六十一膳目 「蓮根と落花生のサラダ」
「ただいまー」
「おかえりなさーい」
休日の昼下がり、陽平は買い出しから帰ってきたところだった。和樹が玄関で出迎えると、陽平は買い物袋の他に長細い新聞紙の包みを抱えていた。包みはフランスパンでも入っていそうな長さで、陽平の腕の中からにゅっと飛び出ている。
「陽平さん、それは?」
「次の食材」
「また何か始める気?」
「まぁ、今に分かるよ」
買ってきた他の品物をしまい、陽平は調理台の上で新聞紙の包みを開ける。包みの中身は、泥だらけの棒状の物体だった。台所の端から、和樹は興味津々といった感じでその珍妙な物体を眺めている。陽平が流しで表面の泥を洗い落としていくと、中から所々くびれた褐色の棒が姿を現した。
「ほう、今度は蓮根ですか」
「これが蓮根だってよく分かったね」
「バカにしないでよー。こんな大きいのは見たことないけど、それぐらい俺だって分かるよ」
「じゃぁ、この蓮根はどっちが若い節でしょーか?」
「えーさすがにそこまでは分からないよー」
「だろうよ」
少し遠巻きに見ていた和樹を、陽平が手招きして呼び寄せる。
「こっちの節の方が若いの。丸っこくて、少し小さいでしょ?」
「確かにね」
「若い方はシャキシャキとした食感活かすような料理に使って、少し古い方は煮物とはねっとりとした食感活かす方に使うの」
「へぇー」
「さっそく蓮根生で食べてみようと思うけど、少し味見する?」
「するー! 蓮根も生で食べれるんだね」
「まぁ、蓮根って火を通してもシャキシャキしてるから、分かりにくいよね」
陽平は蓮根の一番若い節だけ切り落とし、もう一度蓮根の穴の中までよく洗い、皮をピーラーで薄くむき取った。
ピーラーを包丁に持ち替え、蓮根を透けるほど薄く輪切りにしていく。ある程度の量を切り終えると、陽平は切ったばかりの蓮根を一枚和樹に差し出した。
「ほら、味見してみなよ」
怪訝な顔をしながらも、和樹は目の前の蓮根にかぶりついた。
「お前、俺の手まで食いそうで怖いから、自分で持って食ってくれ」
「えー、『あーん』ってしてくれたのかと思った」
「で、味は?」
「うーん、シャキシャキしてて、少し甘い?」
「他には?」
「長く噛んでるとちょっとゴワゴワする」
「ゴワゴワかぁ…。ま、合格ということにしとくか」
的確ではないにせよ、和樹の意見はそれなりに的を射たものだった。
「いきなり何なの?」
「蓮根って生でも食べれるんだけど、どーしても口の中に少し繊維っぽいのが残りやすいんだよ」
「確かにそんな感じしたわ」
「そんで、これをほんの三十秒ぐらい酢水で茹でるとまた食感が変わるのよ」
陽平が鍋に水を張り、それを火にかける。
「和樹、落花生ってあったよね?」
「あぁ、俺のツマミ用のやつあるよ」
「それちょーだい」
「少しだけだよ」
陽平は和樹から新物の殻つき落花生をいくらかもらうと、殻と薄皮をむき、チャックつきの袋に入れてめん棒で粗く潰していく。
「あー、そのまま食べれるのにもったいない…」
「和樹、冷蔵庫からピーナッツバター出してきて」
「今度はピーナッツバター? 何に使うの?」
「いーから」
陽平はピーナッツバターを少量ボールに取ると、そこにオリーブオイルを少しずつ加えていき、分離しないように混ぜ合わせていく。陽平はピーナッツバターを使って、落花生のドレッシングを作るつもりなのだ。
混ぜ終えたところで、ボールに酢を入れ、醤油で味を決めると、仕上げに潰した落花生もそこに加えた。
陽平がチラッと横のコンロを目をやると、沸かしていた鍋の湯がぐらぐらと沸いてきたところだった。手を止め、菜箸を持って鍋の前に陣取る。
沸騰してきた鍋の中に少量の酢水を入れると、陽平はその中に蓮根を放った。
菜箸でかき回しながら三十秒ほど蓮根を茹で、湯から上げてそのままおかあげにする。陽平は茹で上がったばかりの蓮根を、再び和樹に手渡した。
「ほら、味見してごらん。火傷しないようにね」
和樹がゆっくりと蓮根をかじる。
「…こっちの方が少しねっとりしてて、嚙みやすいね」
「で、これをさっき作ったドレッシングと和えるのよ」
その言葉通り、陽平は蓮根をさっき作ったドレッシングのボールに入れる。
「あの液体、ドレッシングだったんだ」
「そう。ピーナッツバターをベースにした、落花生のドレッシング。そこに落花生も入れてるから、蓮根と落花生のサラダって感じかな」
ボール全体をよく混ぜ合わせ、陽平は一度味見をした。まず失敗するような組み合わせではないが、他のレシピで見た訳でもなく、陽平も試したことのないものである。
蓮根を口に入れ、ゆっくりと咀嚼する。予想した通り、ピーナッツバターのコクのある甘みと、蓮根本来の甘みはよく合っていた。控え目にしたドレッシングの酸味と塩味も、蓮根本来の味を損なっていない。シャキシャキした蓮根の食感と、落花生のカリカリとした食感の組み合わせも面白いものだった。
味見を終えると、陽平はいつも通り小皿にサラダを盛り、和樹の前に置く。
「さ、味見どーぞ」
和樹がサラダを口に含んでほどなくして歓声をあげる。
「これ美味しい! コクのある感じとか甘みとか、胡麻のドレッシングに近いかも」
和樹の舌が着実に肥えてきていることを実感し、陽平は目を細めた。




