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八十膳目   「帆立ご飯」

 「陽平さん、唐揚げ焦げるよ」

 「あっ、」

 和樹の言葉で、陽平は我に返った。

 「いけないいけない、うっかりしてたわ」

 陽平は慌てて菜箸を持ち直し、帆立の唐揚げを油から上げる。

 「にしてもこの唐揚げ、ジューシーでホント美味しいよね」

 「醤油と生姜入れて、片栗粉多めにするのがコツかな」

 「陽平さんが作る鶏の唐揚げも美味しいもんね」

 「お米、水に浸けてくれてたよね?」

 「もちろん」

 和樹が陽平に文化釜を手渡す。中には浸水させた米が入っている。

 「よし、じゃぁご飯炊いて終わりにしよう!」

 「ご飯はやっぱり帆立ご飯だよね?」

 「うん」

 陽平は文化釜をコンロの上に置く。米の上に貝柱を置き、一かけらの昆布と酒を一回し加える。そのまま弱火にかけ、仕上げに加える生姜の千切りを刻んでいく。

 文化釜をかけた脇のコンロには貝焼き味噌の網が乗っており、既に火にかけられて少し沸々とし始めている。

 陽平は生姜を用意すると、味噌を少量の水で溶いて貝焼きに加え、今度は溶き卵を用意する。

 「和樹、盛りつけ進んでる?」

 「うん。後は今陽平さんが作ってる物だけ。浜焼きはさっき食べ切っちゃったけど、どーするの?」

 「貝焼き作り終わった後にもう一回作る」

 陽平は話しながら、貝の上に溶き卵を器用に回しかける。

 「ネギって残ってたっけ?」

 「うん。揚げ出しに使ったのが残ってるよ」

 和樹から差し出された刻みネギを、卵の上からパラリと振りかける。中の具には既に火が通っているので、後は余熱だけで仕上がるはずだ。火傷しないように貝焼きを網から皿に移すと、陽平は同じ網で浜焼きを作り始めた。

