う音が反響している。

 「陽平さん、全部洗い終わったよー」

 「お前、昼食ったんだからどっか行ってこい」

 「え? もしかして俺、邪魔者扱い?」

 「ここで酒飲まれて絡まれたら料理できない」

 「とか言ってー。俺に甘えられて嬉しいくせに」

 猫なで声で、和樹が陽平の背後から手を回してくる。その手を陽平がすぐに払いのける。

 「お前がわざと酔ったフリして、俺に絡んできてるの知ってるんだからな」

 「怒んないでよー。ま、でも、朝から疲れたから少し昼寝してこようかな」

 和樹が頭をポリポリかきながら間抜け顔で台所から出ていく。大方テレビを見ながらソファーに寝転がっているのだろう、ほどなくして居間から野球中継の音が聞こえてきた。

 その音を聞き流しながら、陽平はキレイになった台所で次の料理の支度を始めていく。

 野菜室から玉ねぎを取り出し、それを薄切りにしていく。それが済むと鷹の爪を数本、小口切りにする。

 米酢をホーロー引きの小鍋に入れ、火にかけて酸味を煮飛ばしていく。一度沸騰させた酢に砂糖や醤油を加えて飲めるぐらいの味に調えてから、切っておいた玉ねぎと鷹の爪も加えて更にひと煮立ちさせる。

 でき上がった甘酢を冷ましている間に、陽平は冷蔵庫から魚の入ったビニール袋を取り出した。中にはさっきまで料理に使ったものよりもかなり小さい鯵が入っている。袋の結び目を切り、ザルに中の魚を開けると、指の先ほどの大きさの鯵がこんもりと山になった。このような大きさのものは「豆鯵」と呼ばれ、港町などでは規格外品のような感じで安価に手に入れることができるのだ。陽平は市場で大きな鯵を買うついでに、豆鯵も一掴み買っていたのである。

 陽平はザルにあけた豆鯵を流水でよく洗い、丸のまま片栗粉を全体にまぶしていく。小魚であることと鮮度のよさを活かし、そのまま素揚げにして南蛮漬けにするつもりなのだ。カラッと揚げて甘酢に漬けてしまえば、骨なども気にならずに美味しく食べることができる。

 粉をまぶしたそばから、陽平は予め用意しておいた揚げ油に豆鯵を入れていく。こんがりといい色に揚がったものをキッチンペーパーを敷いた皿に取り、また次の豆鯵を揚げていく。黙々と豆鯵を揚げながら、陽平は昔のことを思い出していた。



 豆鯵の南蛮漬けは、陽平が幼い頃によく食べてきた料理だった。鯵の旬になると、手頃な値段で手に入る豆鯵を使って、毎年母が作ってくれた料理なのだ。

 鯵を揚げる母の横で、揚げたての鯵をちょこちょこつまみ食いさせてもらったことを、陽平はありありと思い出していた。父は豆鯵のことを「あんなのペンギンのエサだ」と言ってあまり好まなかったが、それでも時季になると陽平の家の食卓によく並ぶ料理だった───。

 「あっつ!」

 のろのろと箸を動かしていた陽平の腕に油がはねた。

 考えごとをしていた隙を突かれて、柄にもなく大声を出してしまう。その声に驚いた和樹が、台所に飛んできた。

 「陽平さん、どしたの?」

 「いや、大丈夫。ちょっと油がはねただけ」

 「ちゃんと手当しなきゃダメだよ」

 「大丈夫だって」

 「陽平さん、これ何作ってるの?」

 「あぁ、これ? 豆鯵の南蛮漬け」

 「一個もらっていい?」

 陽平の答えを聞くまでもなく、和樹が揚げあがった豆鯵を一つつまんでしまう。

 「あっ、和樹! まだ漬けてないから…」

 「えっ、このままでも美味しいじゃん」

 「これから甘酢に漬けるのに…」

 ほんの一瞬、陽平には和樹の姿が昔の自分とダブって見えた。

 それにしても、なぜ自分は突然昔のことを思い出したりしたのだろうか。

 陽平には不思議でならなかった。だがそれ以上に、自分がこんな形で両親のことを思い返す日がこようとは、思ってもみないことだった。

 「陽平さん、もう一個もらうよー」

 美味しそうに頬張る和樹の笑顔に目を細めながら、陽平はいつか自分の昔話を和樹にしようと思っていた。

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