六十七膳目 「射込み蓮根の炊き合わせ」
自分よりも少し身長の低い恋人だが、不思議とこの場所に立っているとグッと大きく見える。
毎朝のぐーたらな様子が嘘みたいに、この場所では生き生きとしていて、キビキビと動き回っている。
マルチタスクが大の苦手なはずなのに、この場所では無駄のない動きで、何でもないといった風に色々な作業を同時にやってのける。
まるで体の一部かのように包丁やフライパンを自由自在に操り、あっという間に色とりどりの料理を作り出していく。
そのどれもが美味しくて、いつも口にした瞬間驚かされる。まぁ…、たまに自分の苦手な物が出てきたときは別だが。
やっぱり、自分はこの人の作る料理が好きなんだと思う。
初めて台所に立っている姿を見た時の驚きはもう薄れつつあるが、それでも目にする度に、本当に魔法のようだと思う。
きりっと締めたエプロン、よく手入れされた包丁、フライパンや鍋などの道具達。
ひょっとすると、それら全てに魔法がかけられているのかもしれない。
美味しい匂いに包まれ、恋人の声が聞こえる台所が、いつしか一番居心地のよい場所になっていた――。
「結局、お前の『おウチ』ってそこかよ」
和樹は陽平に声をかけられて我に返る。
「いやー、てっきり気づいてると思ってたんだけど…」
「まぁ、お前があんな言い方したから、何か裏があるとは思ってたけど。まさかその踏み台ことだとはね」
挟み焼きを食べ終えた和樹は、台所の隅に置かれた踏み台に座っていたのだ。最近はその場所が、和樹の台所での定位置になりつつある。
「まぁそもそも、この家自体が俺の自宅ですから」
「ヘリクツ言って…。家主は俺なんだから、いつでも出てってくれていーんだぞ?」
「とか言ってー。俺がいなかったら寂しいと思うよ?」
「お前、まーた俺を怒らせたいのか?」
頬を膨らませる陽平を見て、和樹が黙る。陽平さんリスみたいで可愛いよ、といじりたい気持ちを抑える。踏み台の上からは、陽平が調理台で皮をむいた蓮根を輪切りにしているのが見えた。挟み焼きに使ったものより、更に厚く切っているようだ。
「…さっき作ったのは蓮根の挟み焼きでしょ? 次は何作るの?」
「蓮根の射込み。まぁ、辛子蓮根とそんな作り方変わらないよ。穴に詰め物して、今度は揚げずに炊くの」
陽平は切り終わった蓮根を小鍋の中に入れた。小鍋の中には予め出し汁が入れられており、既にボコボコと沸き始めている。
「そういえば、辛子蓮根まだ揚げないの?」
「うーん。後で蒸し物作るから、その合間の時間で揚げようかなぁ、と」
「蒸し物も作るんだ」
「あー、やらかしたー!」
「どしたの?」
「フードプロセッサーまた使うから、さっき洗う必要なかったわー」
陽平が少し気だるげにフードプロセッサーを再び出してくる。その中にはんぺんを入れてペースト状にし、途中でつなぎの卵白を入れて更に潰していく。ここまでは辛子蓮根の時と全く同じである。
途中で一度すり身作りの手を止め、陽平は菜箸を使って蓮根の煮え具合を確認した。最低限火が通っていることを確認し、蓮根を出し汁から上げる。煮るとはいっても、サッと下味をつけただけといった感じだ。
「和樹ー、蒸し器使うから用意しといて。一番下に水入れて、もう火点けちゃっていーから」
「はーい」
和樹は腰かけていた踏み台から立ち上がり、棚から蒸し器を取り出してくる。陽平の作業の邪魔にならないよう、そーっと蒸し器を奥のコンロに置いた。
陽平はでき上がったすり身をボールに取り出すと、今度は辛子明太子ではなく青海苔を混ぜこんでいった。最後に固さ調整のためにこちらにも片栗粉を足し、醬油と塩を使って味を整える。
それをヘラを使って出し汁で煮た蓮根の穴に詰めこんでいく。粗熱を取った蓮根は、作業しやすいように、バットに敷かれたクッキングシートの上に綺麗に並べてある。
「辛子蓮根の時とは、全然作り方が違うんだね」
「こういう風に詰め物するのを、『射込み』って言うの。まぁぶっちゃけ、こっちの方がめんどい…」
「それは見てても分かるよ」
「やるか?」
「いや、遠慮しとく」
辛子蓮根の時とは違い、既に輪切りになっている蓮根の穴全てに詰めこんでいくのである。手間のかかる作業であり、根気との勝負になるものだが、陽平は顔色一つ変えずに黙々と詰めていく。ヘラの先に適量のすり身を取り、それをクッキングシートの上に置いた輪切り蓮根の穴に、押しつけるように詰めていく――、延々とその作業の繰り返しである。全て詰め終わると、陽平はバットごと中火にかけた蒸し器に入れた。
「さ、これでおしまいかな」
「いやー、お疲れ様でした」
和樹が無神経にパチパチと拍手をしている。
「和樹、冷蔵庫から椎茸と絹さや出してきて」
「おしまいじゃないの?」
「さっきの蓮根と炊き合わせにしたいからね。椎茸はサッと煮て、茹でた絹さやも一緒に盛るよ」
陽平は和樹が出してきた椎茸の石づきを取り、少し前に蓮根を煮ていた出し汁でサッと煮た。本当は別の汁で煮なければ炊き合わせとは言えないのだが、陽平は面倒になって残っていた汁を使ったのだ。血迷って絹さやも一緒に煮てしまうかと一瞬考えたが、色が損なわれそうな気がして絹さやだけは別の鍋でサッと湯がいた。
椎茸と絹さやの下ごしらえが済んだ頃合いで、陽平は蒸し器に入れた蓮根を取り出してきた。穴に詰めたすり身はしっかり固まっているが、やはり蒸している間に膨らんで穴から少し飛び出しているものもあった。陽平はそれをヘラで丁寧に整えていく。その作業が全て終わって、陽平はようやく和樹に鋳込み蓮根を一枚手渡した。
「後できちんと盛るから、とりあえず味見だけね」
ヒナみたいに、和樹は陽平の手からパクっと一口かじった。その残りを、陽平が頬張る。
「どうよ?」
「うーん、普通…」
「お前もずいぶんとハッキリ言うようになったな。昔は何食べさせても『美味しい!』って言ってたのに…」
「いや、全然不味くはないんだよ。蓮根はシャキシャキで、すり身はフワフワで…、ただ、強いて言えば…、俺には少し薄味なんだよなぁ」
手間をかけた分美味しいと言ってもらいたいところではあるが、横で味見をした陽平自身もほとんど同意見だった。他の料理との兼ね合いなどを考えて気持ち薄味にしてはいたが、濃い味好みの和樹には薄過ぎたようだった。
「…ま、あとで椎茸や絹さやと合わせる時に何か考えるわ」
陽平は残りの射込み蓮根を皿に取り、流しで後片づけを始めた。




