六十二膳目 「酢蓮」
「次は…、酢蓮にしようかな」
「すばす?」
「蓮根の酢漬けのこと。せっかくだから、花蓮根にしてみよっか」
「花?」
「細工野菜の一つ。蓮根に包丁を入れて、輪切りにした時に断面が花みたく見えるようにするの」
「あー、何か見たことあるかも」
「まぁ、俺こういう細工物は苦手なんだけどね…」
「えっ、そうなの? あまりそうは見えないけど…」
常日頃自由自在に包丁を使いこなしているのを見ているからか、和樹は陽平の言葉に合点がいかないようだ。
「うん。俺、細工包丁は苦手だもん。細工物って、普段の包丁使うのとは訳が違うのよ」
「そうなんだ」
「だから、失敗しても許してね」
「もちろん」
「ま、和樹には失敗しても分からないっか」
「陽平さんと俺では、料理の失敗の度合いが違うもんね」
「今から作ってくから、まぁそこで見ててよ」
陽平は蓮根の若い節を皮のついたまま十センチ程度の厚さに切り、側面に包丁を入れていく。
「和樹、ここ見える?」
「うん」
「こうやって、側面の蓮根の穴に重ならない部分に切れこみ入れるんだよ」
「へぇー」
「蓮根によっては、丸い大きな穴以外にも小さい穴が空いてることあるじゃん? こんな感じで」
陽平が別の蓮根の断面を和樹に見せる。陽平の言葉通り、断面には皮の近くに穴と穴に挟まれるようにして小さな穴が何個も空いていた。
「包丁入れる時に、蓮根に小さい穴があるとやりにくいから、そーゆー蓮根は避けるの」
「へぇー」
陽平は今しがた入れた切れこみを、V字型になるよう、数回に分けて段々と深くまで包丁を入れていく。どの程度まで包丁を入れるかは、蓮根そのものの形や穴次第である。切れこみを入れる場所に応じて、一番よい加減を見極めながら包丁を動かしていくのだ。
その隣の穴と穴の間の側面にも、陽平は同じようにV字の切れこみを作っていく。そしてその二つの切れこみの間を、山なりに緩い弧を描くようにして、桂むきの要領で皮ごとむき取るのである。これを順繰りに一周繰り返していくと、ちょうど花のような断面になるのだ。陽平はそのまま蓮根をくるくると回し、他の部分もむき取っていく。
「ま、ざっとこんなもんだね」
「お見事!」
陽平が一周全てむき終えると、和樹が拍手をした。
「いやー、俺はまだまだだよ」
むき終えた蓮根を、陽平はまな板の上に断面を下にして置く。
「ホントは持ったまま完成させる物なんだけど、俺は下手っぴなんで、仕上げはまな板の上でやるようにしてるんだよね…」
「このままでも十分キレイに見えるけどね」
「よーく見るとね、カーブの部分で少し角ばってる場所があるんだよ。最後にこれをキレイに加工してくの」
「細かい作業だね」
陽平は包丁を手に、余分な部分を削ぎ落とすようにして形を整えていく。まな板に置くことで、形が歪な部分が一目で分かり、全体のバランスを見ながら落ち着いて作業ができるのだ。
形の微調整を終えると、陽平は予め鍋に沸かせておいた湯の中に酢を入れた。そこに食紅を多めに溶き入れ、鍋に赤黒い湯を作る。
「さ、蓮根茹でていこっか」
「蓮根に色つけるの?」
「そうそう。この中で茹でるとほんのりピンク色に染まるんだよ」
蓮根を鍋の中に入れると、そのまま五分程茹で、全体が赤く色づいた頃合いで蓮根を冷水に取る。
粗熱を取って水を切り、その蓮根をゆっくりと薄く輪切りにしていくと、表面と節の中だけが薄紅色に染まった花蓮根が姿を現した。輪郭をなぞる薄紅色と、蓮根本来の淡い乳白色の取り合わせが見事だ。
「うわぁ…」
それを見た和樹が思わずため息をもらす。
「どう? キレイだろ?」
「うん。紅白で凄くキレイだね!」
陽平は蓮根を全て薄切りにし、酢に砂糖水を合わせた甘酢に漬けていく。
「これで、しばらく漬けておけば大丈夫かな」
「えー、味見しないの?」
「今味見しても、ただの茹で蓮根だよ?」
「えーそれでも…」
「味見はまた後で」
陽平は和樹の言葉を遮り、甘酢の入ったタッパーのフタを閉めた。




