七十九膳目 「帆立の唐揚げ」
「カルパッチョ、変な味じゃない?」
「うん。美味しいよ」
和樹はカルパッチョを盛りつける前に、先に一切れだけ貝柱の切り身にソースをつけてつまみ食いしていたのだ。
陽平も同じように一切れ味見する。ソースを自分の感覚に任せて作っていたので、貝柱との相性が気がかりだった。ソースは決して相性の悪い物ではなかったが、陽平は味を引き締めるために山椒の粉を少し足した。
「よし、これで大丈夫。お皿の盛ってある貝柱の上に、このソースかけて、真ん中に切ってもらった水菜を置いて」
「はーい」
和樹に的確な指示を出し、陽平は端に置いていた小鍋を調理台の上に移動させた。鍋の中には、出し汁と一緒に冷ましていた肝が入っている。
「あ、もうその存在忘れかけてたわ」
「揚げ物作るから、一緒に肝の揚げ出しも揚げちゃおうと思って」
「揚げ物は何作るの?」
「唐揚げ。せっかくだから、中は少し半生ぐらいで仕上げようなかぁ、と思ってる」
「えー、今日はワインでもビールでも合うじゃーん」
陽平の大きな溜息が台所に響く。
「冗談だってば。陽平さん、頼むからそんな見下すような目で俺のこと見ないで」
「……先に揚げ出し作るから、頼んでおいた大根おろしと長ネギ出しといて」
陽平は出し汁から上げた肝に小麦粉をまぶし、小麦粉と卵を溶いて少し薄めの天衣を拵えた。天衣に肝をくぐらせ、それを油の中に落としていく。中の肝には既に火が通っているので、表面の衣がからりと揚がった物からすぐに上げていく。
「今油切ってるから、数分したら器に盛って。揚げ出しの上に、大根おろし、長ネギの順に天盛りにして」
「器は何使う?」
「任せる。白っぽい染付けの器が合うと思うよ」
陽平の右腕、とまではいかないが、和樹が補助をしてくれるお陰で陽平は随分と気が楽だ。
肝を全て揚げ終えると、陽平は天衣に片栗粉を足した。油を使い回すだけでなく、天衣も唐揚げの衣として再利用してしまうつもりでいたのだ。
片栗粉を加えて少し固くなった衣に、陽平は醤油とおろし生姜を足し、大きめに切り分けた貝柱を入れた。貝柱にまんべんなく衣がつくまで混ぜると、陽平はそれを油で揚げていく。揚げ油の入った鍋が、何とも食欲をそそる匂いと音を放っている。
「うわぁー、涎出てきそう…。この音聞いてるだけでお腹空いてくるわ」
「ほら、油跳ねるから鍋に近づかないの」
陽平が持っていた菜箸で和樹を制する。和樹が訴えかけるような目で陽平を見ている。何を伝えようとしているのか、言われずとも手に取るように分かる。
「……ハイハイ。爪楊枝出してきな」
陽平が揚げあがった唐揚げをどんどん紙を敷いた皿の上に上げていく。皿に置かれたきつね色の唐揚げは、まだ少しジュウジュウと音を立てている。
「火傷すんなよ」
「わーい」
和樹は唐揚げをつまむのを見て、陽平も菜箸を置いて一つつまんでみることにした。
唐揚げに爪楊枝を刺し、火傷しないようにアツアツの唐揚げを頬張る。カリッという心地よい歯応えと共に、醤油の香ばしさと生姜の香りが鼻に抜けていく。そのまま咀嚼していくと、カリカリの衣と中のフワフワの貝柱の食感が混じり合い、鶏の唐揚げにも引けを取らない美味しさだ。衣に閉じ込められた、肉汁ならぬ貝汁がまた得も言われぬ美味しさで、いつまでも口の中に入れておきたいぐらいだ。
陽平は自分が揚げ物をしている途中だということも忘れ、帆立の唐揚げを堪能していた。




