七十三膳目 「帆立のカルパッチョ」
「陽平さん、お酒飲んじゃだめ?」
「だーめ」
「だってこの和え物、絶対酒に合うんだもん」
「分かるけど、もう少し味を馴染ませた方が美味しいから」
和え物の味見をさせた和樹は、陽平の思っていた通りの言葉を口にした。
「頼むよー。俺へのご褒美だと思って、お願い!」
「調子に乗るな」
頭をポカリとやられた和樹が舌を出す。
「ちぇー、上手くいくと思ったんだけどなぁー」
「それより、献立組むの手伝ってくれ」
「あーそれでさっき難しい顔してたんだ。まだ十品決めてないの?」
「何となく頭に浮かんでる物はいくつかあるけど、まだ完全には」
「陽平さんが作りたい料理とか、食べたい料理作ればいいんじゃないの?」
「そう簡単にいかないんだって。ちゃんと決まり作ってるんだから」
「決まり?」
「なるべく十品組む時は、焼く、煮る、蒸す、揚げる全部の調理法入れるようにしてるの。一番初めは造りとか食材本来の味で勝負する料理から始めて、そこからどんどん色々な食材と組み合わせていってるんだよ」
陽平が書きかけのメモ帳を和樹の前に掲げる。いつも陽平が買う物などを書き留めるのに使っている物だ。走り書きで、そこにはいくつかの料理やその手順などが書かれていた。
「あー、最初に生が多いのは何となく分かってたよ」
「あと、なるべくサラダとか和え物みたいな副菜から作り始めて、主菜、汁物、主食、できればお菓子まで作ってるんだから、結構頭使うんだよ?」
「そうなんだー」
和樹の反応は薄い。どうでもよくなって全て聞き流している顔だ。
「だからちょーっと手を加えれば晩餐会の献立になるんでしょうが」
陽平が和樹の頬をつねる。
「決めた。次はカルパッチョにする」
「ということは、今夜は辛口の白ワインかな」
「お前は少し酒から離れろ」
陽平は再び鍋に水を入れ、それを火にかける。
「残り全部決まったの?」
「うーん、とりあえず、って感じかなぁ。とりあえず次は帆立のカルパッチョを作る」
「いい加減だなぁ」
「できれば十品全部和食で固めたかったんだけど、しょうがないか。一応、魚介のカルパッチョは日本生まれの料理だしね…」
「えっ、そうなの?」
先程とはえらい反応の差だ。今度は和樹の興味をそそる話題だったらしい。
「イタリアでは、元々生の牛ヒレ肉で作る料理らしいよ。まぁ、俺も本で読んだことしかないけど」
「てっきりイタリアにもあるもんだと思ってた」
「ナポリタンと同じようなもんよ」
「あー、あれも日本生まれなんだっけ?」
「そーそー、あの子はハマっ子。しかも戦後生まれ。確かホテルのシェフが最初に作ったんじゃなかったっけ」
「ホントその食べ物の知識は感心するわ…」
「ま、物書きは知識が命みたいなトコあるしね」
陽平はバットに並べた貝柱を手に取った。それを流水で洗い、用意していた湯でサッと霜降りにする。霜降りにすることで、貝柱の臭みが取れるだけでなく、表面の身が少し固くなって食べやすくなるのだ。
貝柱を氷水から上げ、水気を拭き取って造りの時よりもやや薄めに切っていく。陽平は包丁を少し寝かせ、貝柱の切り口が斜めになるように入れた。縦の切り方と横の切り方の間を取った、いいとこ取りの切り方である。これならば、貝柱の食感を楽しみながらその旨味も楽しむことができる。
皿の上に綺麗に並べると、陽平はそのままの状態でラップをして冷蔵庫にしまった。十分に冷やして、食べる直前に仕上げをするつもりなのだ。
陽平は立て続けに、貝柱に合わせるソース作っていく。
ボールにオリーブオイルを入れ、そこに塩胡椒を少量ずつ振り入れる。少し混ぜてレモン汁を加え、最後に醤油を一回しした。全て目分量だが、これである程度の味にはなっているはずである。陽平が小指の先にちょっとソースをつけて味を見た。大方予想通りの味だった。細かな微調整は、後で盛りつける時に何とでもなるだろう。
陽平はボールにぴっちりとラップをして、これも冷蔵庫の中にしまう。
「あのー、陽平さん? もしかしてだけど、カルパッチョ、今食べさせてくれないの?」
「あぁ、夕飯の時ね」
「そ、そんなぁー」
あんなに元気だった和樹が急にへなへなとしおらしくなる。




