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七十六膳目 「帆立と野菜のこづゆ風」

 「次は汁物を作るよ」

 「帆立の汁物でしょ? 味噌汁とか?」

 「そんな普通の物は作りません」

 「陽平さんひねくれ者だもんね」

 「言ったな、コイツ」

 「で、俺が帆立焼いてる間に、調理台の上にめちゃくちゃ食材出てるんだけど……」

 和樹がさらりと話題を変える。

 「あぁ、これ、全部入れるからね」

 「銀杏も入れるの?」

 そう言って和樹が銀杏の水煮が入った袋に目を遣る。

 「そうだよ」

 「銀杏なんて珍しい物買うなぁ、とは思ってたけど……」

 「とりあえず、メインの帆立の準備しないとね」

 陽平は鍋に水と生の貝柱を入れ火にかけた。冷たい状態からゆっくりと時間をかけて煮ることで、貝柱から旨味を引き出したいのだ。その時間を利用して、陽平は他の食材の準備をしていく。

 「で、何作るの?」

 「こづゆ」

 「聞いたことないな」

 「そりゃそうだろうよ。福島の会津地方にしかない料理だから。祝いの席で出されるご馳走だよ」

 「ふーん」

 和樹の反応は素っ気ない。本当に気分屋な人間だ。

 「正式には干した貝柱の戻し汁で作る料理だから、これもなんちゃってだね」

 「陽平さん、この料理作ったことは?」

 「あるある。昔この料理にハマったことがあって、結構作ってた。まぁ、ってもかなり前の話だけどね」

 和樹の顔がちょっと曇る。

 「……俺、やっぱり陽平さんの感性にはついてけない気がする」

 「何だよそれ」

 「いや、陽平さんって時々訳分かんない物にハマるじゃん?」

 「失礼な。俺がこづゆにハマってたの、小学生とかの頃だぞ」

 「益々意味が分かんなくなってきた」

 「ひでぇな」

 「ま、今の陽平さん見てれば、フツーの小学生でなかったことは想像つくけどね」

 「邪魔だから向こうでおやつ食べてていいぞ」

 「俺はホントのこと言っただけなのに……」

 文句を言いながら、和樹は居間の食卓へと退散していく。散々に言われて、文句を言いたいのは陽平の方だ。

 陽平は無言で残りの食材を切っていく。浜焼きを作っている間に、里芋と人参は既に皮をむき、それぞれ乱切りといちょう切りに切ってある。

 椎茸を石づきも丸ごと細切りにし、白滝も食べよい長さに切りそろえていく。

 貝柱を入れた鍋が少し沸騰してきた所で、陽平は貝柱だけを鍋から取り出した。このまま火を通し過ぎると、貝柱の味を損なってしまう。せっかくならば、貝柱を活かした汁物にしたいと陽平は考えていた。

 陽平は鍋の中に酒を加えた。透明だった水は、貝柱の旨味で少し白く濁っている。その汁を、陽平は一度味見してみる。

 「……うん、美味しい」

 まだ薄味だが、舌にまつわるような濃厚な旨味だ。この調子なら、調味料を少し加えるだけで味がまとまりそうである。浜焼きの味見をした時に、貝柱から出てきた汁を飲んでそう直感したのだ。干し貝柱からは何度も作ったことがあったが、生の貝柱から作るのは陽平も始めてのことだった。

 陽平は鍋に根菜類から順に加えていき、そのまま火が通るまで煮こんでいく。

 具材からでたアクをすくい取り、醤油と味醂を足して汁の味を調える。

 一度取り出した貝柱をほぐして再び加え、仕上げに加える食材を準備していると、おやつを食べ終えた和樹が台所に戻ってきた。

 「お、できてるできてる」

 「浜焼き食って、おやつ食って、また味見する気か?」

 「もちろん。もうそろそろできるんでしょ?」

 こういう勘のよさだけは本当にずば抜けている。

 「後は銀杏とお麩入れて完成かな。食べる時にまた手直しするかもしれないけど」

 「じゃぁ待ってる」

 「なら、そこの銀杏の袋開けて。あと、お麩の入ったボールも取って」

 ここぞとばかりに、陽平はあれこれと和樹に指示を飛ばす。味見がしたい和樹は、陽平の指図に素直に従う。

 和樹から手渡された銀杏と手まり麩を、順番に鍋に入れていく。ボールに入った手まり麩は、既に陽平の手によって水で戻され、軽く水気が絞られている。

 「お麩も『豆麩』っていう真っ白な球体の物使いたかったんだけど、こっちでは手に入らなかったから、手まり麩で代用ね」

 「もうできる?」

 「俺の話聞いてる?」

 「それより早く味見したい」

 本当にデリカシーという物が欠落している人間だ。

 「もうすぐできるから。お玉渡すから、そのままかき回しておいて」

 和樹にお玉を託し、陽平が食器棚の中をごそごそと探す。

 「確か朱の塗り椀があったはず……」

 陽平が朱塗りの少し浅めの椀を出してきた。

 「天塩皿の代わりに、これ使おっか」

 「普段は使わないお椀だね」 

 「ホントは盛る食器も決まってて、『天塩皿』っていう専用の小さな器があるんだけどね……。よし、和樹交代」

 和樹からお玉を取り上げ、陽平が出してきた椀に盛りつける。

 「ほら、とりあえず味見」

 「やったー」

 和樹が嬉々として出された椀に手を伸ばす。

 「お前には薄味だろうけど、これぐらいなら許容範囲だろ?」

 「まぁ、なんとかね。帆立の旨味が強いけど、色んな食材の味がする。すごく具沢山だよね」

 「どれどれ……」

 「あっ、ちょっと!」

 陽平も和樹の椀をひったくり、少し味見をしてみる。陽平の舌には丁度よい味加減だ。様々な具材から出た旨味が溶け合い、帆立の旨味を引き立てている。具沢山だから、噛むたびに色々な食感がする。

 「ま、こんなもんだな」

 「えっ、俺の分横取りしといて何かヒドくない?」

 「うるさい。お前もお前でさっきから生意気なんだよ。お前、洗い物と片づけな」

 「えー、めちゃくちゃだよー」

 これで少し楽ができると、陽平は心の中で一人ほくそ笑んでいた。

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