 「揚げ出しで思い出したけど、出し汁って作ってないよね?」

 「何それ、俺聞いてないよ」

 「ヤバ、すぐ作るわ」

 陽平は残る三つ目のコンロに小鍋をかけ、手早く出し汁と酒、味醂、醤油を煮立ててた物を作った。それを盛りつけを崩さないよう、肝の揚げ出しが入った器に注ぎ入れる。

 「盛りつけの順番完全にミスったわ」

 「陽平さんも意外とおっちょこちょいだよね」

 「おっちょこちょいって、何か小馬鹿にされてる感じがするな」

 「えーそんなことないでしょー」

 「ほら、揚げ出しも食卓に運んできて」

 「はーい」

 文化釜の火加減を見て、陽平は作ってあったこづゆの汁を温め直す。その場の思いつきで、陽平はこづゆの中に刻んだ三つ葉を足し、浅めの汁椀によそった。

 「運んできたよー」

 「おぉ、丁度こづゆもでき上がったよ。ねぇ、和樹、冷蔵庫にいくらあったよね?」

 「見た気がする」

 「少しなら、このこづゆの上にかけていいよ」

 「そんな贅沢していいの?」

 「せっかくこづゆ作ったんだしね。普通は入れないんだけど、会津のお殿様はいくらを入れて食べてたらしいし」

 「じゃぁ、殿様気分を味わおうってことだね?」

 「そういうこと。あと単純に、具材の数を奇数にした方がいい、って言うルールがあるからなんだけどね」

 陽平は和樹にこづゆの椀と一緒に、いくらの醤油漬けが入った容器を運ばせた。

 「陽平さーん、他に運ぶ物なーい?」

 「造りも運んでくれたんだよね?」

 「うん。お醤油とか山葵とかも持ってってある」

 「よしよし。貝焼き味噌と浜焼き運んで、ご飯にしよっか」

 丁度帆立ご飯が炊き上がった。陽平は蒸らす前に千切りの生姜を入れ、醤油を回しかけて釜全体を混ぜ合わせた。

 「陽平さん、俺は先いってていーの?」

 「うん。ご飯このまま蒸らしておくから、先に食べ始めよっか」

 「うん!」

 陽平は前かけを外して食卓についた。

 既に和樹の手によって、食卓の上には色とりどりの九品の帆立料理の皿が並んでいる。食卓の向かい側のイスで、和樹が酒を飲みたくてうずうずしているのがよく分かった。

 「よし、いただきますか!」

 「いただきまーす」

 そう言うなり、和樹はいの一番に手元の缶ビールを開けた。ゴクゴクと喉を鳴らし、勢いよくビールを流しこんでいく。

 「さ、冷めない内に揚げ物とか貝焼き食べちゃいな」

 「んじゃ、まず気になってた揚げ出しから食べようかな」

 和樹に合わせて、陽平も揚げ出しの入った器を手に取った。始めて作る料理だったが、一口食べてみると案外イケる味だった。肝の中まで出し汁の味が染みこんでいて、薬味と相まってサッパリとした味だった。

 「うーん、このヒモの和え物ピリ辛でやっぱビールに合うわー。唐揚げも美味い!」

 揚げ出しを食べていたはずの和樹は、いつの間に色々な料理に手をつけていっている。

 陽平はそれを尻目に、貝焼き味噌の乗った貝殻を取り皿に取った。

 箸で一口分つまみ、火傷しないよう注意しながら口に入れる。フワフワの卵の中から色々な具が顔を出してきて、それを味噌味の汁が優しく包みこむかのような味だ。昔読んだ太宰の小説で、かつては滋養のための特別な料理だったと紹介されていたが、確かに身体によさそうな、心まで温かくなるような優しい味の料理だ。

 「貝焼き、こんな美味しい料理だったんだ……」

 「どれどれ?」

 陽平の言葉を聞き、和樹も貝焼きに手を伸ばす。

 「いやー、これ優しい味で美味しいねぇ。味噌の味が優しくて美味しい。これはビールじゃなくて日本酒だね」

 和樹は立て続けに汁椀を手に取った。中に盛られたこづゆの上には、宝石のように輝くいくらがたっぷりと盛られていた。

 「この、こづゆだっけ? 何か味見した時より深い味になってる気がする。いくらって一見合わなそうだなぁ、って思ってたけど、意外とイケるね」

 「ね? 俺も最初同じこと思ってた」

 頃合いを見計らって、陽平は食卓を立ち、台所から帆立ご飯を釜のまま食卓に運んでくる。釜からは醤油のいい香りのする湯気が立ち上っている。

 「ほらー、帆立ご飯だよー」

 「おぉー、早く食べさせてー」

 「今よそうから少し待ってて」

 陽平が和樹の分を多めによそい、自分の分もそれより少し少なめによそった。

 「さ、食べてるみよっか」

 陽平と和樹がほぼ二人同時に帆立ご飯に箸を伸ばす。一口頬張り、お互いに目を見た。表情で、互いに言いたいことがすぐに読み取れた。

 「これ美味いな……」

 「ね! 何杯でも食べられそう」

 「お前が言うと、ほんとに食べそうで怖いな」

 「おかわりしていい?」

 「ハイハイ、好きなだけお食べ」

 薄味にした帆立ご飯は、食欲をそそる生姜の香りもよく、本当に何杯でも食べられそうな味だ。帆立の旨味が米粒一つ一つにまで絡み、中に入っているほぐした帆立もゴロゴロと食べ応えがある。

 陽平もペロリと一杯目を平らげ、二杯目を軽くよそった。和樹も既に二杯目を食べている。

 「俺はもういーから。ごちそうさま」

 二杯目を食べ終え、既に他の料理にも一通り箸をつけていた陽平は、そう言って箸を置いた。

 「あっ、そう?」

 「後は好きなだけ食べな」

 「それなら陽平さん、後は俺やっとくよ」

 「え?」

 「皿洗いぐらいは俺やっとくから。たまにはゆっくりしてなよ」

 「えー、何か企んでるの?」

 「そんなんじゃないって」

 「……じゃぁ、後はお願いしようかね。片づけ、分かる範囲でいいからね」

 陽平はゆっくりとお茶を飲む。

 今日はゆっくり休んで、また週明けからの仕事に備えることにしよう。

 和樹の胸のすくような食べっぷりを見ていると、陽平は残り半月となった師走の繁忙期も何とか乗り切れるような気がしてきた。

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