六十六膳目 「蓮根の挟み焼き」
「陽平さん、俺、そろそろ何か食べたいんだけど…」
「お前、ちゃんと昼食べただろ」
「そうだけど、陽平さんが料理してるの見てたらお腹空いてきちゃってさ…」
「だからって、俺に味見をせがむんじゃないの」
「だってぇー」
陽平と和樹はまだくだらないやり取りを続けていた。
陽平が洗った蓮根を皮つきのまま少し厚めに輪切りにする。変色しないよう、切ったそばから蓮根をボールの水の中に放りこんでいく。
「別に今そこまで手伝ってもらうことないし、自分の部屋いっててもいいぞ」
「えー。それは何か嫌なんだよねぇ」
「何でよ?」
「だって、台所いるの楽しいんだもん」
「つまみ食いさせてもらえるからだろ?」
「それもあるけど、俺、陽平さんが料理してるの見るの結構好きなんだよ?」
「まぁ前から知ってはいたけど、お前もホント物好きだよな…。あっ、鶏ひき肉と玉ねぎ取って」
「玉ねぎは何個ー?」
冷蔵庫に顔を突っこみながら、和樹が訊く。
「一個」
「オッケー」
和樹は鶏ひき肉のパックを調理台の上に置き、陽平の手の上に玉ねぎを置いてやる。陽平は玉ねぎの皮をむき、そのままみじん切りにしていく。
「……自分じゃ気づいてないだろうけど、料理してる陽平さんは結構カッコいいんだよ?」
和樹の言葉に、陽平が眉根を寄せる。
「『は』って何だよ。『は』って」
「あーゴメンゴメン。それ以外もカッコいいよ」
和樹が慌てて取り繕うが、もう既に手遅れだった。安易な和樹の一言が、更に陽平を不機嫌にさせる。
「『それ以外も』って…、取ってつけたような言い方するなよ」
「だって陽平さん、『カッコいい』ってより『カワイイ』って感じじゃん?」
「あ?」
「あれれ、怒っちゃった?」
陽平と話す和樹は、どこか陽平をいじるのを楽しんでいる風にも見える。
「別に」
「怒ってるでしょ?」
「べーつーに」
どうやら今日は陽平の虫の居所が悪いらしい。
「俺、ツンデレはそんな好きじゃないなぁ…」
「ねぇ、和樹君?」
陽平から君づけで呼ばれることなど滅多にない。妙な薄気味悪さを感じて、和樹は陽平の顔を窺う。陽平の顔を見て、和樹は自分がやり過ぎてしまったことを悟った。
「よ、よーへーさん…?」
「ハウス! お前は自分の部屋で大人しくしてろ!」
陽平は和樹への怒りをこめるかのように玉ねぎを乱暴にみじん切りにしていく。包丁の荒々しい音が台所に響く。
「陽平さん、俺が悪かったって…」
「…………」
陽平は黙々と手を動かすばかりで、和樹の方に振り向きもしない。
玉ねぎのみじん切りが済むと、陽平はボールに鶏ひき肉をあけ、塩を振り入れてひき肉をこね始めた。少し粘りが出てきたら玉ねぎを加え、立て続けにおろし生姜も加える。つなぎに片栗粉を少量入れ、丁度ハンバーグを作る時のような肉ダネを拵えると、それを蓮根の輪切りに収まるサイズの円盤状に成形した。
輪切りにしておいた蓮根の両面に片栗粉をしっかりとまぶし、その蓮根で肉ダネを両面から挟みこんだ。焼いている途中ではがれないよう、蓮根の穴から肉ダネがはみ出る程度までしっかりと押さえつけ、それを何個も作っていく。
「よーへーさん……?」
「うるさい」
相変わらず陽平は和樹の方を見ようともせず、けんもほろろといった感じである。
全ての肉ダネを蓮根で挟み終えると、陽平はフライパンを火にかけた。いつもならここで胡麻油やオリーブオイルを使うところだが、陽平が手にしたのはバターの箱だった。蓮根に鶏肉という淡白な食材同士を合わせたので、それらと相性のよいバターでコクを出そうという考えである。
温めたフライパンにバターを気持ち多めに落とし、タネを挟んだ蓮根を並べていく。そのまま少し焼き、陽平はフライパンの中に酒を入れると、フタをして蒸し焼きにした。
「陽平さん、ゴメンって…」
「…わーったよ、もう。俺も別にそんなに怒ってないし」
「いや、めちゃくちゃ機嫌悪かったじゃん!」
「あのなぁ…、俺がキレるのはそーゆーところだぞ。お前はもう少し言葉を選べ」
「ゴメンなさい…」
「そろそろエサにするか?」
「エサ?」
和樹は、さっきの「ハウス」発言といい、俺を犬扱いするのはやめてくれ!、と言いかけたが、それをグッとこらえる。だがそれは、陽平にいとも容易く看破された。
「『俺は犬じゃないぞ!』って顔してるね」
「だってぇー」
「ま、俺からの仕返しってことにしといてよ。もうすぐ挟み焼きできるよ」
陽平がフライパンのフタを取り、挟み焼きの表裏を返していく。裏返した面には、こんがりと美味しそうな焼き色がついていた。もう片方の面にも焼き色をつけると、陽平は醤油と味醂を入れ、汁気を飛ばしていく。
その合間に小ねぎを小口切りにし、少しとろみのつき始めたタレを挟み焼きにしっかりと絡ませると、陽平は仕上げに小ねぎと白胡麻をパラリと振った。
「さ、待望の味見の時間だよ」
「やったね!」
いつもの味見皿に挟み焼きを一つ乗せ、和樹の前に置く。陽平も別の皿に一つ取ると、和樹に箸を手渡した。
「さ、召し上がれ」
「いただきまーす!」
和樹が食べ始めるのを見て、陽平も挟み焼きを一口かじった。ねっとりとしながらもシャキっとした歯応えが残る蓮根に、少し濃いめの味がよく合っている。やはりコク出しにバターを入れた陽平の判断は正解だったのだ。甘じょっぱい味は、ふんわりとした食感のタネとも相性バッチリで、単調になりがちな味を小ねぎや生姜の香味が程よく引き締めている。陽平は得心した顔で箸と小皿を置いた。
「陽平さん、これ美味しいね!」
「だろ?」
「シャキシャキだけどフワフワで…、バター醤油のしっかりした味、俺好きだわぁ」
「お前、ホント濃い味好きだよな。ま、それ見越してこっちは作ってんだけど」
「さてと、俺は大人しくおウチに帰りますかね」
和樹がパチリと箸を小皿の上に置く。その所作は、どことなく陽平に似ていた。




