七十七膳目 「帆立の黄金焼き」
「陽平さん、洗い物、終わったよ……」
「はいお疲れ様。じゃぁ、次はお米を三合研いでもらおうかな」
「そんなぁー。少し休ませてよー」
「何言ってるの? まだまだやってもらうことは、たーくさんあるんだからね」
和樹はみっちりと陽平にしごかれていた。陽平の満面の笑みがかえって不気味だ。
「もう動けないー。少し休憩させて」
「あんだけ食ったんだから、いくらでも動けるでしょ」
「もうムリだって。俺は貴方みたいな体力お化けじゃないのよ」
「えー、これでも軽くしてるってのに。片づけと洗い物してもらって、次はお米研ぎでしょ、その後は野菜切ってもらって……、最後はお風呂掃除もお願いしようかな」
「もうやだー! やりたくないー!」
「あっ、待て! 逃がさないぞ!」
逃げようとした和樹の腕を、陽平ががっしりとつかむ。
「……そういうセリフは、可愛い声で言ってほしいな」
「バカ言っているとまた仕事増やすぞ」
「えー、俺何言っても不利じゃんー」
「ハハハ。気づいたんなら、大人しく俺に従ってもらおうか」
観念したのか、和樹は大人しく米をザルに入れて研ぎ始める。
陽平は調理台の前に立ち、ボールで醤油と味醂を合わせると、その中に生の貝柱と漬けこんだ。五分ほどそれを置いている間に、別のボールに卵黄を入れ、よく割りほぐしていく。
十分に混ざった卵黄の中に、陽平はほんの少量の胡麻油を垂らした。そのままよくかき回していくと、卵黄は少し白っぽくなりとろみが出てきた。卵黄と胡麻油が乳化を起したのだ。
陽平はフライパンを取り出し、温めたそれに薄く油を敷く。
漬けこんでいた貝柱をボールから上げ、表面に卵黄を塗りつける。少し乳化させたことで、卵黄が均一に塗りやすくなっている。陽平は卵黄をまとわせた貝柱を、弱火にしたフライパンに並べていく。
「うわー、美味そうな匂いするー!」
「お前はとりあえず言ったことやっちゃいな」
「はいはいちゃんとやってますよ」
「お米終わったら、調理台の上に出てる大根をすりおろしてね」
「あーはいはい」
和樹もここまできたら半ば自暴自棄になっている。
「んで、それは何?」
「帆立の黄金焼き。黄金って言っても、金は使わないぞ」
「俺だってそれぐらい分かるよ。そこまでお金に執着してないって」
「ホントは幽庵焼き作ろうと思ってたんだけど、鯛の時にやっちゃったからさ」
「鯛? もうそんな昔の話覚えてないや」
「だろうな」
「だってあれ、夏前とかのことでしょ?」
「そうだね、」
言葉にされると、陽平自身も時の経つ速さに改めて驚かされる。
「それ、焼いて完成?」
「そうだけど」
「綺麗な黄色だねー」
「なるべく焼き目つけないように仕上げてるからね」
陽平は貝柱の裏表を返した。貝柱の表面にはほんの僅かな焼き色しかついていない。陽平のしている作業は、焼くというよりかは表面を乾かすといった感じだ。
卵黄が乾いた表面に、陽平は再び卵黄を塗り重ねていく。根気強くこの工程を何度も繰り返していくのが、この料理の肝なのだ。
陽平が自分の手元に向けられる視線に気づく。少し前から、和樹がジーっとフライパンの中を見ていたのだ。
「……食べたいんでしょ?」
「まぁ……」
「しょーがないなぁ」
陽平が小さめの貝柱に爪楊枝を刺す。焼いてる途中で少し焼きムラができ、見栄えが悪くなった物だ。
「はい、あーん」
作業をしている和樹の口に、陽平が爪楊枝に刺した黄金焼きをひょいっと入れてやる。大人しく口を開ける和樹を見て、陽平は親鳥にでもなったかのような気分だった。
「どーよ、味は?」
「うん。そんなに卵の味はしないんだね」
「薄くはないだろ?」
「うん。中の帆立を噛むと、ちゃんと甘じょっぱい味がする。中がまだ少しレアな感じで、美味しいね」
「もう少し焼くつもりだから、またしっとりした感じで少し違う味になると思うよ」
「えー、それも楽しみだなー」
さっきまで疲れ切っていたはずの和樹の目がキラキラと輝いている。




